このような曲が、新作アルバムに入っているようです。
「いいんですか~♪」の頃から知っていたし、”君の名は。”からはファンになっていましたが、
この曲の歌詞を見てファンをやめることにしました。
(君の名は。についてのファン熱も下がってしまった状況です。簡単に言えば映画の音楽を聴きたくなくなった+宮台氏の映画評がradwimpsの新曲にも通じるように感じる)
ここのまとめの前半などは、特に共感します。
******
当方の親戚には、
・徴兵中に上官に殴られ、その後一生涯にわたり左耳の聴力を失ったもの
・中国戦線でトラックの運転中に艦載機から銃撃され大やけどを負ったのに、従軍期間が短いなどの理由で軍人恩給をもらえなかったもの
がおります(共に故人)。
歌詞中にある”受け継がれた歴史”とは、当方にとってみればこのようなものです。
言ってみれば、「国に利用され見捨てられた」。
どうあがいても曲にコミットできません(苦笑)
当方の様に身内に戦争での傷を負い見捨てられた者がいる、そんなファンについては何も考えていないのだな、と。社会的観点の無いまま歌われても”高揚”できもしないし、共感もしない。
(もちろん、親戚が傷を負ったなどの当事者でなくても、批判して良いと思います)
まず当方が感じたのは、このようなことでした。
******
さて、ここから先はちょっと深追いして書きます。
この歌は一体誰に向かって歌っているのか。
あまりよく分からない。
たとえば、美輪明宏さんは、「従軍慰安婦の歌」というものを発表されています。(インタビューも。こちらは書き起こしの様ですね)
美輪さんは誰に向かって歌っているのか、よく分かります。
発信源として、何を発信しているかが当然受け手にも分かるようにやってらっしゃる。
ところが…radwimpsの現時点のtwitterなどの発言を見ていると、まとめたら「この歌詞に素直に飛びつける人にだけ、買ってもらえたらいい(売ればいい)」、そういう姿勢にすら見える気がするのですね。
30才過ぎになって作る曲ではないと思います。となるとあえて出した理由は、売れればいい、それだけではないかと。
(ちなみに、従軍慰安婦や自国民への暴力は、美輪さんの
話だけでなく水木しげるの漫画にも描かれています。…
従軍慰安婦も、(身内が耳をやられた)
ビンタの類も描かれていますね。水木さんはビンタは比較的大丈夫だったようですが…)
*******
少し横にそれますが、仮にもしも深く考えて、”日本の土下座外交”を批判したいとかだったならば…。(本来のロックの類なら反骨のはず)
戦後の日本の歴史は、「対米自立重武装」と「対米従属軽武装」のはざまで揺れ動いていました。ここ40年は対米従属軽武装でずっと来ています。自民党は間違いなく後者です。”土下座外交”をしたのは自民党なのです。
もしそういう意図とかがあるなら、その点を批判すべき。愛国したいなら、よけいにそうじゃないか?
(もちろん、9条のおかげで東南アジアの反日感情が多少和らいだり、中央アジアや中東で好感度がましだったりすることはありましたが)
感じたまま、知らないままに歌うことが自由ではない。
知らないからむしろ不自由で。
たとえば、現在これほど広まってしまった非正規雇用は、
アメリカの要求と
日経連(経団連)の産物で、K泉・T中が推し進めたものです。ここ最近の郵政の役員がどこの会社出身か、知っていますか?
郵政・労働関係・年金・上下水道・農協・遺伝子組み換え種子(食料)・そして軍備…
どれだけ押さえられ、これからまた押さえられていくのでしょう。
******
歌詞の内容からは、内容の由来はどうやら国家神道や国体などを想起します。
国家神道について、軽く触れておきましょう。
~成り立ち概要~
明治になって、わずか明治4年までの間に、廃仏毀釈などで仏教色を消し、神仏分離で国家神道を作る動きが盛んにされた。
「天皇親政」を建前として歌うため、祭政一致の布告を行い、直接政府が布教・強化を行ったため、その他の宗教には抑圧的態度をとった。
キリスト教も禁止されたが、諸外国の猛反発にあい一応禁止の高札をなくすという形で認めた。(正式に公認したのは昭和14年)
→基本的に失敗。
その後大教宣布運動というものが明治5年から8年まであった。
全国の僧侶・神職を教導職に任用して国民教化、 「第一条 敬神愛国ノ旨ヲ体スヘキ事、第二条 天理人道ヲ明ニスヘキ事、第三条 皇上ヲ奉戴シ朝旨ヲ遵守セスムヘキ事、右ノ三条…」。
この三条を教えるための認定試験に通らなかったらクビ。
→失敗したが、天皇の存在すら知らない一般庶民にその存在を知らしめた初めての運動。
西洋諸国の反発などから、信教の自由が明治八年に認められる。(ただしただの通達という形で、国民の基本権、人権としてではない。)
内容は限定的で「行政の妨げにならない範囲で天皇の統治を翼賛する」ことが条件。
この時期に古くからの山岳信仰の神道教団化(木曽御嶽山、富士山)が行われる。
明治15年に神職の葬儀への関与を禁止、「神道は祭祀であり宗教ではない」という理屈を発明。 (神道はすべての宗教の上に立ち総べるとの意味合い)
明治22年に大日本帝国憲法、第一条「万世一系の天皇」。
※万世一系の天皇という国体を成す考え方はもちろんフィクション。
西洋の国家がキリスト教を土台にしている(例:国旗に十字架など)のを見て、伊藤博文が作り上げた。
(枢密院での伊藤の発言より。なかなか
この記事など面白いのではないでしょうか)
あとはざっくり書くと、
・昭和初期に、青年将校たちによるクーデター多発。「昭和維新」「君側の奸を除く」「天皇親政」など。結果的に軍部の独走を招く。
※基本的に戦前農村部の若者(男性)が立身出世する道は軍隊くらいのもの。
など。
~成り立ち概要ここまで~
あと、まとめ的に、「国家と宗教」(京都仏教会監修、法蔵館出版)”国家神道の形成”より引用させていただきます。非常によく特徴が捉えられている記述です。
・「現御神天皇の信仰は、やがて家族国家観と結びつき、日本は神が直接統治する特殊な国であるという「国体の観念」を生み出す。」
・「神が直接統治する国は日本以外にはない、「日本臣民は現御神天皇を親とし、家長とする「天皇陛下の赤子」なのであり、日本の国土はイザナギ、イザナミ両神が「国産み」した神国であるというこの国体の思想は、いかなる宗教を持つ者も日本臣民なら全員が受け入れなければならないものとされた。それが信教の自由を空文化し、思想、信条の自由を阻害する要因になったことはいうまでもないであろう。日本を特殊視するこの国体の観念は、西洋先進諸国に対する劣等感の裏返しであったが、また、アジア近隣諸民族に対するいわれのない優越感も生んだ」
・「もとより天皇信仰など持たない現地の諸民族の側から見れば、それは過酷な侵略でしかなく、西欧列強の植民地政策と選ぶところはなかった。民族の伝統も文化も否定され、すべての誇りを踏みにじられたからである。」
これらの記述は、非常に正確に国家神道の精神とその影響を述べています。
例えば現日本国憲法の前文などは、そのような被害者を内外ともに出さないように平和を「日本国民が」希求するという考えに基づき作られたものでもあるし、今上天皇も平和憲法の精神を大変良く支持しておられるように見受けます。
*******
こういったことを知らないままに歌って”売る”というのは、忘却に商売を重ねるようなもの。
自分たちの属する国がやったことを知らないまま、被害にふたをして忘れようというのは、当方にとってとても受け入れられる態度ではありません。
君の名は。が売れていた当初は、「この世界の片隅に」を当て馬にする風潮がありました。
両方のファンだった当方は複雑な思いで眺めておりましたが、結局宮台真司の映画評通りになってしまったことに、何かつらいものを感じます。
この世界の片隅に
君の名は
宮台評
美辞麗句も結構ですが、現実の戦争は悲惨です。
その責任を負ったものがあるはずなのです。
まだ君の名は。では「美しいものは良い」という感じでしたが、
今は、「忘れて繰り返すために白昼夢を歌うのなら、 そんな歌うたいは有害でしかない」のだと思います。
…作り手はそこまで考えてないのかもしれないですが…。
(まあ、この世界~の原作漫画は宮台氏批評よりもっと内容豊かだとも思います)
+++
追記。
twitterで謝罪したとのこと、でも読んでみると誰に向けての謝罪なのかよくわからないし、
何を謝っているのかもよく分からない。
ライブでは普通に「何が悪い」みたいなことを仰られていたようで。
別に、歌いたければ歌ってもいいけれど、
こういう暴発や、アジア諸国や国内にとんでもない被害を出した考え方をはぐくみかねない危険性をはらんでいる。
それを分かってて売るなら大変良くないと思いますね。
(分かってなくてやっているなら、当方の人生の悩みに役に立つ曲を作るレベルには、絶対ない。何にも知らないし、知ろうともしないということでしょう。)
2018.6.17 一部改変。
2018.6.22 一部改変。