それ、脅し?って言われて、
あれ、そうだね、脅してるね、ってなって。
夫婦の間のつまらないことなんだけれども、
私はどうしてもやって欲しいことがあって、
相手の弱みに付け込んで、バーターを突きつけたような。
それは、世界をものにしてしまうような、
個人の弱みに付けけ込むことではないけれども。
弱みに付け込むということでは同じなわけで。
ふと、
この女に石を投げることができるのは、
心の中でさえ罪を犯したことのない者だけだと、
イエスが言ったという句を思い出して。
(無宗教だけど、そんくらいは知ってる)
別件で、
弱みにつけ込まれてバーターがあったと、
知ったことがあって。
もうね、付け込んだ方に、
ムカついてどうしようもなくて。
そしたら、家庭内でおんなじことを私がやって、
連れ合いからそれを突きつけらるという。
ほんと、何でか、即座にシンクロする。。。
でも、そしたら、
どんなに理不尽でも、何も言えないってわけ?
同じくクズな私は、どんなクズにも、石を投げられないわけ?
罪は罪として認めて対処はきちんとするけど、
人を憎まずだったけ。
そういうことなのも、頭ではわかるとして。
こういう場合、ムカついて他責は簡単だ。
今までも、ずっとそうしてきている凹凸発達の私だし。
ムカつきも他責も、
どうしても湧いて来るというなら、
湧いてくるものとして客観視するというところまでは、やれるとして。
その先の自分を見ていくっていうね。
そういう時代に入ってきているということなのか、どうなのか。
時代は関係ないか、凹凸の自分のことか。
はあ、ちょっと、今日は、凹凸発達脳がクラクラする。