今回は国語の読解について思うことをお話しします。
国語の読解は、大きくは物語文と説明文の2つのタイプに分かれると思いますが、特に物語文を読めるようになる事は、子供の成熟度合いと非常に関係があると思います。
私の感覚的な所ですが、物語文が得意になるという状態は「主人公と自分は基本的に全く違う、別の人間なんだ」という絶対的な前提の感覚があって、はじめて客観的に文を読み取る事ができるように思います。
つまりそういうことが常日頃からできるということは、子供の中での人間関係の基本も「相手と自分は違う人間なんだ」と思えるという所がスタートになっているという事です。
という訳で、物語文ができるようになるということが子供の成熟度合いに関係があると思うのです。
受験レベルの、それなりの文章を客観的に読み、問題で問われていることに的確に答えるという事について、事務処理能力はもちろん、子供の精神状態の成熟度合いとも、かなり関係があるとしたら、勉強以外に何か深く人間関係を考えるような、そういう機会を持つ場面、経験があると、子どもの国語の成績に良い影響が出てくるような気がします。
いくら塾でテクニック的な事を聞かされても、普段の、まさに圧倒的に長い勉強以外の生活する時間の中で、そういうセンスが磨かれていない子供は、読解問題に的確に対応することそれ自体が、やはり難しいような気がします。
そういう人間的な成熟の機会を何かしら経験できた子供は、やはり鍛えられているかもしれません。
ただし、もちろんですが、国語が苦手な子供が成熟してないという、この逆は必ずしも成り立たないとも思います。
苦手な理由には、色んな原因がありますからね。
今回は以上です。
ありがとうございました。


