新宿のロフトプラスワンで開催した暗器使いさんのイベントを拝見させて頂きました。
大変面白かったです。
暗器使いさん…さわやか系の好青年さんです。
雨宮処凛さん…背がでかいです。
月乃光司さん…(作家、こわれ者の祭典代表)…知的な感じのおっさんです。
アイコさん(こわれ者の祭典メンバー)…かわいい! 歌がうまいです。詩に感動しました。
市野善也さん(「ひきこもりの社会理論」著者、当イベント司会者)…神沢敦子さんのイベントにも
いらしてましたね。
タダフジカ(ギタリスト)…このくらい楽器が弾ければ楽しいと思う。
で、本題。
実は結論はでてないのだ。
結論はでてないが、最近の生きづらさ系の話題でちょっと気になる点を一つ。
アキバの事件の犯人がしきりに彼女が欲しいと訴えてた件と重なるのだが、
確かにアキバの犯人に彼女がいればあんな凶行は犯さなかったろう。
だが、もし彼に彼女がいたら彼の生きづらさは解決しただろうか?
いや。そんなことはないだろう。
生きづらさ系の人達のモテ、非モテの区分って実は表面的だと思う。
彼らは基本的に恋愛体質なので、恋愛対象が見つかれば案外あっさりと大恋愛に突入してしまう。
つまり、あんま恋に不器用ってタイプではないのだ。
1:1の恋人と呼べる相手とのコミュニケーションなら葛藤なくやってのけるだろう。
なら、彼らを生きづらくしてる根本的な原因は何だろう?
原因は、彼らが成長過程で同性間の集団の中での承認に失敗していることである。
本物のブサメンの為に、異性に全く相手にされないという本物の非モテを何人も知ってるが、
彼らは成長過程で同性間の集団による承認を得てるので生きづらさは抱えない。
逆に言えば、仮にどんなに美男美女だろうと現実にはどんなにもてようが、成長過程で
同性間の集団による承認を得てなければ、生きづらさを抱えてしまう。
いじめが深刻なのはこの点なのである。
生きづらさ系のカップルというのはよくある存在であり、巡り合えたときは瞬間的に
救われた感じがするのであるが、極めて頽廃的な恋愛が進行するだけなので、生きづらさの
根本的な解決にはならないだろう。
つまり、彼女ができれば救われるというのは幻想である。
ここで、疑問に思うこと。
① どうして成長過程で同性間の集団による承認を得ていないと生きづらさを抱えてしまうのか?
② 実は本質ではない非モテという点に何故、焦点がそれるのか?
③ ネオりべが生きづらさ系の人達を追い詰めたのは何故か?
④ 何か解決策があるか?
ちょっと数日、検討してみたい。
最後にいじめの被害者について。
いじめは被害者に深刻なトラウマを与え、彼らは生涯、人間不信に悩まされる。
本当にちょっとしたきっかけでフラッシュバックが起こるのだ。
彼らは安全な場所で癒される権利がある。
間違っても、彼らに「人間は信頼に足るもんだ」なんてゆー安っぽい慰めはしないことだ。
彼らの絶望感はそんな生優しいもんじゃないのだ。
必要なのは慰めじゃない。絶望に共感することだ。
何回見ても吹く~。外山恒一氏の政権放送です。