火星の人、というタイトルから火星人との邂逅の話なのではないかと思ったが、火星で生き延びようと足掻く地球人のサバイバル譚だった。しかもそのサバイバルは畑を作ったり、自分の生活拠点を構築するところから始まる。地味で堅実な作業の描写は、SFというより職業小説を読んでいるような気にさせられた。映画化もされているということから派手なSFサスペンスを想像していたので、一人称視点かつくだけた語り口という小説のつくりはなかなか斬新だった。
そしてそんな語り口だからこそ、主人公ワトニーの「生き延びる」という切実な思いがかえって胸に迫った。ワトニーのログという形式をとった描写があるからこそ、火星においてもなお失われない等身大の彼をとらえることが出来る。そして過酷な物語がより胸に迫って感じられたように思う。どんな状況下においても決して諦めない心と、自分自身と周囲の力を信じて進む姿勢には胸を打たれた。
物語の最後にワトニーは、どれだけの人が自分のために働いてくれただろうかと独白する。その理由は彼の言うところの「人間性」以外にもあると私は思う。彼の不屈の心が人々を引き寄せ、奮起させたのだろうと。この物語は火星におけるサバイバル譚であるのと同時に、1人の強い心が周囲を動かす様子を描いたヒューマンドラマでもあるように感じた。