ここまで自分の立場が分かっていない人がいるとは、夢にも思いませんでした。

神奈川県横浜市議会議員の太田正孝氏が、横浜市の市長について「異常な発達障害者」と投稿したという問題。これは毎日新聞が独自で報じました。
この太田氏は、社会福祉法人の理事長も務めているそうですが、X(旧Twitter)で横浜市長について「稀代のペテン師、二重人格者、異常な発達障害者です」と投稿したそうです。
横浜市長をめぐっては、市幹部への言動が問題視され、第三者委員会で7項目においてパワハラと認められたそうですが、それに関連したのか今回の投稿だそうです。
太田氏は「言葉が過ぎた」と釈明しているそうですが、横浜市自閉症協会の会長が「福祉や医療の充実を進める立場の議員がそんな理解でいいのか」と批判する事態になっているそうです。
個人的には、ASDやADHDを抱えている一人として、あまりにも侮蔑している投稿で許しがたいと思っています。「言葉が過ぎた」という釈明も、自分にとっては「発達障害の人に対する本音が出た」と思っていて、額面通りには受け取れません。太田氏が社会福祉法人の理事長でもあることを考えると、障害者や福祉に対する理解があまりにもなさすぎる投稿としか思えません。
一体どんな立場で、そしてどんな気持ちでこんな投稿をしたのか、目を疑い、耳をも疑いたくなります。横浜市長を追及する立場であるにしても、あまりにも差別的で、人権感覚がないように思います。
そういう意味では、太田氏は、市議会議員ととしてだけではなく、社会福祉法人の理事長としても、一人の人間としても、ふさわしくない投稿であり、自分も含めた発達障害をかかえている人たちにとっては、迷惑極まりないとしか思えません。
発達障害への理解が広まりつつあるかと思ったら、決してそうでもなかった一例を見てしまったように思います。
個人的には、太田氏は市議会議員も、社会福祉法人の理事長も、即刻辞職してもらいたいと思います。

異性と付き合うことをずっと夢見ていた自分にとっては、こんな性格は苦しい限りです。

学生時代から人前で発表するのが苦手だった自分。極度の引っ込み思案が恋愛面でも不利に働き、かなり辛い思いをしたのを覚えています。
高校・大学の7年間で、異性と話をしたことがほとんどなく、社会人になってからもそれが続きました。恋人を作るために職を変えたことがありました。無理矢理にでも異性と話をする機会を作れば、恋人も作れるのではないか、と考えたのですが、それでも恋人は作れなかったという苦い思い出しか残りませんでした。
ただ単に環境を変えれば恋人を作れるほど甘くはないことを思い知らされただけだったように思います。それでも何とか経験を重ねて、公私の「公」では、異性と話が出来るようになりました。
公私の「公」では、役者みたいに「役」を演じることで、性別に関係なく誰とでも話が出来るようになった感じがします。でも公私の「私」では、今も異性と話をすることが出来ません。
こんな自分の性格を恨みつつも、何とかここまで生きてきたけれども、恋人作りには疲れ果ててしまいました。「独身のほうが精神的に楽」という考えを持っているとはいえ、異性のいない生活は寂しい限りです。
異性とどうやって話をすればいいのか分からないまま過ごしてきた学生時代を、あまりにも大きく後悔しています。でも公私の「私」では今も異性と話が出来ません。
こんな自分の性格を恨めしいと思ってばかりです。そしてようやく診断が付いたASDとADHD。「こんなはずじゃなかった」という気持ちが強くなってしまいました。
やり場のない怒りを抱えながら生きていかなければいけない自分に恋人が出来たら、こんな怒りは消えるのでしょうか?

そんな風に思っていながらも、実際にはあまりにも長くかかってしまいました。

東京都が、婚活アプリ「TOKYO縁結び」を運用して約2年弱になり、結婚事業に本腰を入れるようになったというニュース。
少子化対策の一環として結婚事業を強化するようになり、実際に265組が結婚したそうです。こういった婚活アプリだけでなく、最近ではマッチングアプリみたいなものも出てきて、交際や結婚に結びつくこともあるようですが、個人的には、結婚したいと思っていても、実際にはそれとは裏腹なことしか出来ません。
異性との交際は、学生時代から考えていたのですが、高校、大学の7年間で異性と話をすることがほとんどなく、何が原因かも分からず、他の人と違う性格や考えを持つようになり、精神的に息苦しい生活を送ってきた自分にとっては、何十年もあとにASDとADHDという診断を受けることになろうとは夢にも思っていませんでした。そういう意味では、もっと早く診断を受けていればよかったとずっと思っています。
学生時代に診断を受けていれば、もっと違った人生を歩めたのかもしれません。特に異性関係に対しては、人一倍敏感になってしまっているので、何らかの対応策が見つかったかもしれません。
しかし実際は、学生時代はそもそもASDやADHDは日本国内ではほとんど知られていなかったし、社会人になってからも、家族がASDやADHDのことを理解してくれる状況ではなく、結局診断が確定したのは、母親が施設に入ってからの2021年になってからで、やっとの思いで診断に至った過去があります。あまりにも時間が経ちすぎてしまい、異性に対する自分の考えがガチガチになってしまってからの診断でした。
今も、結婚や男女交際は、自分にとっては精神的には重苦しく感じます。結婚は義務ではないとはいえ、今も、気軽に結婚や男女交際、そしてプライベートで異性と話をすることですら、自分にとっては、ハードルが高く感じます。「こんなはずじゃなかった」とあと何回嘆くことになるのでしょうか?
 

日常生活には欠かせないという人もいるかもしれませんが、個人的には、とてもそうは思えません。

この記事のタイトルの通り、個人的には、学生時代から雑談が出来ないことに悩んでいましたが、今となっては、もはやその原因探しにも疲れ果ててしまいました。
もとから他の人と考えていることが違っていて、価値観がなかなか合わなかった、ということもあるかもしれませんが、そもそも話題が、ネガティブなものが多かったように思います(ネガティブすぎて他の人には口に出来ないことばかりでしたが)。それ故、なかなか他の人の輪に入れないことが多かったように思います。
社会人になった今でも、雑談なんてとても出来ません。一人のほうが精神的に楽、ということもあるのですが、常に不安や不満を抱えていながらも、家族にすら悩みを打ち明けられず、雑談すらも出来ませんでした。親に迷惑心配をかけたくなかったこともあり、結局そのまま両親ともにあっちの世界に行ってしまいました。
今でも、周りの人の雑談を聞いていても、声には出さなくても、「それは違う」と思ったり、「もっと正確に言わないと」と思ったりすることが多々あります。新聞記事で専門家のコメントで「~すべき」という表現が多用されていることもあって、個人的には日常的に「~すべき」とか「~しないといけない」と思うことが多く、なかなか他の人と話が合いません。
そんな自分のことを分かってくれればいいのに、なんて思います。自分勝手と言われてしまえばそれまでですが、月1回のカウンセリングで話すことが精いっぱいの自分にとっては、カウンセラーの人は分かってくれていても、周りの人が自分のことを分かってくれないのが辛い限りです。「こんなはずじゃなかった」と思ってばかりいます。
雑談一つとっても、こんな考えをしているので、雑談自体が辛い限りです。こんな自分のことを分かってくれる人が出れば、ちょっとは人生が変わるかもしれません。

もう考える必要もなくなったかにみえたのですが、結局どうにもなりませんでした。

独身のほうが精神的に楽、とずっと思ってきたのですが、そんな自分でも、異性に嫌われることにはどうしても耐えられません。
自分のすべてのことを分かってもらえる異性に出会いたい、それもお見合いではなく、学校や職場で出会いたい、とずっと望んでいました。それでもうまくいかず、付き合うことも出来ませんでした。
本当ならば、結婚して子どもが出来ていてもおかしくない年齢なのに…と思いながら、この年齢まで来てしまったことを辛く感じることもあります(ちなみに現在50歳です)。
異性に出会うこともままならず、結婚を考えることもままならず、気が付いたら異性関係を考えるだけでも疲れてしまい、正直後悔ばかりです。
今も、異性に好かれない原因がどうしてもつかめません。ASDやADHDと診断されたら、何か真の原因がつかめるかと思ったのですが、決して甘くはなかったようです。
独身で居続けている今も、異性について考えることを止めることなどどうしても出来ません。異性にモテることを夢見ていた自分にとっては、ただの夢で終わってしまうことを思い知らされるだけかと思っていたのですが、自分でも、どうすればいいのか分かりません。ただ、周りには恋人がいる人たちばかりだから、自分も異性と付き合いたい、というのは、何か違うように思います。
さんざん異性と付き合う・付き合わない、恋人を作る・作らないと30年以上も考えてしまい、こんなにも疲れる生き方をするはずじゃなかった、と思っています。
恋人作りや結婚は、人生のすべてではないのでしょうが、異性との付き合い方に生涯悩まされる生き方をしなければいけないのか、と思うと辛い限りです。
異性について考えるのを止められる日がくればいいのに。

大型連休中、こんなことを考えています。「こんなはずじゃなかった」とあと何回言えば気が晴れるのか、と考えてばかりです。