みなさん、こんにちは
3/17(日)は彼岸入りですね
春のお彼岸は3/17(日)~3/23(土)まで
3/20(水)の春分の日が中日になります
お彼岸は、日本人の生活習慣に根付いていますが、お墓参りをする期間と思っている人も多いのではないでしょうか
今回はお彼岸についてのおはなしです
お彼岸は、春と秋の年2回あり、墓参りや法典を行うことが、日本では昔からの風習となっています。
お彼岸を迎えるにあたって、どのようなことを準備すれば良いのか?どんな準備をすればいいのか?知っているようで、実はよくわかっていない人も多い。
お彼岸とは?
「お彼岸」は、「春彼岸」と「秋彼岸」の年2回、春分の日と秋分の日の前後3日を合わせた7日間のことで、お彼岸の初日を「彼岸入り」、春分の日と秋分の日を「彼岸の中日」、7日目の最終日を「彼岸明け」と言います。
春分の日と秋分の日は国民の祝日になっています
春分の日は、祝日法によると「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」。
秋分の日は、祝日法によると「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」と定められているのです。
そして、春分の日と秋分の日は昼と夜の長さがほとんど同じで、太陽が真西の方角に沈み、仏教の考え方では、西にあの世が存在する場所があるとされているため、春分の日と秋分の日は、あの世と最も距離が近くなる日と考えられていました。
他にも彼岸は、サンスクリット語の「波羅密多(パーラミター)」から来たものといわれ、煩悩と迷いの世界である【此岸(しがん)】にある者が、「六波羅蜜」(ろくはらみつ)の修行をする事で「悟りの世界」すなわち「彼岸」(ひがん)の境地へ到達することが出来るとも言われているようです。
「お彼岸」の意味・語源
現代における「彼岸」の読み方は「ひがん」です。元々「彼岸」という言葉の語源はサンスクリット語の「paramita(パーラミタ)」で、日本においては音写語で「波羅蜜多(はらみた)」と表記されました。
「波羅蜜多」の漢訳は「至彼岸(とうひがん)=彼岸に至る」になることから、「彼岸」は「悟りの世界(お浄土の世界)へと辿り着く」という意味になります。※サンスクリット語…古代インド・アーリア語に属する言語。
※音写語…他の言語の文字を用いて外来語を書き写した言葉。日本の仏教では、「此岸(しがん)」と「彼岸(ひがん)」という概念があります。
- 此岸(しがん)…こちら岸。欲や煩悩にまみれた世界(この世)
- 彼岸(ひがん)…向こう岸。仏の住むお浄土の世界(悟りの世界、あの世)
※この此岸と彼岸の間に流れる川のことを「三途の川(さんずのかわ)」と呼びます。
お彼岸の成り立ち
「お彼岸」という行事は、日本古来からある「日願(ひがん)」信仰と、仏教伝来後に生まれた「彼岸」という考えが結びついたことで生まれました。
①古来日本における「日願(ひがん)」信仰
古来より農作が盛んであった日本では、作物を育てる太陽と私達を守ってくださる祖先神への感謝を基本とした太陽信仰が定着しており、この信仰は「日願(ひがん)」とも呼ばれていました。②仏教伝来後に生まれた「彼岸」という考え
仏教伝来後の日本では、下記2つの理由から、「お彼岸の時期に仏教修行を行うことで、悟りの境地である浄土の世界(=彼岸)に至ることができる」という思想が生まれました。
- 西方の遥か彼方に浄土の世界(彼岸)があるとする「西方浄土(さいほうじょうど)」の考えに基づき、太陽が真東から出て真西に沈むお彼岸の時期は、浄土への道しるべができる時とされていた。
- 昼夜がほぼ同じ長さになることから、1年の中でこの世とお浄土との距離が最も近くなり、思いが通じやすくなる時と考えられていた。
上記2つの思想が結びついたことで、最終的には「ご先祖様への供養を行いつつ、仏教修行をすることで自分自身を見つめ直す時期」というお彼岸行事が生まれました。
仏教修行の一つ「六波羅蜜(ろくはらみつ)」とは?
「六波羅蜜(ろくはらみつ)」とは、出家していない者たち(在家)向けに説いた、悟りに至るための修行方法です。
■「六波羅蜜」の6つの実践
- 布施(ふせ)…施しをすること
- 持戒(じかい)…規律を守ること
- 忍辱(にんにく)…よく正しい心をもつこと
- 精進(しょうじん)…目的に向かってたゆまず努力すること
- 禅定(ぜんじょう)…常に平静な心をもち続けること
- 智慧(ちえ)…智慧を磨き、智慧を働かせること
六波羅蜜は仏教修行の基本ともいわれますが、出家していない人たちが毎日これらの項目を実践するのは中々難しいのが現状です。
だからこそ、「仏教修行を営むのに最適なお彼岸にこそ、みんなで集中して六波羅蜜を実践してみよう」という修行の機会がお彼岸なのです。六波羅蜜は全ての存在に感謝する報恩感謝の精神が基本になっており、お彼岸にお墓参りをしたりお供えをする行為も、六波羅蜜の修行の一環と言えます。
引用元:お仏壇のはせがわサイト
お彼岸の期間に、仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられていたともあります。
お彼岸の始まりは、最古の記録と思われるもの思われるのは、日本後紀に記されている「延暦25(806)年、早良親王(※謀反の疑いで死去)のために、春分・秋分を中心とした7日間、お経を転読させた」という記述のようです。
1200年前の平安時代にはすでに、春分・秋分の日が宗教的意識と結びついていたことがうかがえ、この法要は恒例となり、朝廷の年中行事になったようです。
お彼岸は仏教行事の1つで、日本特有の行事です。
日本では、仏教が広まる前から、お彼岸の時期に祖先や自然に感謝する習慣があり、日本古来の習慣と仏教の教えが結びついて、お彼岸は大切な行事となったと言われています。
お彼岸の過ごし方としては、仏壇や墓石を掃除して墓参りをする。
お寺との付き合いがある方は「彼岸会(ひがんえ)」と呼ばれる法要に参加する人もいます。
墓石の掃除道具は、霊園で借りられることもありますが、自分でたわしやブラシを準備するほうがいいでしょう。
墓石を掃除するときには、墓石周辺雑草を抜いたり、植木がある場合は枝の剪定を行ったりします。
墓石の掃除で出る、雑草や枝を入れるためのゴミ袋を事前に用意しておくと、雑草や枝、持参した備えるお花などの枝をそのまま捨てずに済むので、袋を持参することも忘れずに。
お寺が開催する彼岸会に参加する場合は、「お布施」を用意する必要があり、お布施に包む金額は3,000円から5,000円程度が相場と言われていますが、お寺によって違うこともあるので、お寺に確認をするといいでしょう。
お布施の表書きには「御布施」や「お布施」と書きますが、お布施用の封筒も売られていますので、そちらを使うといいです。
お布施を渡す際は、お盆の上に乗せて渡すか、袱紗(ふくさ)を用いて渡すといいです。
お彼岸のお供えは?というと、スーパーなどでも見かけることが増えるおはぎが有名です。
ですが、このおはぎの呼び方と餡の種類は、春彼岸と秋彼岸で違うのです。
春は春に咲く牡丹の花にちなんで「ぼたもち」。
秋は秋に咲く萩の花にちなんで「おはぎ」。
春にはこしあんのぼたもち、秋に粒あんのおはぎを供えることが一般的です。
日本では、小豆の赤い色はめでたい色と考えられていることもあり、秋は小豆の収穫時期であり、小豆の皮も柔らかいため粒あんでおはぎを作ります。
春まで保存していたあずきは皮が固くなるため、こしあんにしてぼたもちを作ります。
ぼたもちとおはぎの違いって何?とよく聞かれることがありますが、実は、ぼたもちとおはぎは同じものです。
ぼたもちやおはぎは、お供えした後に美味しくいただきます。
よく、墓前にお供えをしてそのまま置いてあるのを見かけますが、仏壇などならばお供えとして、しばらく置いておいてもいいのですが、墓前にお供えする場合は、お供えをして、お線香をあげたあとに、お墓参りに行った人たちで分けていただくほうがいいと聞いたことがあります。
墓前にお供えしたものを食べてはいけないと思っている人もいれば、置いておくことでいつでも食べることができるようにと置いたままにしてしまう人も居るようですが、神様に供えるものを自分たちも食べて神仏の力を体内に取り込む、という意味が込められているので、美味しくいただく方がいいでしょう。
また、置いたままになっているお供えを、お寺の方々がお供えを片付けてくださっているため、墓参りが終わったら必ず持ち帰るほうがいいでしょう。
お墓参りに行くときに、墓前にお花を供えます。
お花を供えるときは、正面(自分たち側に)向けて供え人が多いと思いますが、実は、ご先祖様たちに向けてお供えをするといいと、以前お寺の住職さんに教えていただきました。
仏様に香りを感じていただくといいのだそうです。
お線香などの煙も同じ意味合いがあるようです。
なかなかお墓が遠方でお参りに伺えない人は、お寺に連絡をして、可能であればお塔婆を立てていただくのもいいでしょう。
お塔婆を立てることも難しければ、ご先祖様に心だけでも思いを馳せる時間をとってみてはいかがでしょうか。
わたしは、彼岸入りにあんこを作り、前日にばたもちを作って父の墓前にお供えしようと思っています
以前、Miwaさんにアニマルコミニュケーションをお願いしたことがあり、その時に咲也はとばがおいしかったと言っていて、小太郎は虫を食べてみたかったと言っていたので、今回は愛猫・咲也にはとばを、愛ハリネズミ・小太郎には虫をお供えしようかなと思っています