お日柄は気にする、というか、気にしてきた
生まれ育った家では、人間関係もなかなかタフ過ぎる毎日で
そんな中、中学生か高校生くらいの時に、母から
父母の結婚式が、父が仏滅を気にしなかったため、仏滅だったというのを聞いた
そのとき私は心の中で
父母たちが、お日柄だけでも大安にしておけば
少しはいろいろな大変さが、軽減したのではないだろうか
そもそも大安を選ぶということには、結婚生活などが
幸せで、大きな安らぎに満ちたものでありますようにという
祈りがこもっているわけで
それを合理的に気にしないというその態度が
波乱を生む関わり方の態度を象徴しているのではないだろうか
私が結婚するようなときがあるなら
絶対に仏滅だけはすまい、などと思った
(発達障害傾向の知識を持った今は
発達障害傾向の無自覚さゆえ
起きる波乱と理解できるけどね
とは言っても
当時は発達障害とう視点は知られていなかったのだから
無自覚という言葉も当てはまらないだろうけれど)
であるにも関わらず、いざ結婚となったときに
結婚相手が、記念日がたくさんあると忘れるから
どっちかの誕生日がいいと言い張ったので
やつの誕生日に入籍することになってしまって、それが赤口だった
もうホントにね、仏滅か赤口かというくらい
お日柄的に、赤口は良くない日なわけで
でも、正午だけは吉とあったので、時間を選んで
市役所と免許の書き換えのため警察署に行った
警察署では、その日何かあった感じの空気感が漂っていて
気分が悪くなったのを覚えている
まあ、今はただそういう印象が残っているだけで
思い起こしても、もう気分の悪さは蘇らないけどね
それにしても、往往にして
たぶん、色々な場面で大安やらのお日柄を選んでいたと思う
で、最近使い始めたものがあって
何も考えずに、お日柄も考えずに、使い始めた
後で、使い始めの日を見てみたら、あちゃ、仏滅でやんの
見なきゃ良かったとチラッと思ったけど
使い始めたものは、使いやすさがなかなか良さげだし
月初から使い初めて、キリが良いしね
もう、もしかしたら、お日柄を気にすることは、卒業かも、と思った
こう書いてきて、あらためて
お日柄妖怪が出ていたいろんな場面を振り返って
自分で大笑い
お日柄妖怪は、何故か
あまりにたわいのないことをきっかけに
無事落ちたようだけれど
それでも
大安に寄せる心意気のようなものは大切にしよう
という想いは残っているかな