二年前の春に
仕事がほとんどキャンセルになった夫。
わたしの外出に
ついてくることが増えました。
ある日京都市内に出て
用事を済ませた後に、
ドライブすることにしました。
自動二輪の免許しか取っておらず、
車の運転手のわたしが先に決めるのでした。
大通りで
「あの公園に行ってみよう」
と思いついたわたしは、
懐かしい公園沿いに車を停めました。
そこからいつも
子どもを遊ばせていた公園の
遊具のあるところまで
芽吹きはじめた可愛らしく
柔らかい若葉をつけてい
早足で遊具のある方に向かいま
砂場もブランコもすべり台も
変わっていないように見えました。
こんな形だったかな?
砂場のセメントの縁…
錆びもせず劣化もしていないと感じる
しっかりと
当時の家からの
入口とは逆の方向から遊具に近づき、
すべり台を見る格好で立った時で
すべり台が真横から
くっきりと見えた瞬間に
何かがこみ上げ、
静かに微笑む風に揺らいだようで…
まるでわたしに向かって腕を伸ばし、
よく来たね!
忘れてないよ!
あのころ…本当によくやっていたよね…
そんなふうに言いながら
抱擁してくれるように思えて、
本当にあのころ、つらかったんだ…。
上の子を産んで下が双子で、
その公園で遊ばせていました。
夫との間に「
感じるものがずっとあって、
悶々とした日々と重なっていました
急に襲ってくる胃の痛みに耐えたり、
誰にも言葉にできず
ショッピングセンターの売
いつも心のどこかが曇っていた
子育ての日々…
そんなわたしを
公園は憶えてくれていたんだな…
行き交っているのかな……
かつての違和感は
実際には「症」のつく
精神的な病だった夫と、
どう扱えばいいのかわからないでい
わたしとのすれ違いでした。
両親がともに亡くなってしまうと、
抱きとめてもらうことが
必要な時ってあります
時間にも空間にもその抱擁力があって、
好きだった場所や、
こうやって受けとめて
いたからなのかな…と思います。
あの日公園で聞こえたように思った声も、
メッセージだったのかも知れません。

