11月半ばから12月半ばまで、死ぬかと思うほど、体が辛かった。

私には、気がつけばずいぶん前から、過食があった。基本、小さく痩せっぽちなんだけれど、特にここ10年ほど、間食が多い上に、夜、家での夜食がひどかった。何かつまめるような、お菓子でも、つまみ的なものでも、一つのものが気に入ると、ほとんど寝るまで、ちょこちょこ食べていた。飽きると、また、別のお気に入りができて、という感じで、ずーっと。つまり、過食。一つには、お腹が空くと、何か不安な感じがしていたのもあると思う。お腹が満たされていれば、とりあえず、満たされているみたいな。母も、食べなくちゃの人で、食べることこそ健康のもとと思っている人で、良きにつけ悪しきにつけ、そういう母の影響だなと思っていたけれど、それはたぶん、母も私も、太古の昔の氷河期かなんかの記憶で、そうなっているのかもしれないと、今は思う(ものすごい飛躍かもしれないけど、なんか、そんな感じがするのよ)。そんなこんなで、胃腸を酷使してきていて、でも、胃なんてどこにあるのかわからないくらい、なぜか、丈夫だったので、働いてくれるのを、パタリと、やめられたときには、びっくりした。本当に、食べられないの。胃が働いてくれないと、終わったなと思う私でさ。それでも、体は生きようとするので、ほとんど無意識に(本能的にか)、ごく少量の消化の良い野菜類とご飯を、時間をかけて一口だけ食べて、なんとか、仕事をしていた(自営だからというのも大きいけど、どうして、仕事ができていたのか、今思うと不思議)。それから、二、三週間が過ぎて、気がつけば、私の食生活は、すっかり変わっていた。ほとんど発酵食品主体の菜食になった(卵と、それからヨーグルトなど少しの乳製品は取っている)。間食は未だ皆無。常に悩まされていた、服から見えないところの腕や足など(なぜか見えるところの肌には出なかった)、あらゆるところに、絶え間無くできていた湿疹。それも、すっかり、出なくなった。もともと太っていない体が、もっとスリムになって。実は痩せてしまうのは、あんまり好きではないのだけれど、今の体重の方が、体は動きやすいし、体調がいい。たぶん、私は痩せているのが、この個体の元々の質なんだと思う。今までのスラックス類は、ウェストにこぶし一つ分入るくらいになったけど、連れ合い曰く、いつもと変わった感じはしないそうで、傍目には全然変化がわからないようだから、良かった。下手に人から心配されるのは、めっちゃ、ウザいので。

 

なんの話しを書こうと思ってたんだっけ。そうそう、ホスピスの話しだった。最近一人暮らしの老人の白骨化現象というのが起きているのだそうだけれど、うちだって、どっちかが先に行けば、最後は、今のままだと、お一人様なんだから、最後を一体どうしたらいいのか、お金のこともあるし、などと、たまに頭をかすめていた。で、絶不調のときには、なぜか、体中の痛みがひどくて、十代の頃、肋間神経痛もどきになったことがあって、その痛みにそっくりな、キッツイ、痛みが、体中をめぐってさ。そんなとき、食事だけは、超簡単でも用意した。で、どんなに、息絶え絶えでも、かろうじて、体を動かすことができるもんなんだな、と感慨深かった。で、よし、自分一人の最後だったら、炊事洗濯のための体が動く限り、家で生活し、いよいよそういうことが、できそうになくなったら、最後の最後だけ、痛みの緩和や優しいケアを受けさせてもらうべく、ホスピスにお世話になりたいと。それだったら、お金もなんとかなりそうだし、と思ったら、最後が決まった感じがして。死ぬ原因は、いろいろなんだから、どうなるかはわからないのは当たり前なんだけど、それでも、自分が死ぬ間際のあたりのことが、気にならなくなったので、ぐんと、日常での、気持ちが簡単になった。本当にシンプルになった。

 

食生活もシンプルになれば、気持ちの持ち方もシンプルになった、2020年の12月。

 

ああ、これから、どう生きてこう♩

(今、ハマっているミュージシャンの歌の一節)

 

ちょっと、今日は、長〜〜くなってしまった (ー ー;)

 

長過ぎた、でもまあいい、このままアップしてしまおう。