アーティスト/DJ/プロデューサーのアンドリュー・ウェザオールが亡くなった
享年56歳あまりに突然の訃報に言葉を失った
アンドリュー・ウェザオールは僕がDJをやろうと思った切っ掛けになった一人で、どれだけ影響を受けたかは簡単には言い表す事が出来ない
ウェザオールを知ったのはプライマル・スクリームのアルバム『スクリーマデリカ』から
当時、僕はザ・ストーン・ローゼズを筆頭にマッドチェスター/セカンド・サマー・オブ・ラブの波に夢中になっていた
そんな中で登場した『スクリーマデリカ』は群を抜いて、カッコいいアルバムだったし、ロック・バンドの作品というより、DJがプロデュースを手掛けたアルバムらしいダンスミュージック作品に仕上がっていた
ロック、アンビエント、ハウス…様々な形のダンスミュージックが収められていた
僕がウェザオールから学んだ事の一つに、ダンスミュージックに垣根は無いのだ、という事がある
ハウス、テクノ、レゲエ、ダブ、ロック、あらゆるジャンルを自由かつ縦横無尽に繋ぎ合わせながらも、決してウェザオールはブレる事が無かった
それは、レベルミュージックとしてのダンスミュージック、という姿勢だった
ハウスも、テクノも、レゲエも、ダブも、ロックも、その始まりは全てDIY精神に則った、反抗の、或いは自由を標榜する、レベルミュージックであった
そう、つまりは全てのダンスミュージックは、ソウルミュージックであり、且つ、パンクであると言える
ウェザオールの代表的なユニット、セイバーズ・オブ・パラダイスを聴いてみると非常に良くわかるが、ダブでインダストリアルでハウスでテクノでありながら、手触りは不良の音楽、まだエンタメ化する以前のロックンロールが持っていたヒリヒリするような感覚がある
ウェザオールの音楽は、常にそうだった
悪い不良の音楽であり反骨心に溢れていた
ウェザオールという人は、生粋のパンクスであり、ルードボーイでもあったように思う
そんな自由なウェザオールのDJスタイルに、強く影響を受けた僕は、技術も表現力もまだまだ未熟だけれど、少なくとも特定のジャンルに縛られる事なく、ほんのちょっとは自分のカラーを出せてきてはいるのかな?と最近になって、ようやく感じる
ウェザオールが亡くなったのは紛れもない事実ではあるし、受け入れなければならない現実ではあるけれども、彼が遺した音楽と共に、彼が作り上げたDJ表現のスタイルを、僕みたいな者がおこがましいけれども引き継いでいきたいとも思うし、何よりウェザオールは僕の中でこれからも生き続ける
