ネクロポリス | B級パラダイス

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                  ネクロポリス 上・下 朝日文庫 恩田 陸

日曜仕事で会社にいるけど「待ち」なのだ・・・ええい書いちゃえってことで
先日読み終えたこの本をご紹介。

ギリシャ語の死者の都・・・巨大な墓地をタイトルに冠したこの作品、
一口にいってしまえばダークファンタジーってことになるのかな。
日本とイギリスが歴史的に文化交流がある現在とは別の世界のお話だ。

イギリス領のV.ファーと呼ばれる島の「アナザー・ヒル」という場所で
死者が実体を伴って生きている人間の前に現れる「ヒガン」という儀式の時期がやってくる。
「ヒガン」に参加し死者=「お客さん」に会うべくやってくる
ハナ、マリコ、リンダたちと教授、そしてハナたちと親戚の日本人大学生ジュンのグループ。
「アナザー・ヒル」を「ヒガン」をそして「お客さん」の存在を当たり前のこととして
「ヒガン」に何度も参加する彼らと、初めて参加するジュン。
文化人類学を専攻するジュンの目を通して読者はこの異世界を一緒に体験する筋立てだ。

日本の文化が形を変え、イギリスの地に根付いてるという舞台設定がまず面白い。
アナザーヒルの入り口には巨大な鳥居。お稲荷さんにはオムレツが添えられている・・・
など、まさに「アナザーワールド」のこの場所、及び聖なる儀式「ヒガン」の儀式の描写がいい。

加えてこの「ヒガン」が行われる初っ端から「アナザー・ヒル」で殺人事件が起こるのだ。
前代未聞の事態。しかも犯人は世間を騒がす切り裂きジャックならぬ「血まみれジャック」か?
というミステリーも加わって上下巻に分かれた話は盛りだくさんだ。

ヒガンに参加する様々な人々の描写に次々と起こる殺人事件。
死者と精霊の起こす不可思議な出来事。いつもと違う「ヒガン」に垂れこめる暗雲。
犯人を暴くために行われる恐怖の「ガッチ」という儀式・・・。
様々な謎が下巻まで引っ張られファンタジー、ミステリーにホラーの要素まで加わって本当に飽きさせない。

主人公たちと関わる「アナザーヒル」の先住民族の「ラインマン」がキーパーソンであるように
下巻では生と死、過去と現在、そして東洋と西洋というアナザー・ヒルの持つ
様々な「境界線」が揺らぎ、加速をつけて文字通り「混沌」としていく。
一体どんな結末が待っているのだ!・・・とワクワクしてページをめくるのだが
ちょっと最後は肩透かしだったかな(笑)。
整合性もあり、納得の幕引きではあったし、たくさんの登場人物にもしっかりエピソードを締めて
バトルや大スペクタクルを期待したわけではなかったが
それまでがグイグイと面白く話を引っ張っただけに、もう一捻り欲しかった気がする。
エピローグはそれはそれでB級ホラーによくあるような終わり方で嫌いではないのだが
これこそをしっかり解決して欲しかった気がするのだ(笑)

とは言え、「死」が身近な存在であり続けるこの話、恩田陸の「やさしさ」が溢れている。
外部の体験したことのない人間からは興味本位で扱われる「ヒガン」の価値を
ジュンが自らが体験することで見出し独白するセリフがいい。

「死というものが残酷なのは、突然訪れ、別れを言う機会もなく全てが断ち切られてしまうからだ。
 だから、死者と再会でき、話をする場が持てるとしたら、生きるものの励みとなるだろう。」

ゾンビのようなおどろおどろしいものでもなく、幽霊のような不確かな姿でもなく
実体をもって、触れ、一緒に笑い酒まで飲める「お客さん」の存在は
失ったものを埋めきれていない近親者にとってはまさにその通りだ。
殺されてしまった「血まみれジャック」の被害者と家族が再会するところなど
ここ数年で色んな近親者を亡くしていたことを思うとちょっと胸に迫るものがあった。
新聞で、TVで「死」は溢れかえっているが、身近の「死」は予期しないだけに本当に堪える。
もう結婚式より葬式の方が増えている年になったが
「死者」とゆっくり対話するなんてことも忘れがちな今の生活。
ちょっと振り返ってみてもいいよな・・・と思わせるものがあった一篇だった。

最後に話と関係ないけどひとつ。
単行本には負けるけど文庫本も装丁の美しさなかなか。
2冊並べてみるとよくわかるゴシックホラーのような絵。
マット紙のカバーの手触りも良い上下巻、ちょいと手にとって損はないと思いますぞ。