八海山石に拘る理由…
突然ですけどこの八海の窪みどの位の歳月が経っているでしょうか?

想像絶する歳月が経っています。
人間が何千回生まれ変わってちょっと窪みが出来る程度です。
そう考えてみると深い…
ただ漠然と石を見てると、窪んでるな~と思うだけです。

だけど深く観察し考えてみると、窪みの深さだけその長い長い徒歩もない歳月が経っていることに気付く。
人間で言うと100歳になった人間のシワの様に、100年も生きてきた人間にはこの厳しい世の中を生き抜いてきた深みがある。
言葉を発しなくても、そのシワの年輪で悟ることが出来きてしまう。
それは波動となって感じる。わかる人にはわかるのだ。
自然も同じことが言える。
川の水擦れだけで何年も何年も石の硬質な部分の中のほんの少し柔らかい部分がほんの少しずつ少しずつ削れて窪みが出来る。

ただの丸い石とは全く次元が違うことがわかる。
まあ石に興味がない人だと豚に真珠のようにまったく価値がない物になってしまうのがオチだが石組レイアウトで石に携わる人達には理解できる話である。
今は大量生産で色んな物が溢れかえっている…
壊れたらまた新しいの買えばいいじゃん的な。
大量生産できる物は作られるスピードが早い。
そのぶん、物はキャシャで壊れやすい。
尚且つ、使っていると飽きる。
そうやって大量生産された物はなぜか愛着もわかないし、雑に使ってしまう。雑に使うから余計壊れる。
大量生産できる物は価値がないのだ。魂、命が物に宿っていないのだ。
しかし、骨董品のように手間暇かけてじっくり作り上げていく物は丈夫だし、品がある。
使えば使うほど味が出て深みが増す。
大切に使わなくちゃって言う気持ちに自然とそうなる。
まるでスルメの様に。噛めば噛むほど味が染み出てくるような的な。笑っ
この八海山石のように何万年という歳月を得た窪みは観ていてあきがこない。

ある意味パワーストーンよりも遥かに強いパワーを持っている。
石を探しに家から100キロ離れた山や川に石を探しに行く。
この原動力となる力を石は秘めているのだ。
凄いパワーである。
その石を水槽に入れて石組レイアウトして楽しむ。

間違いなく癒される理由の原点は大自然の長い歳月から得た形にあるのかもしれない。
次回!石組レイアウト始動!!