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40代中年男がいきなり漫画を描き始めてはたしてデビューできるのか?

コネなし、才能なしの40代漫画家志望者の中年会社員です。
何かのブログで全くの素人でも1000枚漫画を描けば、プロデビューできると描いてありました。
はたして、これが可能なのか実証しようと思いこのブログを描き始めました。
あと自分のスケジュール管理も目的。

ぼくは何故か人から説教されやすい性格である。
にも関わらず他人を説教したいという欲望があまりないほうである。
なので、説教する人間の心理が長いことわからなかったりした。

というかかなりの期間、説教する人間は愛があると勝手に解釈していたことがあった。

当然である。
わざわざ他人の欠点を延々と指摘し続けるのである。愛がなくてなぜ
そんなめんどくさいことができるのだろうか。

これがとんでもない勘違いであると気づいたのは30代の半ばである。

当時ある会社で突然のリストラにあって、自分が極めて弱い立場に立たされたときにおまえだけには説教されたくないという相手から数か月に渡って延々と説教された経験がぼくにその勘違いを気づかせてくれた。

もし、親子間で説教の連鎖が行われているとしたら、それはただの虐待の連鎖である。

説教とは権力関係を確認するための儀式であって言ってる内容などなんだっていいのだ。権力に対するしがみつきが説教なのだ。

説教好きの人間は相手に対して99.9%が劣位に立っていたとしても残りの
0.01%を目ざとく見つけ出し相手を攻撃してくる。
あさといのはこの攻撃を愛と擬制するところである。

で、説教好きとはこの99.9%を認めたくないために残りの0.01%にしがみつく人間である。
もちろん他人からは99.9%の部分しか見えてないのでこれは滑稽に見えるだろう。
説教には何の有益なものも含まれていないのでそんなものは真面目に取り合わないほうがいい。

そして説教に対する最も有効な対処法は論破ではない。

冷笑である。

って今回は説教臭かったな・・。

久しぶりにテレビを見たのだが、マスゴミの凄まじい温度差に唖然とした。

田子神かだれかが出てきて自衛隊が戦闘に巻き込まれたら法律上どうのこうのとのどかな話を延々とやっていた。

そのようなことは本当にどうでもいいのであって、よりもっと言ってしまえば北朝鮮なども本当はどうでもいい国家なのだ。

今回の件を見ていて感じるのはマスゴミはなぜ問題の本質をこれほどそらすのかである。
一部北朝鮮が日本にミサイルを発射してくるとの憶測があるが、なぜそのような憶測があるのか自体が不明である。
アメリカと一触即発の状態にあるときになぜ北朝鮮が日本まで兵力を分散しようとするのだろう。

ぼくはそのようなことよりも可能性として捨てきれないのは、中国と北朝鮮間で戦争が発生する可能性である。

アメリカと北朝鮮が再度全面戦争に発展した場合、もっとも困るのはどこの
国だろうか。
北朝鮮は想像以上に弱い国である。
兵力の数が多いので韓国は大変な被害を受けるだろうが、それでも北朝鮮の軍隊には自国を守る理由がない。戦闘が開始したら士気はあっという間に崩壊するだろう。
つまり戦闘状態になったらかなり短期間に北朝鮮はアメリカ側に組み込まれるだろう。

問題は中国がそれを容認するかである。

アメリカと北朝鮮間で全面戦争になってしまったら中国はもう手出しはできないだろう。
実際問題として中国自体も想像以上に弱い国である。

中国が自国の国益を優先した場合、何を考えるだろう。
すでに北朝鮮政府を中国はコントロールすることができないのだ。

ならば、中国は北朝鮮と戦争をして自国の傀儡政権を樹立しようと考えるのではないか。

当然のことながら、中国軍にそのような動きがあればアメリカ側はすぐに察知するであろう。
なのでこの問題に関しては時間がたてばたつほど、米中間が直接軍事衝突する危険性が高まるのである。

なのでアメリカが北朝鮮政府を崩壊させるのは早ければ早いほどいいというのがぼくの考えである。
北朝鮮が中国に占領されるぐらいなら、アメリカに占領されたほうがまだ
ましだと思うのはぼくだけではないはずだ。

そのような認識の中では日本の憲法9条なんて本当にどうでもいい問題である。

もう何年も前に公開された映画であり、また公開当時の批評もあまりよくなかった映画について語ってみようと思う。

フルメタルジャケットのことである。

公開当時のぼくの評価は、仮にスコセッシがこれを監督したとしたら傑作
程度であったと思う。
つまりキューブリックの映画としては微妙であると思ったのだ。

が最近、またこの映画をレンタルして見てこれがまぎれもない傑作であると
わかったのだ。

一般に言ってこの手の反戦映画というのは、戦争がいかに残酷でいかに人間を狂わせるかを題材にすると思う。
当然、ぼくもそのような映画だと今まで思っていたのだ。
そのような視点で見たときにこの映画は後半があまり戦争の悲惨さが描けて
いないように感じるのだ。

だが、今回観直してこの見方が間違っていることに気付いたのだ。

つまりキューブリックはこの映画でこうに言っているのである。

「戦争が人間を狂わせるのではない。人間が狂っているから戦争が起こるのだ。」

そのように主題を理解すると前半と後半のつながりもよく理解できるのだ。

登場人物達は海兵隊に入る前から狂っているのである。

多分、これはキューブリックが他の映画でも一貫して追求していたテーマである。それにしても何十年もかからないと理解されない映画を平然と作ってしまう。キューブリック恐るべし。
今、こういう映画監督ってあまりいなくなってしまったな。