仕事始めから2日目、ネット会議に呼び出されて出席したものの、30分もしないうちに意識を失って眠りに落ちて会議の内容を何度も取りこぼすようなダメダメな仕事ぶりでした。


他の会議出席者の誰からも責められることもなく、私はというと意識が戻るたびにネット会議の文字起こし機能から少し前までの状況を確認して辻褄をあわせることでなんとか凌ぎます。


技術の進歩ですね。


AIによる文字起こしが当たり前に使えるようになったのって、昨年か一昨年くらいからだよね?


おかげで、頭の回転もにぶい状態の私でも、仕事ができるということになるのはありがたいとしか言いようがありません。





さて、そんなダメダメな状態で仕事を終えたあと、何人かの同僚たちと雑談をしました。


話題のひとつは、やはり私の今の闘病病状とその闘病の中での生活設計の仕方について。


今の私の生活設計の基本は、どんな状態になったとしてもいったん受け入れること。そして、受け入れた状態の中で最善な生活を設計すること。

常々、そう説明してきましたし、自分でも努力して実現してきたつもりでした。


でも、同僚達にあれこれ話してるうちに、

「わたしは果たして病気をちゃんと受け入れているのか?」

そんな疑問がわいてきました。


病気はこんなふうに進むはずだとか、その進行具合なら、この程度の仕事を組み込んだりできるだろうとかの生活設計を勝手に組み立てているような気がします。


そして、さらに仕事などの生活設計ができるようにしか、病気は進まないという思い込みをしてるのではないか?


たとえば昨年の秋までの私は、自動車を使っての移動はずっとできるものと思い込んでいました。

行きたいところに行くのも、やりたい仕事をするのも、自動車を使えばできる。

そんな仕事をするために、治療を進められる…


そんな傲慢な考えに取り憑かれていました。


疼痛がひどくなった時、医療用麻薬を後回しにしようとしたのも、よくよく考えたら、私自身の計画に自動車なしの生活がなかったからだと思えます。


まったく考えていなかった。


なんて、独りよがりなのでしょう。


年末年始の生活も実はそう。

いろいろ計画を立てていましたが、体調不良で寝込んですべての計画が吹き飛びました。


実は、体調不良そのものより、計画が進められなかったことへのイライラの方が大きかった。

病気なんて、思い通りなるわけないのにね。


まず、受け入れる。

毎日、毎日の状態を受け入れないといけない。


難しいものです。


そう、今日は同僚達と雑談をしながら、この病気を受け入れることの難しさに気がつくことができました。


受け入れることさえできたら、イライラすることも焦ることも少なくなるはずとも気が付きました。


今年の目標を少し修正しましょうかね。

ポジティブに捉えて楽しく暮らしたいとか、そんなことを元日のブログに書きましたが、まずは受け入れることと書き加えることにしましょう、


今年の目標は、

「病気の状態をまず受け入れる、

そしてその状態をポジティブに捉えて楽しく暮らす」

としましょう。