職業:探偵 | B級パラダイス

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以前何かで読んだ本かなにかで

「あなたが決してならないであろう職業はなんですか?」という問いがあった。

即座に思ったのがヤクザと探偵だった。

 

まあ、やさぐれていてもヤクザは俺には絶対似合わないなあと思ってるからだが、

別にAV男優だって格闘家だって似合うとは思っていないが思いつかなかっただけだ(笑)。

 

探偵は浮気調査なんて嫌だと思ったわけではなく

似合う似合わない以前に、それまで読んできた小説の数々の名探偵のような明晰な頭脳も、

その論理だてた推理を裏付けるための迅速な行動力も

タフなハートも持ちあわせてないから絶対無理だと思ったからだった。

別に刑事だってそうなんだろうし、今の仕事だってそういうことは求められるが、まあいいや(笑)

 

 

さて、ここに男がいる。俺が12年ぶりに会った男だ。

 

その男、沢崎。下の名前は未だに知らない。

 

職業:探偵。

 

 

 

愚か者死すべし 原 尞 著 ハヤカワ文庫

 

 

西新宿で探偵事務所を開いている男、沢崎。

彼に初めて出会ったのはまだ以前の会社にいた頃だ。

第一作「そして夜は甦る」ではどっかの都知事みたいな男と

その弟の俳優が絡む犯罪を暴くストーリーの痛快さより、

はめられたピアニストを助け、事件を追う主人公沢崎の姿に酔った。

 

当時愛読していた稲見一良の「男の矜持」が前面に出るような

どこか背筋の伸びた、それでいてハートウォームな「ハードボイルド」ではないスタンス。

 

文中にはそんな描写はなかったけど何となく背中が丸まっているような立ち姿。

金には縁がなく、必要以上の金は決して受けとらず、借りを嫌う男。

タバコの匂いがしみついた薄汚れ加減をまとい、疎まれることを厭わず

自分が何者か分かっている「強さ」を持っている男。

ヤクザにも警察にも、客である依頼者でさえ、彼の「仕事」の前では平等で

どんな相手にもへつらわず、優しげな女性や、子供にさえシニカルな態度で臨む・・・

この男の本当に公平な「言動」に俺は酔ったのだった。

 

実はチャンドラーなんてのは中学生の頃背伸びして1冊読んだくらいだったから

この一冊で彼が自分にとって一番のハードボイルド=「あるべき私立探偵」になった。

 

続く直木賞受賞作「私が殺した少女」、短編集「天使たちの探偵」をはさみ

前2作の根底にもなっている彼の探偵事務所「渡辺探偵事務所」の創立者でもあり

失踪中の相棒「渡辺」との決着を見る「さらば長き眠り」で、一度彼の話は完結をみた。

 

この「さらば長き眠り」、文庫になったそれを読んだのは1995年だったはずだ。

阪神大震災があり、オウムのサリンがあり、俺の前の会社がなくなり(苦笑)

神奈川からこちらに舞い戻り、今の仕事に就いた年だ。

 

そして1歳だった上の娘は今年中2になり、沢崎は物語上9年ぶりに帰ってきた。

再会は偶然だった。

今年に入って隣町に新しくできた本屋に娘たちと出かけ、文庫売場で見つけたこの1冊。

不覚にも2004年には単行本で既にこの新作が出ていたことさえチェックできていなかった。

だが文庫になりたてで買えたことを、素直に喜ぼう。とにかくまた彼に会えたのだから。

 

一気に読んで、彼の変わらぬ態度に、歯に衣を着せぬ言葉の数々に、

未だにポンコツブルーバードが愛車で、携帯電話を持たない彼の頑固さに、

警察を出し抜き、引きこもりを外に引きずり出し、協力者を疑いながらも

大晦日の朝巻き込まれた事件に、依頼者が現れないまま解決をする姿に引き込まれた。

 

謎めいた導入が、すぐにちょっとしたアクション映画のように動き出し、

前3作にでてきた取り巻く人々の再登場にニヤリとしている間に

ストーリーはあれよあれよと方向を変え、苦い結末を得る。

そう、決して物語がつまらないわけではないが、推理物としての物語を楽しむこと以上に

根っからの探偵である沢崎の行動を、言葉を、他者とのやりとりを楽しむのが

このシリーズの正しい楽しみ方だ。(と、言いきってしまおう)

一人称の文体であるこの小説の台詞の数々は本当に魅力的なのだ。

 

結果、沢崎の変わらぬスタイルだけが印象深く読後に残り

沢崎が帰ってきたんだなあ・・・と感慨深い想いに浸れたのだった。

(浸りすぎてレビュー書くのに3カ月もかかったぜ(笑))

 

探偵が似合う男。いや、探偵にしかなれない男、沢崎。

彼の新しいシリーズがこれでスタートしたとのことだ。

またこれからも彼に会えることを、俺は嬉しく思う。

 

 

 

「あなたが決してならないであろう職業」とは実は自分がやってみたい職業だそうだ(笑)。

 

そうだな、もしそうなら、どんな古今東西の名探偵ではなく

俺は沢崎のようになりたいのだろうな。それは認めるよ(苦笑)

 

・・・だが、ヤクザはやっぱり無理だと思う(笑)