寝床の中が、心地よくて、起きたくなくて。

ちょっと睡眠不足もあるし、このまま、寝ていたいなあ。
どうして、起きなくちゃならないかなあ。。。

 

う〜〜、起きるのは、、つらい〜〜〜〜〜

 

で、最終、生きているのが、、嫌にまでなってくる。。


ホラ、マジで大袈裟な、極端な、発達障害脳だから。。

 

で、そうだ。
愛に捧げるかと。

 

ちょっと説明しておくと、

ここでいう、愛は、
神でもいいし、大いなる存在でもいいし、
宇宙でもいいし、、、

とにかく、思考を超えた意識のことで、

そこへ、捧げるということ。


この捧げるとい言葉は、
委ねると言うことと、同じ。

 

全部神様(思考を超えた意識)からのものなんだから、
来たところへ全部捧げ返しますよ、という見方が好きなので、
委ねると言う言葉の代わりに、
捧げると言う言葉を使っている。

 

で、、朝、寝起きが辛過ぎて。


愛よ(思考を超えた意識、と言う意味で)

私は、起きるのが辛い。
もし、私が起きることが、愛の意識に沿うのなら、
私が起きられるよう、サポートをください。
起き上がる力と勇気をください、と心の中で唱えた。

 

朝、起きるくらいで、勇気って何よ、だよね。

 

でもさ、私的には、もう最高に辛いと感じてしまっているし、
大袈裟な特質はデフォだし、

自分でそういう自分をわかってやるとして。

 

唱えたら、何か寝床にへばりついていたい感じが取れて、
あれ、起きても良い気分になってるなあと、、、


うんでもって、ADHDだから、
ふと、何か違うことを考え始めてしまって、
(何を考え始めたかは、書いている今はもう、全然思い出せなのだけれど)
その何かを考え始めながら、起き上がっている自分に気がついて、、、


おお、すっと起きてるじゃんと。

 

なんだろうね。

ほんとうに、良いわ。

 

もうね、思考をこねくりまわしても、お手上げなんだから、
そうなったら(そうならなくてもかもだけど)
こういう感覚に委ねてしまうような、
自分への言葉がけをするというのは、

思わぬところで、良いよ。

 

ちなみに、私、宗教は、全くの無宗教。