●チバユウスケと世界の終わりとこぼれそうな涙
多くの人々は、Goalなんていうものが簡単に見つかると思っている。
どこかから都合の良さそうな、それっぽそうな、自分の幼さを上手に包み隠してくれそうなGoalっぽいものを持ってきて「これこそが自分の人生のGoalなんだ」なんていうふうに叫んでいる。
もちろんそういう人たちを否定したいわけではない。
それはそれで、その人が一歩でも、Goalに近づいていくために必要な過程だから。
そんな、嘘で塗り固められた自分を演じて、そんな自分を経験して、どこかでその限界に気がついて、自分を裏切っているのは他の誰でもない自分だと気がついて初めて、自分の過ちを明確に認識する。
確かにそこには、嘘しかないことに気が付く。
ああ自分は本当は、そんなにカッコよく、そんなに美しく、都合の良いようにはできていないということに気が付く。
それを必死に隠し通そうとする人生を、やってきたんだと膝から崩れ落ちる。
そういった絶望が、自分の中にまさに、呪いのように凄まじいうねりとなって存在している。
それを明確に、捉える日がある日突然に、訪れることもある。
自分の中の寂しさ、自分の中にある満たされなさ、自分の中にある、生きることへの畏れ。
都合の良い自己啓発とか、他人がたまたまうまく行ったhow toみたいなものでは全く太刀打ちできないレベルの、人間が抱く、凄まじい呪い。
そういうものが、他でもない自分の内側に潜んでいることを知る。
もう、万策はすっかりと尽き果てて。
自分のやる気や態度や、小手先のテクニックではもう、到底どうすることもできないという絶望に出くわす。
こんな自分に絶望し、それでも生きていかなければならないという現実にぶち当たる。
まあ、人生というのはその辺りから、面白くなってくるんじゃないですかね。
自分の力のなさに気づいて、自分の存在のちっぽけさに気づいて、自分を少しでも大きく見せたいという、恐怖に怯えている自分に気づいて。
やることなすこと実は、全く自分の人生にとって重要なことではないと気づいて。
もう立ち上がることもできないほどに疲れ切って。
そしてもう、無理に立ち上がることも辞めて。
2023年に逝去された「チバユウスケ」
僕の大好きだったロックンローラーの一人です。
ミッシェルガンエレファントではロックの王道を。
そしてその後組んだ「The birthday」では、ロックの中にどことない暖かさと優しさを。
The birthdayには「誰かが」という名曲があります。
ロックバントとして栄華を極めて。
でも、その中でも「自分が音楽を奏でる意味」を探し続けたチバユウスケの、シンプルなメッセージ。
この曲に出会ったのは確か、僕がまだ20代の頃でした。
フェスで「きゃりーぱみゅぱみゅ」の後に出てきたのがこのThe birthdayで。
若い人たちはどんどんステージから引いていって、なんだか随分シミったれたオールドファンみたいな人と、何も知らない僕らみたいな奴らだけがまばらに残ったステージで、チバさんが叫ぶように歌っていたのが確かこの曲でした。
夏の暑い日差しと、どこまでも緑に輝く芝と、チバのシャウトが鳴り響いていて。
確かセトリの最後に「誰かが」をやった。
そのフェスの僕のお目当ては確か、KenYokoyamaだったんですが。
そのKenさんがいつかのライブで「The birthdayのチバくんが歌っている歌がわかるようになったら、お前らも一人前かもな」なんていう話をしていたことを思い出します。
いやでも、この「誰かが」という曲を作るまでには、おそらくさまざまな衝突があり、別れがあり、悲しみがあり、怒りがあり、涙があったことでしょう。
いやあThe Birthdayに関しては、なんだか歌詞を引用するなんていうのは野暮な気がするんです。
何が言いたいのかといえば、別に特にメッセージなんてないんですが笑
わかったふりをして、わかったように生きるよりも、チバさんが歌うように、弱くとも嘘をつかずに生きる方が随分とかっこいいということですね。
いやもちろん、そこに到達するには、随分と長い間自分に嘘をつかなければならない人生もまた、存在しているでしょう。
そうしなければ、生きることができなかった命もまたある。
だから自分を否定する必要はないです。
涙も流さずにここまでよく生きたのだから、たまには泣いたっていいじゃないかと。
いやむしろ、全ては涙から始まるのかもしれないと。
そんなふうに自分を抱きしめればいい。
あ、ちなみにチバさんの最初のバンド、「ミッシェル」のデビュー曲は奇しくも「世界の終わり」でしたね。
そして、このバンドの解散ライブの最後、このバンドの本当に最後の最後にやった曲もこの曲でした。
「世界の終わり」から始まるというのもまた、バンドとしてカッコ良すぎますけど。
チバさんの声が枯れてしまって、ギターのアベフトシの弦が何本も切れて。
アベはその最後を惜しむようにずっとギターソロをしていて、チバは足早に帰っていく。
最後は音量を上げすぎたアベのギターのハウった音だけが会場に鳴り響いていて。
この後、全てが終わったかのように静かに、アベは6年後に死んでいくことになります。
我々もまた、一つが終わり、一つを始める。
そんな悲しさもまた、あなたの人生を彩り豊かなものにしてくれるはずです。
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