ノスタルジックな物語において、設定にファンタジィーはつき物だが、浅田次郎
の物語は、いつでも底に潜む哀愁が漂い、何より描く女性には何処か自分の
母を連想するかのような儚いのに芯の強い女性として描く傾向がある。
そしてそういった女性が、どこか投げやりな袋小路の男に優しく微笑みかける
的母性が感じられて仕方がない。
そういった癖が文章からひたひた感じられるが、それを映像に起こすとなると
残念ながら、やはり文章での想像と映像の現実には幾ばくかのギャツプを感
じてしまう。
もっともそういったギャップも承知の上で見れば、この「地下鉄に乗って」の岡本
綾は良く演じていたとは思うが・・・。
http://jp.youtube.com/watch?v=UCoqNaThnjg&feature=related
「地下鉄に乗って」 〇六年公開作
地下鉄に乗った主人公がタイムスリップして、父の若かりし頃へと
運ばれていく。
その父は現在危篤状態、そりが合わない父と息子と思っていた主人公
の心の澱みが時空を越えた・・・。
ここでの主人公に違和感を感じるのは、やはり追い詰められ不倫をし、
相当に人生に疲れた人間であるべき男が、やたらそうは見えないという
「ラブ・レター」同様、もう性格が歪んでいる男を演じるには少々荷が思い
かのようでキャスティングが今一・・・。
ここは佐藤浩一なら、もう少し性格の悪さを演じられたのではと思える。
だけに岡本綾の儚さが活きない。
それでも浅田次郎の映画化は、「鉄道員」「ラブ・レター」「オリヲン座」と
文章の表現力に映像が追いついていないから、それを承知の上だと、こ
んなものかと・・・。
にしても浅田次郎の描く女性は、一貫していて作者の心の中にある女性像
が、読んでいて微笑ましくなる。
それは「プリズン・ホテル」あたりと全くかわらることがないのだから、そして
多くの読者も同じに、そこに郷愁を抱かせるとなれば、やはり日本の母が被
さって来ることになる。
パターン的にはしっかり物の女性と、どこか捻くれたそれでいて世渡りベタな
男というのが作品の中に、いつも埋め込まれているように感じる。
もっとも同調するのだからこその思いが、読む側にあるからだろう・・・。
そういった点で映画を見ると、やはり文章を越えていないになってしまう・・・。
http://jp.youtube.com/watch?v=6H_Ui_5nM3g
「ラブ・レター」 九十八年公開作
で、これは既に書いたものの再掲載です。
浅田次郎の短編は、文字を殺ぎ落とし、そのくせその言葉の裏にある
深い思いを、行間から匂わせる見事な手法で、物語をきっちりまとめ
読後感を清清しい気持ちにさせる。
だけに映像化される作品が多いし、「鉄道員」「壬生義士伝」は映画
としてもなかなか良かったと思うが、ことこの「ラブレター」に話題
を戻せば、いかんとも主役の真面目さに、キャラクター的無理があり、
小説の醍醐味は失われている。
しかしやはり、ここでも「手紙」の古典的表現方法は、前後を無視して
見れば、手紙を書いた白蘭の心情に同情心が沸き、浅田ワールドの凄さ
を見られる。中国といえば思い浮かぶ「初恋の来た道」に似た普遍の恋
心が、手紙に凝縮している。
もっとも浅田が考える女は、すべからく理想であり、実際中国女でこん
な日本的情緒を持っているかは、甚だ疑問である。
そして手紙で思い出すのは、やはり岡林信康の歌だ。
メロディも良く、また詩も岡林らしさが溢れていて、しんみりさせられる。
http://jp.youtube.com/watch?v=Y5JXZ301V1k
「手紙」 岡林信康
この地下鉄に乗ってという題名では、やはり吉田拓郎のやつが先に浮
かんでくる。
http://jp.youtube.com/watch?v=bGpg2e1u9SE&feature=related
「地下鉄に乗って」 猫
http://jp.youtube.com/watch?v=qiKYaiGkqaE
「異人たちとの夏」 八十八年公開作
地下鉄に乗ってに似た作品といえば、山田太一のこの映画も、既に亡くなっている
両親に、離婚をし無職になりと人生のどん底みたいな男の哀愁漂う思いが、異人と
なって・・・。というかこちらはホラー風味も交えて、感傷的男の儚さと息子を思う両
親の愛情の発露が、とてもふんわりとしたファンタジィーとなっていた。
ここらは映像作家としての山田太一と浅田次郎の違いかもしれない。
- 壬生義士伝/中井貴一
- ¥2,441
- Amazon.co.jp 中井貴一は、やはり「ラブ・レター」みたいなヤクザ役は無理が
- あるがこちらの誠実で金に人一倍、そのくせ義侠心も強い男を
- 演じれば、いい味が出て感情移入できるものだ。
といったところで、またのお越しを・・・。