人生パズルのピースを愛でる

人生パズルのピースを愛でる

今の暮らし。これまでの時にあったもの、、、を手にとってみたり、
これから生まれるものに思いを馳せてみます。
宝探しと宝暮らし。探しているとやって来て、気づくと一緒に暮らしている。
そんな人生パズルのピースの愛おしさの描写を試みています。

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二年前の春に

仕事がほとんどキャンセルになった夫。

 

 

 

わたしの外出に

ついてくることが増えました。

 

 

 

ある日京都市内に出て

用事を済ませた後に、

結婚し子育てした辺りを

ドライブすることにしました。

 

 

ついてきた夫は

自動二輪の免許しか取っておらず、

ルートや立ち寄り地は

車の運転手のわたしが先に決めるのでした。

 

 

 

大通りで

「あの公園に行ってみよう」

と思いついたわたしは、

左折して道幅の細い道を進み

懐かしい公園沿いに車を停めました。

 

 

 

そこからいつも

子どもを遊ばせていた公園の

遊具のあるところまでグラウンドを横切りました。

 

 

イチョウの木は

芽吹きはじめた可愛らしく

柔らかい若葉をつけていて、

銀杏も拾ったなぁと思い出しながら

早足で遊具のある方に向かいました。

 

 

 

砂場もブランコもすべり台も

変わっていないように見えました。

 

 

 

こんなに小さかったかな?

こんな形だったかな?

という思いがよぎりました。

 

 

 

砂場のセメントの縁…

金属のブランコと

錆びもせず劣化もしていないと感じる

しっかりとしたすべり台…

 

 

 

 

 

 

当時の家からの

入口とは逆の方向から遊具に近づき、

左手に砂場の縁が、

右後ろにブランコがある位置から

すべり台を見る格好で立った時です。

 

 

 

すべり台が真横から

くっきりと見えた瞬間に

何かがこみ上げ、

遊具もイチョウの木も

静かに微笑む風に揺らいだようで…

 

目の前の公園の空間が

まるでわたしに向かって腕を伸ばし、

抱きとめてくれるような感じがしたのです。

 

 

 

よく来たね!

忘れてないよ!

あのころ…本当によくやっていたよね…

 

 

 

そんなふうに言いながら

抱擁してくれるように思えて、

鼻の奥がつまり涙がぽろぽろ落ちました。

 

 

 

本当にあのころ、つらかったんだ…。

 

 

 

上の子を産んで下が双子で、

三人の子どもたちを

その公園で遊ばせていました。

 

 

 

夫との間に「何かが変だ」と

感じるものがずっとあって、

それが何だかわからないままの

悶々とした日々と重なっていました

 

 

 

急に襲ってくる胃の痛みに耐えたり、

何がどう苦しいのか

誰にも言葉にできず

ショッピングセンターの売り場を彷徨ったり。

 

 

 

いつも心のどこかが曇っていた

子育ての日々…

 

 

 

そんなわたしを

公園は憶えてくれていたんだな…

場所にも記憶は残っていて

行き交っているのかな……

そんなことを思いました。

 

 

 

かつての違和感は

実際には「症」のつく

精神的な病だった夫と、

自分のことも感じていることも

どう扱えばいいのかわからないでい

わたしとのすれ違いでした。

 

 

 

両親がともに亡くなってしまうと、

目に見えないものに

抱きとめてもらうことが

必要な時ってありますね。

 

 

 

時間にも空間にもその抱擁力があって、

機会があると生まれ育った界隈や

好きだった場所や、

懐かしさを感じるところに行きたくなるのは

こうやって受けとめてもらって

いたからなのかな…と思います。

 

 

 

あの日公園で聞こえたように思った声も、

今のわたしからかつてのわたしへ、

やっと言えるようになった

メッセージだったのかも知れません。