流浪の民の囁き

映画を通した過去・現在・未来について、なぐり書き


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トランプ大統領が誕生して以来、極端な身内寄りの言い回しが国内外から

似非人権派の人々からの批判が高まり、まして白人至上主義とかの集会

が、それらに反発する人々にかっこ格好の餌を与えたため、アメリカ国内で

熱を帯びた排外主義反対の人々の声が大きくなって来ている。

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irr @IrrTenko
米テネシー州の劇場で、内容が「無神経」「レイシスト」などの批判のコメントを多く
受け取ったとして、34年間続いた映画『風と共に去りぬ』の上演が終わる。同映画は
ユダヤ系プロデューサーが当時、黒人に対する差別表現を避けて作ったといわれる。
 
Tennessee Theater Cancels ‘Gone With the Wind’ Screening After 34 Years Over
 
 
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創られた当時、それ相応の評価を得た映画も、ポリ・コレに狂った人にとって、

何でもかんでも時空を超えてもでも、それらのものの価値は現在忌まわしい

「差別」であるの一言で、価値なきものとしてしまう狂い方は、あの権力者が

自分の保身のため、価値観の相違するものを破壊し、不都合な人物を粛正

してみせた「文化大革命」という自国民虐殺の手段と同じ共産主義の全体主義

の空恐ろしさ展開が、アメリカで起きているようで・・・。

そんなものの映像の類似が下のものだが、時空を超えた蛮行は受け入れられる

のだろうか・・・。

 

 

 

文化大革命という「価値観」の変化をもって「リーダーの保身」を成功させ、異論弾圧

に邁進した結果の「共産主義の蛮行」が、アメリカに忽然と現れたかのような類似の

行動様式に眉をひそめる人も多いだろう。

またあの「ロス暴動」のきっかけの人々の嫌われっぷりが再び・・・。

 

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「韓国人商店街で黒人デモ拡大」LA総領事、地元警察と協力

 

米国カリフォルニア州ロサンゼルス(LA)、最近、韓国人の店を狙って黒人の威嚇デモが

発生し、州LA総領事館が地元警察に暴力事態を防ぐために積極的に対応を要請した。
10日(現地時間)LA総領事館によると、イ・ギチョル総領事は去る8日サウスLA地域を管轄

するLAPDサウスウエスト警察署、LASD(LA郡警察庁)サウスLA警察署を訪れ、リー・サン

ズ、サウスウエスト警察署長、マイケル・モデカップ、サウスLA警察署状況室長に特別の注

意を促した。
この総領事は、サウスLAが25年前の4・29黒人暴動の震源地であることを想起させ、韓国人

の店前デモに関心を持って法秩序が維持されるようにしてほしいと要請した。
また、黒人デモの脅威を受けた韓国人事業主たちに会って対策を議論した。
これに先立ち、先週末サウスLA地域の在米韓国人酒類店(リカーストア)の前で黒人20~30

人が「ブラックパワー」(黒人の力)というスローガンを叫んで騒動を起こし、警察が出動する事

件が起きた。
韓国人酒類店のオーナーは酔った黒人の客に法に基づいて酒の販売を拒否したが、黒人が

騒動を起こして翌日も黒人20~30人が集まってスローガンを叫んで、店を閉めろと叫ぶなどの

威嚇したというのだ。
サウスLAは25年前の1992年、在米韓国人の移住史上最大の悲劇として記録された4・29 LA

黒人暴動が触発された地域だ。

 

NAVER 2017-09-11 05:46(韓国語)
http://news.naver.com/main/ranking/read.nhn?

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悲劇云々とかでなく、それだけの鬱憤の下地がそこにあったのを理解すれば、

ある程度、被害・加害の様の原因解明に近づき、互いの「他に配慮」の隣人関係

構築すれば、そうそう争いもないものだろうが・・・。

人を上か下かでしか評価の基準がないとかの偏狭すぎる意識では、平行線は交わらない

のき自明だろう。

 

 

何よりこういった極端な運動を支えているのが、画像のような集団で、ポリコレを

標榜しながら「暴力的」という社会不満を晴らすとかの「他人のせい」が歪んだ

形で表面化したよう・・・。ロスの黒人対のコリアンの対立とも違う「差別」を許さぬ

なら「暴力肯定」とか、そして極端なのは「自分達の正義」が絶対であるとかの独善

を美化してしまうから、傍から見ても狂気を孕むかの危惧を感じない点は、白人至上

主義と変わらぬものだというのに・・・。

 

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力辞さぬ「反ファシスト」、左派に亀裂生む反差別という大義、暴力を排除する否かで揺れる
【バークリー(カリフォルニア州)】

先月27日、極右勢力に対して抗議を行うため、カリフォルニア州バークリーのマーティン・ルーサー・
キング・ジュニア・シビックセンター・パークに数千人が集結した。
この中には黒い衣服をまとい、顔をマスクで覆った者も数十人参加していた。
主催者は群衆に対し「防御姿勢」にとどまるようにと拡声器で呼びかけた。だが、非暴力の状態は
長くは続かなかった。
マスクをした数人ずつ複数のグループが、こん棒を手にして「ノーヘイト(憎悪はやめろ)」と
書かれた木製の盾を掲げながら、数少ない極右活動家の一部を追いかけ、殴打していた。
ここで開かれる予定だった「マルクス主義に反対する」集会が急きょ中止されたにもかかわらず、
何人かの極右が姿を現したのだった。
こうした抗議活動家は「アンティファ(反ファシスト)」と呼ばれ、極左グループと個人の緩やかな連合体を
形作っている。
彼らは、人種差別主義や反ユダヤ主義、ファシズムの使者だとみるや誰にでも対決を挑む
(時には暴力的な方法で)。
相手は白人ナショナリストでも極右の過激派グループでも構わない。
場合によってはそうしたグループを守っている(とアンティファが主張する)メディアや警察も標的となる。
こうした活動家は時として平和な抗議デモ参加者を守ったと評価されることもある。
だが一方で、扇動者だと批判されることもある。

(中略)
アンティファの動きは、反トランプで結束したリベラル派を試している。
左派指導者やデモの主催者および参加者の間では、「反差別」という大義の一部は共有するものの、
戦術の違いが際立つ急進的な一派をはっきり非難すべきかどうかで亀裂が生じている。
 マサチューセッツ州に住む心理療法士のジェームズ・ハノン氏(67)は、リベラル派の集会を
長年主催し、最近ボストンで行われた人種差別に反対するデモ行進にも加わった。
ハノン氏によると、攻撃的な戦法を用いるアンティファの活動のある側面が、左派グループと左派が
抗議する(白人至上主義団体などの)ヘイトグループとの線引きを曖昧にした。

(中略)

暴力か非暴力か バークリーで暴動が起きた後、民主党下院トップのナンシー・ペロシ院内総務
(カリフォルニア州)は「アンティファと自称する人々の暴力的な行を非難した。
バークリーのジェシー・アレギン市長(民主)は「進歩派はブラック・ブロックとの関連を否定すべきだ」
と述べた。
ブラック・ブロックとは、アンティファの一部が信奉するような暴力的戦術を用いる黒装束の活動家を
指す用語だ。

(続きはリンク先で)
WSJ 2017 年 9 月 21 日
http://jp.wsj.com/articles/SB12116271878986084081904583405761168103332

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こういった運動を「自分を利する」という観点からトレースする集団が生まれるのは、

無政府主義とかの「いいわけ」を使い、日本の中でのはみ出しに自分で気づいている人の

集団。

対立構図を利用して「言論の抑制」を強要するのを目的にする集団の様相が一致して

しまうと、すべてのものが「トレース」の対象なのかぐったりしてしまう・・・。

 

 

こういったポスターの「一丁前の文句」の言論だけに、拒絶も出来ずなのだが、

それらをあおっている人々は、国籍とかの問題も「差別」に押し込む・・・。

それをメディアがより活用してキャンペーンを張って、この世にタブーを広めていく。

 

その昔の「黒人差別問題」華やかし頃、それに便乗するように利用していたのが

本多勝一の「黒人問題と同等の差別としての朝鮮半島問題」端的に言えば、慰安婦

も在日問題も、「アサヒる」報道機関に所属していた者たちのアメリカ紀行からのトレ

ースだっただけに、「奴隷」と「強制連行」が同義になって、それを叫けば事足りると

学習すれば、後は根拠後回しの「言論」でやり込める・・・。

そんな現状がかつての映画の中にも息づいて・・・。

「怒りを胸にふり返れ」なんて映画も作られ、より活用される。

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=tfrD_C8cemI

「怒りを胸にふり返れ」 七十年公開作

ポスターにあるうたい文句は、三千人の黒人生徒の中に、ぶっ込まれた六十人の

白人生徒との軋轢を、黒人教師がどう扱うかってな問題になっている黒人のものを

逆にマイノリティーの逆転でどうなるかを映像にしたためるってな、あの当時では

それなりのインパクトのあるものなのだが、いかんせん制作側の思惑が滲むもの

だから、アメリカ社会の縮図がこの学校であるという反面教師の説教臭さが鼻につく。

映画の展開は大勢対少数の悲哀を逆転させているから「衝撃的なシーン」が盛りだくさん

白人の生徒が「いじめられる場面」がてんこ盛りとして、教師の教えも「同じ黒人として」

生徒が全く聞かないとか、黒人の扱われている現実をぶっ込んで、よりリアルな憤懣と

して生徒役にさせているから、なるほどなぁと納得もする。

ただラスト・シーンで、白人生徒が去る場面で、黒人教師が告げる文句には、日教組の

影響でもあったのか、年月を経ても色褪せないという「被害者最強」を持って、贖罪意識

の植え付けに用いるとなんとも「ゲンナリ」する政治的メツセージでしまうのだから、当時

のリベラルな人達の心うちを映像にしたためたものと・・・。

この映画を知ったのが、当時ニューミュージックマガジンという音楽雑誌だったから、

さすがに反体制の音楽という捉え方のロック専門は、全編にどこか斜め構えだけに

この映画も取り上げたのではと思える。

ロック時代がブルースに祖を求めるものだから、そのブルースといえば黒人の音楽。

さすれば「見方は味方」になってくる。

それを今読み返せば、「微笑ましくも残念」な気持ちになってくる。

結局のところ、ラスト・シーンの説教が言いたいことの集大成であり、差別されるものの

気持ちはわからぬままだから、死ぬまで差別したものとして忘れてはならない。

の、究極のレイシズムぶりを先祖の子孫は忘れてはいけないの説教。

言われる白人役が、これが映画デビューのジェフ・ブリッジスなのはご愛敬である。

 

日教組と書いたが、もしかしたら日教組の先生は、これを見て生徒への贖罪意識

はこうやって教育すればいいと、学んだかも・・・。

 

こういった黒人教師もいれば、荒れた学校で「尊敬を得ていく教師」なんてのも、

それも白人の学校でたった一人奮闘する黒人教師で、それがラスト・シーンでは

生徒からのプレゼントを貰うまでに「心を通わせる教師像」を描いていた以下の作品

とは、違いが鮮明で生徒として説教されるか、尊敬してしまうかの違いは大きい。

 

 

 

昔の映画でも、ずいぶんと描き方で、映画の出来が違うものだ。

こちらはこの「愛とともに尊敬」を生徒から申し出られて、密かに「辞表を書いていた」ものは、このこと

で、破り捨てると、あきらめかけた教師としての理想像に、これからも邁進しようと決意して終わる。

それと最後は「説教して、生徒を腐らす」との違いは大きい・・・。

まぁ、日教組の先生なら「洗脳としての贖罪意識、植え付けの説教」として上の映画が推奨されるのかも

だが・・・。

そうそう日本のアニメものが、アメリカで公開されるらしい。

来月からの「予告編」がアップしていたので、リンクしてみた。

 

 

 

こういった繊細な意識のアニメが受け入れられるか・・・。

まぁ、動画の中にはレビューものがあって絶賛しているしているものがあって、受け入れられる

要素はありそう。

障害者としてでなく、恋愛に中での心の通わせ合いは、普遍的心の交流には障害はない。

を、丁寧に描いていて、こういったものの受け入れが、優しさの原点となり得そう。

出だしの「マイ・ジェネイション」の使い方にも年代を超えた価値観が見え隠れ・・・。

 

 

 

 

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                        といったところで、またのお越しを・・・。

 

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