阪神淡路大震災30回目の1月17日が、巡ってきました。


わたし自身は、おだやかに過ごしたい日として、あまり30年前のことを書いたり話題にすることには、いまだに積極的にはなれません。


でも、なんだろう。


いま、がんの患者、サバイバーとかいうロール(役割)をやるようになって、なんだか、30年前に被災者というロールをやってたことを思い出します。


なんだか、似てるかも。


身近な人が死にました。家が壊れました、やけました。自分がどうなるかわからない。

でも、あの震災の時にはそんな環境からほんの1時間もしないところに出ていくと、まったく普通で普段通りの生活があって、死ぬことや辛いことがまったくなかったりする、あの感覚。


風呂にも入らず、洗濯もしてない服を重ね着して、自分は被災者なのだということに対して、その普通の生活をしてる地域の人から押し付けられる被災者というロール(役割)とのギャップがありました。


いくら説明しても、なにか決めつけられるような感覚がありました。「地震ってこうだよね、被害ってこうだよね」から始まって「街はきれいになったよね」「すっさり復興したよね」


似てるよね。勝手にそう決めつけられてる感じ。


がんで病院に通って治療して、知ってる人が普通になくなっていく環境にたいして、すぐそばに、普通の生活が広がっています。がんの患者で治療中という説明に対して、普通の人たちから押し付けらる癌患者というロール(役割)とのギャップがあります。


「がんって、◯◯なんだよね。治療って××なことに気をつければいいんだよね。」から「きっと治るよ」「良くなるよ」などなど。


わかった風を装って近づいてくるひとを避けて、避けて、それでも、わかってほしい気持ちはあって、それでもわかってくれないんだろうなという絶望の繰り返し。


そんなことを思いながら、今日はテレビもつけずにそっとすごそうとしています。