もう考える必要もなくなったかにみえたのですが、結局どうにもなりませんでした。
独身のほうが精神的に楽、とずっと思ってきたのですが、そんな自分でも、異性に嫌われることにはどうしても耐えられません。
自分のすべてのことを分かってもらえる異性に出会いたい、それもお見合いではなく、学校や職場で出会いたい、とずっと望んでいました。それでもうまくいかず、付き合うことも出来ませんでした。
本当ならば、結婚して子どもが出来ていてもおかしくない年齢なのに…と思いながら、この年齢まで来てしまったことを辛く感じることもあります(ちなみに現在50歳です)。
異性に出会うこともままならず、結婚を考えることもままならず、気が付いたら異性関係を考えるだけでも疲れてしまい、正直後悔ばかりです。
今も、異性に好かれない原因がどうしてもつかめません。ASDやADHDと診断されたら、何か真の原因がつかめるかと思ったのですが、決して甘くはなかったようです。
独身で居続けている今も、異性について考えることを止めることなどどうしても出来ません。異性にモテることを夢見ていた自分にとっては、ただの夢で終わってしまうことを思い知らされるだけかと思っていたのですが、自分でも、どうすればいいのか分かりません。ただ、周りには恋人がいる人たちばかりだから、自分も異性と付き合いたい、というのは、何か違うように思います。
さんざん異性と付き合う・付き合わない、恋人を作る・作らないと30年以上も考えてしまい、こんなにも疲れる生き方をするはずじゃなかった、と思っています。
恋人作りや結婚は、人生のすべてではないのでしょうが、異性との付き合い方に生涯悩まされる生き方をしなければいけないのか、と思うと辛い限りです。
異性について考えるのを止められる日がくればいいのに。
大型連休中、こんなことを考えています。「こんなはずじゃなかった」とあと何回言えば気が晴れるのか、と考えてばかりです。
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この画像は、自分の地元で撮った千葉市生涯学習センターです。
今年も、ここ千葉市生涯学習センターで、「世界自閉症啓発デーinちば」が開催されています。今日(3/28)は、その初日です。
自閉症だけでなく、吃音の方のパンフレットが置かれていたり、自閉症の人が描いた絵が展示されていました。決して自閉症の方だけのイベントだけではないことを物語っているように思います。
自閉症や吃音によって、学校や職場で嫌な思いをし、中には不登校になったり、職場を追われたりする人も少なからずいるように思います。こういった人たちへの理解が叫ばれていて、テレビや新聞などのマスメディアで取り上げられることもあるけれども、決して理解が進んでいるわけではないのが現状のように思います。今回のイベントが、そんな人たちへの理解の一助となるよう願っています。
来る4月2日は、世界自閉症啓発デーであり、4月2日~8日までは、発達障害啓発週間です。NHK Eテレの「ハートネットTV」みたいに、積極的に発達障害を取り上げてくれる番組の存在もあってか、ようやく発達障害や自閉症についての認知が高まってきたように思います。ただ、認知が高まってきたとはいえ、中には参政党みたいに、あまりにも無理解すぎる人たちがいるのも事実です。
実際参政党は、「発達障害は存在しない」と党の本に記述されたことが判明したし、参政党から出馬した総選挙の立候補者(ただし落選)が、演説で自閉症に関する差別発言を行ったりしていて、こんな風に発達障害や自閉症のことを理解しようともしない人たちがいて、気分が悪いです。ハンディキャップの有無にかかわらず国民を幸せにするのが目的ではなく、ハンディキャップをある人を排除したり分断したりしている人たちが政治を行う事態になってしまい、とても失望し、また憂慮もしています。
これ以上発達障害や自閉症の人たちを苦しめないでほしいと願うばかりです。
気が付いたら、こうなってしまいました。自分の特性によるものかどうかは分からないけれども、他の人からは、かなり目立ちにくいです。
学生時代にからかわれたり意地悪をされたりしたことが多かったのか、自分は、他人に対してあまり心を開きません。
雑談するのも苦手意識が強く、学生時代はおろか、社会人になっても、異性との出会いがなかなかない状態が続いています。いつの頃からか、自分の心はガチガチにガードが固くなってしまった感じがします。
出会い自体がそもそも少ないうえに、出会った後も相手を警戒することが多かったように思います。相手との性格が合う、合わないということが、公私ともに重要になって来ているのは間違いありません。
それ故、特に職場での人間関係には、かなり苦労したのを覚えています。苦手な人とのいわゆる「報連相」には苦労しました。たとえ苦手な人が相手でも、業務遂行のために我慢してやり取りすることもありました。
それだけ我慢強く、そして忍耐強く生きてこられた証なのかもしれません。とは言え、私生活では、そんな性格が災いしているのか、異性となかなか出会えません。
「一人のほうが精神的に楽」ということもあるのでしょうが、果たしてこのままでいいのか、疑問も感じています。「恋人がいれば幸せ」という人ももちろんいて、そういう人たちを見るたびに寂しさを感じています。
ただ、そんな「寂しい気持ちを埋める」だけのために恋人を作ることが、果たして自分にとってプラスに働くのか?とも感じています。結局いるんなことを考えてしまい、恋人を作る作らないで葛藤してばかりです。
心がガチガチなままで、自分好きになってくれる異性がいるのか?なんて他力本願な願いが通じるのか、なんて考えてしまいました。
気が付いたら自分も50歳。恋人を作るにはあまりにもハードルが高くなってしまいました。自分でもどうしたらいいのか分からないまま独身生活を続けています。
ずっと恋人がいないことにコンプレックスを持ち続けてきました。せめてコンプレックスがなくなればいいのに。
2026年初投稿です。更新の間隔が開いてしまい申し訳ありません。
こんな人が選挙に立候補したこと自体憤りを覚えます。
今回の総選挙に神奈川県から立候補している参政党の先沖仁志が演説の中で、「自閉症の原因はお母さんが長く接しているかが関わっているという研究結果がある」と発言したという問題。
実際には、自閉症は、親の育て方とは全く関係なく、自閉症の原因は、研究上は全く確立されていないのですが、先沖は、こんな風に、自閉症の原因は母親の育て方にあると捉えかねない発言をしたそうです。
日本自閉症協会は、ウェブサイト上で、「自閉症の原因は親の育て方や愛情不足ではない」と書いてあるのですが、先沖は、これを明確に否定する発言を演説の中で行ったことになります。
専門家や当事者は「全くの見当外れ」「あまりにも無知」「差別意識そのもの」と一斉に批判する事態になっているそうです。
個人的には、国の政策を左右する国会議員や候補者が、差別を助長する発言をすること自体、非常に許しがたいと思います。あまりにも見識がなさすぎるとしか言いようがありません。
こういった差別発言で、当事者を泣かせるのが政治家のやることなのか?とさえ思います。そういう意味では、先沖は政治家失格以外の何物でもありません。
そうでなくても参政党は、昨年の参議院選挙の前に発行した有権者向けの冊子に「発達障害は存在しない」と記述されていることが発覚し、問題になったのですが、これを含めて全く謝罪がなく、参議院選挙で躍進したことにあまりにも深く失望しています。こうなってしまうと、参政党は、「差別意識のかたまり」という言葉がぴったりのように思います。
こんな政党に政治を任せたら、自分を含めた発達障害や自閉症の人たちに対する風当たりが強くなってしまうことを強く危惧しています。生きづらい社会になること間違いなし。
参政党は、即刻解散してもらいたいです。
何とかしたいと思っていても、なかなかうまくはいきません。
2025年ももうすぐ終わりを迎えようとしているけれども、自分の特性を見たら、「一人のほうが精神的に楽」でも「寂しがりや」という感じで、他の人からは、なかなか分かり合えないかもしれません。
プライベートでは、他の人との関係を持てないまま、一年が終わろうとしています。恋愛をしようにも、この特性のせいで、出会いまで持って行くにも苦労しています。
無理に出会いを求めようとすると、心が壊れてしまいそうな感じすら覚えます。自分の特性のせいで、恋愛にもそれ以外のことにも、ブレーキがかかっているような状態で、どうしても前には進みません。
こんな風に書いてきたけれども、常に一人で行動している関係上、どうしても自分を客観的に見られません。こんな自分を分かってくれる人がいればいいのですが、現実は、簡単ではありません。
ASDと中程度~重度のADHDという診断を受けてはいるものの、受けただけでは何の解決にもなっていないことを、否が応でも思い知らされたように思います。
カウンセリングを受けてはいるものの、こういった考えは、一朝一夕で変わるものではありません。
そんな中で「発達障害は存在しない」という言葉をハンドブックに載せた参政党が、今年の参議院選挙で躍進を遂げる事態になりました。個人的には、「自分の存在を否定された」と今も思っています。
こんな政党が活躍することだけでなく、そもそもこんな政党が存在すること自体、脅威に感じます。「参政党なんてなくなってもらいたい」と常に思っています。
こんな風に「自分のことを分かってもらいたい」「参政党なんてなくなってもらいたい」と願うのはわがままなのでしょうか?
自分にとっては、参政党の存在自体が、発達障害における分断の象徴であり、差別の象徴のように思います。もう黙っていられません。
これ以上発達障害の人たちへの差別を煽るのは止めてほしいと思います。2026年こそ、発達障害の人への差別がなくなることをねがっって止みません。
