チーッス!金沢は今日はとってもいい天気で、気温も22℃まで上昇しました。
また、突然のように桜も咲いてて、来週辺りからお花見も出きるんじゃないかと思います。(*^o^*)
さて、お隣の台湾では、学生達が頑張ってますね!まるで日本の1960年代半ばの学生運動のようです。
【台湾】李登輝元総統 国会占拠の学生らに涙ぐむ。
http://treasonnews.doorblog.jp/archives/37932505.html
で、台湾というと、金沢出身の土木技師、八田與一さんを思い出します。
八田さんについては以前にも掲載しましたが、現地でのことがもっと解りやすく紹介されたものがありましたのでご紹介します。
200億円!! 東日本大震災の被災者を案じ、台湾の人たちが送ってくれた義捐金の額だ。 9割は一般人からの寄付だった。
台湾では、地震発生直後から、テレビで緊急特番を放送。 多くの有名人や政治家、総統までもが日本の危機的状況を訴え、支援を呼びかけ続けてくれた。
なぜ台湾の人たちは、そんな大金を日本のために送ってくれたのか? それは、日本をとても愛してくれているから…。
その裏には、台湾人なら誰もが知っている物語があった。
……1895年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を治めることになった。
日本は、国内の食糧不足を補うため、台湾の農業強化を打ち出した。 しかし、台湾一大きな嘉南平野は、作物がほとんど取れない。
原因は水事情の悪さ。 乾季は日照りで飲み水さえないが、雨季には洪水が絶えず起きるという有様。
そこに、日本から土木技師として派遣された男がいた。 八田與一。 彼はダムを建設するため、水源や地形の調査にやって来たのだ。
台湾総督府に上申する八田。 「ダムに最適な場所は、ここ、烏山頭(うさんとう)地区です。大規模なダムが造れます」
が、台湾総督府は難色を示す。 「こんな大きなダムは不可能だ!もう少し規模を小さくしなければ」
食い下がる八田。 「それでは水量が少なく、平野全体に水が行き渡りません」
「しかし予算がない…」 「一時しのぎではダメです。農民たち全体が豊かにならなければ、造る意味がありません!」
工事費用は莫大で、台湾総督府総予算の3分の1にもなる。 金額的にも規模的にもあまりにも大きすぎて、誰も本当に実現するとは思わなかった。
しかし、小さいダムでは水が行き渡らず、住民の格差が生まれてしまう。 彼は自分の思いを曲げず、計画書を何度も練り直した。
3年後の1920年、粘り強い交渉の末、八田は、費用の半分を農民たちも担うことを条件に、ダムの建設許可を勝ち取った。
ところが、地元住民は大反対。 「なぜ我々がお金を負担しなくてはいけないんですか!」
八田はダムの必要性を必死で説いた。
「ダムができれば必ず豊かになる。皆さんの子供や孫たちの世代が、安心して暮らせるんです」
「僕たちは騙されないぞ!」
住民の無理解など、問題を抱えつつ、何年続くか分からないダム建設がスタートした。
日本人・台湾人合わせて約2000人が、険しい山奥での力仕事に従事。 しかし、衛生状態も悪く、労働環境はまさに最悪だった。
そこで八田は、環境改善のため、上司に要請。 「家族と住める宿舎を作って下さい」
「何を言ってるんだ。我々が必要なのは労働力。女、子供は必要ない」 「しかし、家族と離れ離れでいい仕事などできるわけありません!」
八田の要請が受け入れられ、工夫(こうふ)が家族と一緒に住めるよう、工事現場の近くに小さな町が作られた。 そこには、学校や病院などの公共施設や、映画館やテニスコートなどの娯楽場もあった。 集会所に集まってゲームをしたり、定期的にお祭りを開いたり、工夫たちはここでの生活を心から楽しむことができた。
台湾の工夫たちとも家族のように接する八田。
上からではなく、同じ目線で仕事をする彼の姿勢に心を打たれ、台湾の人たちも次第に心を開いていった。 地元の反対も弱まり、全てが上手く行くように思われた。
そんな時…… 1923年、関東大震災が発生。 日本は、台湾のダム建設どころではなくなった。
八田は、台湾総督府からダムの建設予算の大幅カットを言い渡される。 「台湾人半分のクビを切って、何とか工事を続けてもらえんか?」
この噂は台湾人工夫たちの間にも広まった。 「俺たち、そろそろクビらしいぞ」 「そうらしいな…。日本人が優遇されるのは仕方がない…」
ところが、何と八田が解雇したのは日本人ばかりだった。
台湾人工夫たちは驚き、なぜ自分たちを優遇して残したのか、その理由を尋ねた。 すると八田はこう答えた。
「当然ですよ。将来このダムを使うのは君たちなんですから」
日本人は日本でも仕事ができる。 台湾人はこの地でずっと生きていく。 自分たちのダムは自分たちで造ってほしい。
それは八田の思いだった。
工夫たちは、八田を心から信頼するようになった。
そんなある日……
ダムの現場で爆発事故が発生。 死亡者50人以上、負傷者100人以上の大事故だった。
八田は、取るものも取り敢えず急いで遺族の家に駆けつけた。 土下座し、遺族に詫びる八田。
「申し訳ございません!あなたのご主人を殺したのは私です!」
大切な人の命を奪ってしまった。 いくら謝っても謝りきれない……。
未亡人はしかし、八田にこう話しかけた。
「八田さん、頭を上げて下さい。主人は、ダムの仕事を誇りに思っていました。八田さん、どうか立派なダムを造って下さい!」
亡くなった工夫たちは、自分と同じ思いを抱いていてくれた。 家族にも語ってくれていた。
八田は決意を述べた。
「必ず、必ずダムを完成させてみせます!」
多くの仲間を失いつつも、残された人々は懸命に工事を続けた。
そして1930年、10年の歳月を経て、ついに東洋一の大きさ(当時)を誇る烏山頭ダムが完成。
不毛の地と言われた嘉南平野は、米・サトウキビなどが豊富に獲れる、台湾一の穀倉地帯へと生まれ変わった。
台湾の人たちは、ダムを見渡す丘に 八田の銅像を建てた。 それは、考え事をする時の姿。
八田の物語は、台湾の教科書に載っていて、今でも彼の命日には、毎年ここで慰霊祭が行われている。
今回、日本に送られた200億円の義捐金。 それは、70年の時を経て、八田への思いが恩返しの形で届けられたのかもしれない……。
http://kobayashi2.fc2web.com/Goodstory/goodstory133.htm
嘉南平原の隅々にまで潅漑用水が行きわたるのを見とどけてから、八田與一は家族とともに台北に去った。八田は太平洋戦争の最中の1942年、 陸軍に徴用されてフィリピンに向かう途中、乗っていた船がアメリカの潜水艦に撃沈されて、この世を去った。
3年後、戦争に敗れた日本人は一人残らず台湾を去らなければならなくなった。烏山頭に疎開していた妻の外代樹(とよき)は、まもなく夫が心血を注いだ烏山頭ダムの放水口に身を投げて後を追った。外代樹もまた金沢の人だった。享年46歳である。
嘉南の農民たちによって八田與一夫妻の墓がその地に建てられた。作業着姿の銅像とともにいまも農民たちの手で守られて、命日の5月8日には現地の人々によって追悼式が行われている。
台湾の李登輝前総統も「台湾に寄与した日本人を挙げるとすれば、嘉南大用水路を造り上げた八田技師がいの一番に挙げられるでしょう」と語っている。
※ポイズントーク 偉人伝:世界に知られる日本人、八田與一より
http://ameblo.jp/djkoji100/theme7-10066937121.html
■今日ネタ
仕事がうまくいく人は、この8つのムダ思考を捨てている?
http://www.lifehacker.jp/2014/03/140327book_to_read.html
「体験」する音楽。レコードが注目される理由とは?
http://www.gizmodo.jp/2014/03/post_14269.html
飲料水の新しいカタチ!?水を球体状にして持ち運べるペットボトルに代わるシステム開発!
http://commonpost.info/?p=90134
地球上「もっとも大きな生命体」がデカすぎる?
http://japan.digitaldj-network.com/articles/27922.html
メンデンホール氷河の氷の洞窟内部をクアッドコプターで撮影した空撮映像が美しい!!
http://commonpost.info/?p=90106
リアルな絵具のように描ける 開発中のペイントソフト「Verve」が凄い!
http://oekakigakusyuu.blog97.fc2.com/blog-entry-708.html
ワインオープナーを使わずにワインの栓を開ける方法?
http://oryouri.2chblog.jp/archives/8307159.html
許さざるを得ない「究極の土下座」 集?
http://blog.livedoor.jp/hisabisaniwarota/archives/52566978.html
自分に合った「スーツ」を知ろう 着こなしや手入れのポイント、革靴のメンテナンス方法?
http://hatenanews.com/articles/201403/19610
元ハイ・ファイ・セットメンバーの山本俊彦さん死去、67歳。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140329/ent14032912160006-n1.htm
たかじん「年収」「味の素事件」新事実! 旧知の放送作家、新著で独白?
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140329/wlf14032914060011-n1.htm
ウクライナの「軍用イルカ」「軍用オットセイ」、ロシア軍が接収?
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140326/erp14032623010011-n1.htm
不明マレーシア機 飛び交う憶測 「テロ説」から「事故説」まで 機長は本当は英雄?
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140328/asi14032810200001-n1.htm
消費者金融を使うなんてアホ…と切り捨てるのは簡単ですが、現在、1000万人以上が?
http://cards.hateblo.jp/entry/okane-kariru-1000mannin/
除菌グッズ効果の根拠なし 17社に処分?
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140327/k10013291181000.html
また、突然のように桜も咲いてて、来週辺りからお花見も出きるんじゃないかと思います。(*^o^*)
さて、お隣の台湾では、学生達が頑張ってますね!まるで日本の1960年代半ばの学生運動のようです。
【台湾】李登輝元総統 国会占拠の学生らに涙ぐむ。
http://treasonnews.doorblog.jp/archives/37932505.html
で、台湾というと、金沢出身の土木技師、八田與一さんを思い出します。
八田さんについては以前にも掲載しましたが、現地でのことがもっと解りやすく紹介されたものがありましたのでご紹介します。
- こんな立派な日本人がいた! 名も無き偉人伝/マガジンハウス
- ¥1,365
- Amazon.co.jp
200億円!! 東日本大震災の被災者を案じ、台湾の人たちが送ってくれた義捐金の額だ。 9割は一般人からの寄付だった。
台湾では、地震発生直後から、テレビで緊急特番を放送。 多くの有名人や政治家、総統までもが日本の危機的状況を訴え、支援を呼びかけ続けてくれた。
なぜ台湾の人たちは、そんな大金を日本のために送ってくれたのか? それは、日本をとても愛してくれているから…。
その裏には、台湾人なら誰もが知っている物語があった。
……1895年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を治めることになった。
日本は、国内の食糧不足を補うため、台湾の農業強化を打ち出した。 しかし、台湾一大きな嘉南平野は、作物がほとんど取れない。
原因は水事情の悪さ。 乾季は日照りで飲み水さえないが、雨季には洪水が絶えず起きるという有様。
そこに、日本から土木技師として派遣された男がいた。 八田與一。 彼はダムを建設するため、水源や地形の調査にやって来たのだ。
台湾総督府に上申する八田。 「ダムに最適な場所は、ここ、烏山頭(うさんとう)地区です。大規模なダムが造れます」
が、台湾総督府は難色を示す。 「こんな大きなダムは不可能だ!もう少し規模を小さくしなければ」
食い下がる八田。 「それでは水量が少なく、平野全体に水が行き渡りません」
「しかし予算がない…」 「一時しのぎではダメです。農民たち全体が豊かにならなければ、造る意味がありません!」
工事費用は莫大で、台湾総督府総予算の3分の1にもなる。 金額的にも規模的にもあまりにも大きすぎて、誰も本当に実現するとは思わなかった。
しかし、小さいダムでは水が行き渡らず、住民の格差が生まれてしまう。 彼は自分の思いを曲げず、計画書を何度も練り直した。
3年後の1920年、粘り強い交渉の末、八田は、費用の半分を農民たちも担うことを条件に、ダムの建設許可を勝ち取った。
ところが、地元住民は大反対。 「なぜ我々がお金を負担しなくてはいけないんですか!」
八田はダムの必要性を必死で説いた。
「ダムができれば必ず豊かになる。皆さんの子供や孫たちの世代が、安心して暮らせるんです」
「僕たちは騙されないぞ!」
住民の無理解など、問題を抱えつつ、何年続くか分からないダム建設がスタートした。
日本人・台湾人合わせて約2000人が、険しい山奥での力仕事に従事。 しかし、衛生状態も悪く、労働環境はまさに最悪だった。
そこで八田は、環境改善のため、上司に要請。 「家族と住める宿舎を作って下さい」
「何を言ってるんだ。我々が必要なのは労働力。女、子供は必要ない」 「しかし、家族と離れ離れでいい仕事などできるわけありません!」
八田の要請が受け入れられ、工夫(こうふ)が家族と一緒に住めるよう、工事現場の近くに小さな町が作られた。 そこには、学校や病院などの公共施設や、映画館やテニスコートなどの娯楽場もあった。 集会所に集まってゲームをしたり、定期的にお祭りを開いたり、工夫たちはここでの生活を心から楽しむことができた。
台湾の工夫たちとも家族のように接する八田。
上からではなく、同じ目線で仕事をする彼の姿勢に心を打たれ、台湾の人たちも次第に心を開いていった。 地元の反対も弱まり、全てが上手く行くように思われた。
そんな時…… 1923年、関東大震災が発生。 日本は、台湾のダム建設どころではなくなった。
八田は、台湾総督府からダムの建設予算の大幅カットを言い渡される。 「台湾人半分のクビを切って、何とか工事を続けてもらえんか?」
この噂は台湾人工夫たちの間にも広まった。 「俺たち、そろそろクビらしいぞ」 「そうらしいな…。日本人が優遇されるのは仕方がない…」
ところが、何と八田が解雇したのは日本人ばかりだった。
台湾人工夫たちは驚き、なぜ自分たちを優遇して残したのか、その理由を尋ねた。 すると八田はこう答えた。
「当然ですよ。将来このダムを使うのは君たちなんですから」
日本人は日本でも仕事ができる。 台湾人はこの地でずっと生きていく。 自分たちのダムは自分たちで造ってほしい。
それは八田の思いだった。
工夫たちは、八田を心から信頼するようになった。
そんなある日……
ダムの現場で爆発事故が発生。 死亡者50人以上、負傷者100人以上の大事故だった。
八田は、取るものも取り敢えず急いで遺族の家に駆けつけた。 土下座し、遺族に詫びる八田。
「申し訳ございません!あなたのご主人を殺したのは私です!」
大切な人の命を奪ってしまった。 いくら謝っても謝りきれない……。
未亡人はしかし、八田にこう話しかけた。
「八田さん、頭を上げて下さい。主人は、ダムの仕事を誇りに思っていました。八田さん、どうか立派なダムを造って下さい!」
亡くなった工夫たちは、自分と同じ思いを抱いていてくれた。 家族にも語ってくれていた。
八田は決意を述べた。
「必ず、必ずダムを完成させてみせます!」
多くの仲間を失いつつも、残された人々は懸命に工事を続けた。
そして1930年、10年の歳月を経て、ついに東洋一の大きさ(当時)を誇る烏山頭ダムが完成。
不毛の地と言われた嘉南平野は、米・サトウキビなどが豊富に獲れる、台湾一の穀倉地帯へと生まれ変わった。
台湾の人たちは、ダムを見渡す丘に 八田の銅像を建てた。 それは、考え事をする時の姿。
八田の物語は、台湾の教科書に載っていて、今でも彼の命日には、毎年ここで慰霊祭が行われている。
今回、日本に送られた200億円の義捐金。 それは、70年の時を経て、八田への思いが恩返しの形で届けられたのかもしれない……。
http://kobayashi2.fc2web.com/Goodstory/goodstory133.htm
嘉南平原の隅々にまで潅漑用水が行きわたるのを見とどけてから、八田與一は家族とともに台北に去った。八田は太平洋戦争の最中の1942年、 陸軍に徴用されてフィリピンに向かう途中、乗っていた船がアメリカの潜水艦に撃沈されて、この世を去った。
3年後、戦争に敗れた日本人は一人残らず台湾を去らなければならなくなった。烏山頭に疎開していた妻の外代樹(とよき)は、まもなく夫が心血を注いだ烏山頭ダムの放水口に身を投げて後を追った。外代樹もまた金沢の人だった。享年46歳である。
嘉南の農民たちによって八田與一夫妻の墓がその地に建てられた。作業着姿の銅像とともにいまも農民たちの手で守られて、命日の5月8日には現地の人々によって追悼式が行われている。
台湾の李登輝前総統も「台湾に寄与した日本人を挙げるとすれば、嘉南大用水路を造り上げた八田技師がいの一番に挙げられるでしょう」と語っている。
※ポイズントーク 偉人伝:世界に知られる日本人、八田與一より
http://ameblo.jp/djkoji100/theme7-10066937121.html
■今日ネタ
仕事がうまくいく人は、この8つのムダ思考を捨てている?
http://www.lifehacker.jp/2014/03/140327book_to_read.html
「体験」する音楽。レコードが注目される理由とは?
http://www.gizmodo.jp/2014/03/post_14269.html
飲料水の新しいカタチ!?水を球体状にして持ち運べるペットボトルに代わるシステム開発!
http://commonpost.info/?p=90134
地球上「もっとも大きな生命体」がデカすぎる?
http://japan.digitaldj-network.com/articles/27922.html
メンデンホール氷河の氷の洞窟内部をクアッドコプターで撮影した空撮映像が美しい!!
http://commonpost.info/?p=90106
リアルな絵具のように描ける 開発中のペイントソフト「Verve」が凄い!
http://oekakigakusyuu.blog97.fc2.com/blog-entry-708.html
ワインオープナーを使わずにワインの栓を開ける方法?
http://oryouri.2chblog.jp/archives/8307159.html
許さざるを得ない「究極の土下座」 集?
http://blog.livedoor.jp/hisabisaniwarota/archives/52566978.html
自分に合った「スーツ」を知ろう 着こなしや手入れのポイント、革靴のメンテナンス方法?
http://hatenanews.com/articles/201403/19610
元ハイ・ファイ・セットメンバーの山本俊彦さん死去、67歳。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140329/ent14032912160006-n1.htm
たかじん「年収」「味の素事件」新事実! 旧知の放送作家、新著で独白?
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140329/wlf14032914060011-n1.htm
ウクライナの「軍用イルカ」「軍用オットセイ」、ロシア軍が接収?
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140326/erp14032623010011-n1.htm
不明マレーシア機 飛び交う憶測 「テロ説」から「事故説」まで 機長は本当は英雄?
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140328/asi14032810200001-n1.htm
消費者金融を使うなんてアホ…と切り捨てるのは簡単ですが、現在、1000万人以上が?
http://cards.hateblo.jp/entry/okane-kariru-1000mannin/
除菌グッズ効果の根拠なし 17社に処分?
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140327/k10013291181000.html