
“フーテンの寅”こと車寅次郎が巻き起こす騒動を描く人気喜劇シリーズ第8作。1971年公開作品。監督は山田洋次で、出演は渥美清、池内淳子、倍賞千恵子、前田吟、三崎千恵子、太宰久雄、森川信、笠智衆、志村喬。
本作は2時間近い上映時間で、前半は寅次郎(渥美清)の妹さくら(倍賞千恵子)の夫である博(前田吟)の母親の死が描かれ、後半は寅次郎が本作のマドンナである貴子(池内淳子)に片思いして失恋するまでが描かれる、二部構成になっています。いつもは1時間半ほどの上映時間なので、この長尺は喜劇として少なからず冗長になっている感もあります。
しかし、二部構成にしたことにより、前半で出た台詞やエピソードが後半で反復されると違う意味を持つという技巧が凝らされています。『男はつらいよ』シリーズはマンネリズムの象徴のような批判を受けますが、山田洋次ら作り手は、細やかな技巧を凝らすことによって各作品に違いを付けています(考えてみれば、観客が作品を向き合うのは上映時間である1時間半ほどですが、作り手は企画から完成まで2~3ヶ月も作品と向き合うのですから、マンネリズムに敏感なのは作り手の方です)。
本作で博の父(志村喬)が寅次郎に「リンドウの花咲く野原の一軒家」の話を聞かせると、寅次郎はそれを良い話として、おいちゃん(森川信)たちに語ります。これは、御隠居から聞いた話を長屋の慌て者が皆に諭すように語る(そして勘違いする)という落語にありがちなシチュエーションの応用です。山田監督の落語好きが、本業である映画作りにも活かされていることの証しです。
更に言えば、一見マンネリズムのようでありながら、細やかな技巧を凝らすことによって各作品に違いを付ける『男はつらいよ』シリーズの方法も、落語のやり方を応用しています。落語家は同じ演目をやるにしても、本人の調子や寄席の雰囲気によって、噺にアレンジを加えることが珍しくなく、一字一句全く同じものは二つとありませんから(ジャズもアドリブを重んじるジャンルで、譜面を逸脱する演奏をしたからという理由で往復ビンタまでするのは、やり過ぎな気がします)。
そう言えば、寅次郎のキャラクターは、早合点して突っ走ったり、子供みたいに悪戯したり、酒に酔って羽目を外したりと典型的な落語の登場人物のようです。『男はつらいよ』シリーズが国民的人気を博し、長年愛されてきたのは、落語の要素が根幹にあるからではないかと、人情噺のような本作を観て思いました。
★★★☆☆(2017年8月4日(金)DVD鑑賞)
源公(佐藤蛾次郎)は撮影直前に交通事故に遭ったので本作に出演していません。