ようやく暖かくなってきた春先。
久々の休日なのに特にやる事も無く家にいるのは勿体無いので、今日も「あの街」へ行くことにした。
「あの街」は緑が多く物静か。
レンガが敷き詰められた道の路肩に可憐な花が咲き、路面には様々なお店が立ち並び何処からか美味しそうなパンの匂いがするそんな街。
この街の外れに僕の行きつけのカフェがある。
ここのマスターの入れてくれるコーヒーにはシナモンが入っていていて、付け合わせのアップルパイとの相性は抜群。それはもう絶品である。
大きい窓の外には突き抜ける空と木々の隙間から通り抜ける風。
僕は何をするでも無く、ただこうして時を感じるにが好きだ。
太陽が眠りにつくとき、僕はゆっくりと席を立ち古くなった扉をギギギと音を立てながら開ける。
すると正面に見慣れないお店が一軒佇んでいる。
フラッと立ち寄ってはみたものの、客も店の人も居なく、辺り一面には沢山の見た事の無い靴が並んでいた。真っ白な壁面に配管がむき出しの天井。全てがオシャレで気付けば口を開けたまま店も真ん中に立ち、くるくる回りながら全体を見渡していた。
そろそろ目が回っきたので、お店の人も一向に現れる様子もなかったので店を出る事にした。ドアを開けようと手を延ばとドアのすぐ左の棚に埋もれる一足の茶色でくるぶしが見えるくらいの革靴を見つけた。
僕は一目惚れだった。
お店の人を呼んだがくる気配もない。
「しょうがない、帰ろう。いや、でも試履だけでも。」
そう思う頃にはもう既に僕の両足は革靴を履いていた。
サイズは小指が一本はいるくらい大きさ。
店内をカツカツと音を立てて歩き、靴の感触を忘れないように歩き回っていると、突然大きな物音と共に激しく地面が揺れる。僕は何も持たず慌てて外へ飛び出し、辺りをみると「よかった、ただの地震か。」
むかいのカフェのマスターはクスリと笑って、店閉めの準備をしている。
お店に戻ろうと振り返ると「あれ、何にもない。」
そこにあるのは茫々に生え散らかった草木と、僕の私物だけ。
後ろで店閉めをするマスターにみむきもせず急いで駆け寄る。背の高い草木を見上げ何だったんだろうと考えながら草の上に横たわったトートバックを担ごうと手を延ばしたその先に、一枚の名刺サイズの紙切れが添えてあった。
「お気に召されたようで何よりです。」
そう書き残された紙切れはいきなりの突風によって夜空に舞い上がり、スーッと闇の中へ溶けて行った。
つづきはまた