必殺シリーズは元々シリーズとして作られたものではない。
フジテレビの木枯し紋次郎に視聴率を取られていた朝日放送が、
なんとか一矢報うべく、今までにない時代劇を作ろうと
選んだのが池波正太郎の「仕掛人 藤枝梅安」シリーズだった。
それまでの水戸黄門やその他の時代劇のように勧善懲悪ではなく
金をもらって人を殺す「殺し屋」を主人公とした
斬新な時代劇「必殺仕掛人」が1972年にスタートし、
徐々に視聴率を上げ、やがて紋次郎を抜くという支持を受ける。
しかし池波正太郎から内容に難色を示されたこともあり
続く「必殺仕置人」はテレビオリジナルのものとなるが
「中村主水」というキャラクターを得てますます支持を広げることになる。
このあたり、細かい事件が色々あるのだが(またいずれ個々の作品レビューのとき記す)
以降中断をはさみつつも今放映中の「必殺仕事人2009」まで31作、
足掛け37年続いているこのTVシリーズは
許せぬ悪人を金をもらって始末する殺し屋たちを描き続けた
時代劇史上稀に見る特異な存在なのだ。
俺がこの「必殺シリーズ」がたまらなく好きなのは
個人テロを礼賛するものでも、ましてや人殺しを正当化するものでもなく
その道を選んでしまった彼ら「殺し屋」たちの生き方が
シリーズごとに様々な魅力を放っているからに他ならない。
特に魅力的だったのが初期のシリーズだ。
後の「必殺仕事人」以降のご都合主義とワンパターンに陥った
「堕落した」作劇しか見たことのない方がほとんどだろうが
初期の必殺シリーズはパターン化していないストーリーをはじめ
素晴らしい役者と演出、凝ったカメラワークなど映画界から流入した人材の才気がほとばしる
高水準の素晴らしい「テレビ映画」だったのだ。
藤田まこと演ずる中村主水は魅力的なキャラクターであるのは間違いないが
作品としての「仕事人」シリーズは非常に不満が残る出来のものが多い。
「必殺仕事人」で初出演した三田村邦彦が人気者となり番組が長期化し、
続編「新必殺仕事人」で加わった中条きよし人気もまた爆発し、さらに長期化、
「仕事人」の名称はそのまま必殺シリーズの別称となってしまう。
被害者の悲惨さや、仕事人たちの怒りが上滑りするダメな脚本、
映像は素晴らしいがリアリティのない「華麗な殺し」のシーンが順番に描かれ
最後に主水が嫁姑にイビられトホホというバラエティ&パターン化した作劇に
陥ったのがこの「仕事人」シリーズなのだ。
繰り返しになるが「必殺」イコール「仕事人」ではない。
そういう認識しか残らないようなってしまったのが必殺シリーズオタクの自分にとって
非常に不満であり、この不幸を払拭せんがために何か出来ないものかと(笑)、
そんな気合いで初期必殺シリーズの魅力の概要を語り倒していきたいのだ
と、何度も記してはまだ書いてなかったりするのだが(笑)。
では仕事人シリーズの何がダメだったのかといえば
上記の「パターン化」に加えて、キャラクターの幅の狭さがある。
脚本が深くないから無理も無いのだが
変に格好はいいのに、プロの殺し屋なりの矜持が見えないキャラばかりだったのだ。
特にひかる一平演ずる受験生殺し屋(トホホ)順之助)の覚悟の無さ、葛藤の無さなど
それは酷いものだった。彼が出てからの必殺の堕落さ加減は今思い出しても腹が立つ。
まあ、それらの酷さを記すのはまた別の機会に譲るが
今放映中の「必殺仕事人2009」の話をしよう。
前回応援すると宣言をしたのだが、スペシャルの「2007」が今ひとつだったことと
ジャニーズ主役陣が変わっていない・・・とまったく期待していなかった分だけ
ドラマのそこここに、久しくなかった殺し屋の矜持、葛藤が垣間見えてくるにつれ
キャラクターに幅が出てきて、勢いドラマに緊張感がでてきたのは嬉しい誤算だった。
「必殺仕事人2009」のからくり屋の源太。
関ジャニの大倉なんとか(笑)が演ずるこの若者は
スペシャルの「必殺仕事人2007」で惚れた女の復讐のために仕事人となり
初めて殺しに手を染めたルーキーだ。
2007ではからくり細工を作る無口な職人だったのだが、
2009では前作で殺された惚れた女の息子を引き取り、「おとっつあん」と呼ばれながら
彼女のやっていた飯屋を血の繋がらないこの息子ともども切り盛りしている
心優しい若き父親として描かれているのだ。
この若者、源太が気になる。
まだ「形」の定まらない殺し方や、つたない演技など突っ込みどころは確かにあるのだが
「2009」シリーズのキーパーソンであるのは間違いないのだ。
彼はまだ殺し屋として生きていくことに躊躇がある。
第1回目か2回目の中で、殺しを終えた彼が川で手を洗っていると
同じ仕事人の涼次が声をかけるシーンがあった。
「そんなことしても汚れは落ちはしないぜ・・・」
それでも一心不乱に手を洗う源太。
殺しに手を染めたものは後戻りできない。そのダークで非情な側面を
しっかりと台詞で聞くのは本当に久しぶりだった気がする。
毎回高いアベレージの作品になっているが、次回の予告がまた期待感を増大させてくれた。
「あいつはいつかヘマをするぜ」という主水の声。
源太を殴る渡辺小五郎のカット。
「仕事人の掟に悩む源太」というテロップ。
「俺はもう人に戻れないのか!」という悲痛な源太の台詞。
苦悩に顔を歪める源太の姿・・・。
まだ迷いがあるのに仕事人として、殺し屋として引き返せない道を歩き始めた彼に
何かその覚悟を問われる事件があるのか
その修羅の道を恐れ後悔するような悲痛な事があるのか・・・
短い予告編が非常に興味を沸き立たせてくれた。
次回の仕事の的は「無差別殺人者」の様子。
その悪人のする人殺しと、源太の行なう人殺し・・・何が違うのだろう。
世のため人のため、弱い者の恨みを晴らすため・・・仕事人の存在理由はいくらでもあるだろう。
しかし人殺しは人殺しだ。
初期の必殺シリーズの殺し屋たちは多かれ少なかれ、その業を背負いながら殺しを重ねてきた。
その結果が自らの死や仲間の死であったり、戻れない過去を引きずったままの別れであったりと
最終回の緊迫感、悲壮感は凄まじいものがあったのだ。
(これが後の「仕事人」シリーズには皆無だったのが最大の弱点だったのだ)
人の強さと弱さ両面を備え、非情に展開するまさにハードボイルド時代劇としての
面目躍如だった初期の必殺シリーズ。
今回、「2009」にはそれを期待させるものが散りばめられているのが嬉しいのだ。
源太が、今後プロの殺し屋として強くなっていくのか
または迷いを持った弱い殺し屋として自滅していくのか
(かつてこんなケースは無かったが)人間として生き直すために足を洗うのか・・・
登場する仕事人の中で唯一(血は繋がっていないとは言え)子供を持つ
源太の「仕事」へのスタンスが今後どう変わっていくのか目が離せないのだ。
1話完結なのに、こうした連続ドラマならではの縦糸があるのが
この「2009」のハードボイルドな面白さの原因なのかもしれない。
次回20日放映「必殺仕事人2009」刮目して待て!