
イギリス北東部ニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイク。心臓に病を患ったダニエルは、医者から仕事を止められ、国からの援助を受けようとしたが、複雑な制度のため満足な援助を受けることができないでいた。シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、ケイティの家族と絆を深めていくダニエル。しかし、そんなダニエルとケイティたちは、厳しい現実によって追い詰められていく(映画.comより引用)。2017年日本公開作品。監督はケン・ローチで、出演はデイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ケイト・ラッター、シャロン・パーシー。
監督引退をほのめかしていたケン・ローチが、民の怒りの声を代弁するため、再びメガホンを取った作品です。ローチ監督は、多くの自作で名も無き庶民の声を届けます。歴史に名を残す英雄や偉人の声は、他の誰かがうるさいほど届けてくれるからです。
取材によって実話を集めて作られた物語は、ダニエル(デイヴ・ジョーンズ)とケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)の窮状を生々しく描きます。宇宙人や魔法使いが現れる奇想天外な出来事は起こりません。イギリスと日本で社会制度は異なりますが、明日は我が身の誰にでも起こり得る出来事です。
新自由主義に侵され、コストカット至上主義の役所はシステムを複雑化することで給付を抑制します。自己保身の塊である役人はマニュアルを忠実に実行することで、貧困に苦しむ者を更に追い詰めます。彼らはただ決められた職務をこなしているだけで、目の前にいるのが同じ人間だとは思っていないでしょう。
日本の新聞やテレビのニュースで生活保護世帯数はいくつだ、そのために支出される税金はいくらだと大きな数字で伝えられると、読者や視聴者のリアリティが麻痺します。個々の貧困世帯の実態を知ることなく、生活保護制度の廃止、すなわち貧乏人は死ねと残酷非道なことを平気で口走るようになります。人間を人間として見ていない点で、前述の役所や役人と変わりありません。
他者への想像力を欠いた虚ろな人間もどきが社会のルールを作って執行することによって、世界の在り方を歪めて壊していく状況下で、私は一人の人間だと声を上げなければ、死んでしまう、いや殺されてしまいます。ダニエルも声を上げました。それで何も変わらなくても声を上げました。諦めたら、人間として終わりですから。
映画は夢や希望を描く、明るく楽しいものであるという考えは否定しません。しかし、それは映画の一面に過ぎません。ローチ監督のように暗く重い現実を描く映画もあることが、映画というジャンルを豊かで奥深いものにしているのです。
★★★★☆(2018年2月19日(月)秋田県大館市・御成座で鑑賞)
デイヴ・ジョーンズの本業はコメディアンで、映画初出演です。
御成座のマスコットうさぎ“てっぴー”(♀)は、負傷した足の塗り薬を舐めないようにエリザベスカラー装着中でした。

ユー、御成座へ来ちゃいなよ。