数十年前に、一度だけ、ヒプノセラピーを受けたことがある。
本屋さんの精神世界系のところに、
前世療法という本が平積みになっていたときで、本も読んだ。
そのころの知り合いに、どちらかというと現実主義で、
でも、精神世界も参考になるなら参考にするという人がいて、
その人に、ヒプノ、どうよ、と聞いたら、何度か受けたことがある、
良いと思うよ、と言うので、受けてみた。
私が、そのときに見た前世らしきものは、
自分が二十歳くらいの青年で、
すでに陶器の輸入か何かの職を持っており、
可愛らしいおとなしめの婚約者もいて、
大きな船で、陶器を輸入して帰って来たら、
結婚することになっていたらしく。
でも、帰って来たら、祖国は戦場と化しており、
何もかもが壊滅的になっており、
一緒に住んでいた祖父も母も家も、婚約者も、誰も見つけることができず、
食料もなく、一人、荒廃したところをさまよいながら、
外から入れる高床式のようになっている寺院の床に、潜り込み、
そこで死んでいく人々とともに、自分も、飢えて、神を呪って死ぬ。
何も悪いことはしてこなかった敬虔な自分を、
こんなめに合わせる神を呪って、死ぬ。
そのときに、
ああ、私が呪っていたのは、神なんだ、と妙に合点した。
でも、そんなことを思っても、
私の中の恨みが消えたわけでもなかったし、
大人の発達障害も知られていなかったし、当然無自覚だし、
日常でのうまくいかなさ、辛さ、大変さが、
変わるわけではなかったので、ヒプノはそれきりになった。
それからだいぶ月日が経って、
どうやって生かされてきたのか、まだ生きていて。
少し前に、ヒプノのことを思い出して、
私の今生の課題は、神との和解なのかもなあ、などと、つらつら。
それが本当かどうか。
輪廻転生とか、前世とか、
それが本当かどうかなんて、
わかるよしもないし。
それでも、
そういう視点で来し方を俯瞰してみると、
納得できる感じがするから、
それで、良しなんだろうな、と思ったりしている。