野球選手、指導者のための心と身体の書き換え「DK WORKS Brain Development~脳と心の開発~」 -36ページ目

野球選手、指導者のための心と身体の書き換え「DK WORKS Brain Development~脳と心の開発~」

DK WORKSは整体、オイル施術、セッション、セミナーで主に野球選手、指導者を対象としたサポートをしています。

●「嫌なこと」がきっかけとなり、発端となり、人生が大きく好転していくということは、よくあること。

 

 

前回のセミナー「マインド・ボディ・エフィカシーの世界〜閉じてしまった身体性の回復、内側から湧き上がる身体的エフィカシーの獲得とコーチング幸福論〜」の受講生から、続々をフィードバックが届き始めています。

 

 

ワークに対して、真摯に取り組み始めると、何かしら、これまでとは違った感覚や、感触を掴むものです。

 

 

その分、疑問も出てくる。

 

 

場合によっては、日常生活の中で新しい出来事や、時には思いもよらない出来事が起こることもある。

 

 

「ああ、私はこの人のことが、嫌いなんだ」というように、自分の内側に抑圧してきた真の情動が表面化することもある。

 

 

その情動が、出来事として現象化することすらある。

 

 

「書き換えを頑張ったのに、いいことがない」と嘆く人がいる。

 

 

それは、その人の抽象度にとって「いいこと」が起こると期待している。

 

 

せっかく理論を学んで実践したのに、職場で嫌なことがあった。

 

 

それは当然、「いいこと」には、思えない。

 

 

しかし、その「嫌なこと」がきっかけとなり、発端となり、人生が大きく好転していくということは、よくあること。

 

 

「よく考えれば、私の人生が回復したのは、あの最悪な事件がきっかけだった」というようなことはしばしばあることです。

 

 

それを、「単なる偶然」と捉えるのか「これは、真剣に自分の人生について、心について、身体について、腰を据えて考えなければならないタイミングに来ている」と取るか。

 

 

セッションをしていると、多くの人々が、目の前の近視眼的な「いいこと。悪いこと。」というような判断をして、その場凌ぎの人生を送っているように感じます。

 

 

Goalからの聲を聴くというのは、そのような意味で、容易なことではないのです。

 

 

謙虚で清らかな精神と、一つの出来事に対して深く洞察していく身体性。そこから新たな道を見出していくクリエイティビティ。

 

 

そうしたものを養う必要があります。

 

 

これまで隠蔽してきた、抑圧してきた「膿」を出し切ること。これまで「気づいてはいけない」と無意識に思い込んできたものに気づくこと。

 

 

そうやって、真の自分の人生を生きなければ、本質的な「いいこと」にはならない。

 

 

そうした都合の悪いものを隠蔽して、その上から「Goal」などという都合の良い概念を引き合いに出したところで、人生は変わらない。

 

 

自分自身の、最も粗雑で、最も汚くて、最も醜いその領域に、勇気を持って踏み込み、そして一つずつ丁寧に、認めていかない限り、我々は一歩も先へは進めません。

 

 

日常の、些細な出来事が大きく人生を変えていくということはよくあることです。

 

 

あるクライアントは、「自分の中に、確かに”恨み”の情動がある。これは分かる。しかし気がついたのは、結局私は、誰を恨んでいるのか?整理がつかない。出会った人全員を、恨んでいるのではないか?」

 

 

そんなフィードバックをくださいました。

 

 

まず、「整理」など不要です。

 

 

多くの場合、人々が使う「整理」という言葉には何もありません。

 

 

むしろ、余計に自分の心を、観えなくする。

 

 

なぜなら、多くの場合、ありとあらゆるものを「整理」したがる人というのは、結局はただ単に自分の都合の良いように自分を解釈して、酔いたいだけなのです。

 

 

都合の良い解釈ほど不遜なものはありません。

 

 

わからないものを、わからないものとして”持つ”ことができない。

 

 

それを、深く吟味することができない。

 

 

すぐに、”整理”なるものをして、処理しようとする。

 

 

そして”何かが観えた気分”になってしまう。

 

 

これは、我々が「心」について向き合う時、よくある罠です。

 

 

単なる幼稚さであり、思い上がりなのです。

 

 

我々が蓄積している心のアルゴリズム(仏教で言うところの「サンカーラ」ですね)が、そんなに簡単に、”整理”などできるはずもないのです。

 

 

それがなんなのか。解釈すらできず、整理など到底できない。

 

 

この場合「整理」とは、隠蔽そのものなのです。(なので、この方の「整理できない」というのは、それでOKなのです)

 

 

恨みの情動だけは確かに感じる。

 

 

その、凄まじい恨みの情動をパートナーに、子供に、部下に、ありとあらゆる人に、押し付けてきた。

 

 

ばら撒いてきた。

 

 

しかし、今こうして、瞑想をすることにより「自分は何に対して恨んできたのか?」が、いよいよわからなくなった。

 

 

自分の内側の「恨み」という情念を理解し始め、その存在を認め始めた時、いよいよ訳がわからないとなる。

 

 

私は一体誰を?何を?恨んできたのか。

 

 

何に怒り、何を憎み、何を恨んで、生きてきたか。

 

 

当然ながら「整理」など付くはずもないのです。

 

 

そういう「真実」に行き当たって、もがき、苦しみ、痛みを知る。

 

 

そうすることでしか、我々というのは、人生など始められないのです。

 

 

いやむしろ、そのことに気づくことそれ自体が、人生の最大の意味かもしれないのです。

 

 

恨みを背負い込んできた人生もまた「整理」しようとせず、ありのまま、そのまま、認めることです。

 

 

ああ、これほどにまで強烈で獰猛な「恨み」と共に、私は生きてきたのだなということを、受け止めることです。

 

 

ただ、そういう人生が「ある」ということを、真正面から、眺めることです。

 

 

そして、しみじみと味わうのです。

 

 

そうして、何度も何度も瞑想をしていくうちに、頭で「整理」することなど不要だということに、気づくのです。

 

 

いやむしろ、「整理」しようとすればするほど、恨みを増幅していたという現実に、気がつくのです。

 

 

「整理」という名の「歪んだ論理、正論」で自分を黙らせ、他人を黙らせてきた人生だったということに、気がつけるのです。

 

 

その行為そのものが、自らを縛り付け、痛めつけてきたことに気がつくのです。

 

 

真に、そうしたことに気づけた時、無意識レベルから「もう辞めよう」というGoサインが出ます。

 

 

まさに、DK WORKSでみなさんが学んでいるワークというのは、ただのワークではなく、心の根本部分をまさに”手術する”ような営みなのです。

 

 

その、日常的な瞑想。

 

 

氣功のワーク。

 

 

なんの変哲もない時間に感じるかもしれません。

 

 

ただ座っていたりするだけですからね。

 

 

それをやったからって、日常生活でいきなり、嬉しいことが起こるわけではありません。

 

 

しかし、心の内側の「手術」が、着実に進んでいるのです。

 

 

その「手術」が進むと、日常生活の中で、これまでと違った洞察が生まれる。

 

 

違う感じ方が生まれ、違う感覚が生まれ、違う視点に立つことができるようになる。

 

 

そういう「些細な変化」が後に、大きく人生を変えていくのです。

 

 

それを「整理」するのではなく、ただ、味わうことです。

 

 

そうすれば、必要なことは自ずから、与えられます。

 

 

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