故郷での治療を受けるために帰省したり、職場のある北関東との間を700km移動して出勤したりの行ったり来たりな生活を送っています。


考えてみたら、こんな生活の中で仕事ができるのはいろいろな幸運が積み重なった結果だろうと気がつきました。


今日も故郷の街にある自宅で、リモートワーク。


会議が3つ。打ち合わせというか勉強会的なものがひとつ。

ほとんどが、しゃべっているか他人の話を聞いているだけ。


こういう仕事を用意されることも幸運なわけですが、そもそもリモート会議の仕組みなどは全てコロナ対応のために職場に導入されたものです。


そして、リモートワーク勤務が制度として作られたのもコロナ禍の中です。今では、リモートワークは特別扱いで私の場合は産業医の勧告があっての超特別扱い。


そーだよなー。

コロナがなかったら、そもそもリモートワークで職場の同僚と会議することもままならなかったしなぁと、テレビ会議システムを使っていた5年ちょい前を思い出します。

仰々しいテレビ会議システムは、ちょっと気軽に使うというわけにはいきませんでした。

設置されている会議室も限られていたしね。


思えば良いシステムが、当たり前に使えるようになったなぁ。


膀胱を全摘する手術のあと、個室に入ってることもあってベッドの上からリモート会議に参加したこともあったよなぁ。

カメラを有効にした瞬間、会議中のみんながシーンと静まり返ったのが印象的でした。


あとで聞くと、

「そりゃ、そうですよ。

 ヤギさん、明らかに病院の病室というところから、チューブだのたくさん繋がれた状態でカメラに映るんだもの。

職場の会議してる雰囲気を一気に消し飛ばしますよ」

てなことを言われました。


私からしたら、チューブのいくつかが外れて、ベッドの上で上半身が起こせるようになったのが嬉しくて会議に乱入しちゃったって感じ。


そういうのも、まぁ、コロナ以降のシステムがあったからできるようになったことですよね。


そんなことを考えながら、新しいシステムとそれを使った働き方ができることに感謝な気持ちです。


仕事でも必要とされているのは、生きていこうという動機づけにつながります。


実は今日の午前中は気が滅入ってしまっていて仕事どころじゃなかったのですが、会議や打ち合わせをこなすうちにもう少し頑張ってみようか。そんな気持ちになってきました。

滅入ることはあっても、まぁ、もう少しは頑張れるかなぁ。