風邪だと決めつけることができたおかげで、とにかく寝ることに徹してベッドにこもってます。
今週に予定している次の治療を受けるためにも、体調を元に戻しておかなきゃ。もちろん、風邪自体はバベンチオ投与の妨げにならないらしいんですけどね。でも、身体がだるい状況なで治療受けると、もっと動けなくなるだろうからやっぱり体調を整えておかなきゃと少し焦り気味にベッドにこもることにしています。
とにかく、寝るだけ寝なきゃ。
寝てだけ寝て、とにかく回復させなきゃ。
ベッドの中でうつらうつら寝て、少し目が覚めたら手元のリモコン使って古いアニメを見たり、AmazonKindleでラノベ、マンガなどを読んでダラダラ過ごす一日でした。
ベッドの中にこもって昔のことを思い出しているうちに、アニメやマンガにハマったきっかけのことも思い出していました。
20年くらい前、日本に興味があるというヨーロッパ人の友人達とつきあっているうちに彼らから教えられたのは、日本のアニメやマンガ文化の素晴らしさだったりしました。
でも、肝心なのは、そのアニメ、マンガといったときに彼らが見ている景色は、日本に住んでいる我々とは違う風景だということです。
最初はそれに気がつかずに会話がすれ違ってばかり。
そして、当時の日本のアニメ、マンガのネット上の交流サイトなどを教えられました。
そこに集まる海外のオタクを自称する人たちの情報量と、日本人のわれわれの持つ情報との偏りに圧倒されました。
たとえば、「ニンジャ」ひとつとっても、歴史考察、土地土地の背景、経済までの考察を深め一次資料を読み込むための原典理解をしようとする姿勢。
古典籍を当たり前に掘り起こし、くずし字を読んだりしています。
バカバカしいというか、そんなことに費やすエネルギーの膨大さに呆れました。
その一方で、日本人は日本人としてもつそのバカバカしいエネルギーがあることにも気がつきました。
たとえば日本人のフランス革命好きなんてのは、まぁ、フランス人もびっくりですからね。
そんなふうにしてるうちに、ヨーロッパの友人達にどっぷり日本のアニメマンガにはめられて20年ちょい。
このブログを書きながら、つい懐かしくなって、かつては毎日毎晩アクセスしていたインターネットサイトがどうなってるか開いてみました。
Animesuki.com
あー、今でもありました。懐かしい。
当時は日本の深夜アニメの放映後、ボランティア達によって英語字幕がつけられたのを皆で視聴して、あれやこれや考察していく、そんな毎晩でした。
わたし自身が日本のアニメで興味を持ったのは、文化や風俗の切り取り方。ありきたりと風景の中に、作り手が見たものを配置していき、世界を再構成していきます。
風の音、風で動く木の葉、揺れる枝のしなり。
木漏れ日、地面にうつる陰の動き、地面のでこぼこ、土の色、水たまり。
その場所にいると感じるために、構成された世界です。
わたしの旅行も、そんな旅先で見える景色、聞こえる音、日差しの温かさを感じるためのものじゃないかと思ったりもします。
旅に行きたい。
旅ができないなら、誰かが旅して感じた感情や皮膚感覚を追体験したい。
たぶん、わたしのアニメやマンガ、ラノベ好きなのはそうしたところと合致したからこそじゃないかと思えます。
