
江戸時代。貧乏長屋で暮らす髪結いの新三は、個人で賭場を開いてヤクザから目をつけられる。そのため金に困った新三は、髪結いの道具を質屋に持ち込むが断られてしまう。一方、新三と同じ長屋に住む浪人・又十郎は、かつて父が世話した侍・毛利に仕官を頼むが全く相手にされない。ある日、偶然から質屋の娘を誘拐した新三は、娘を長屋へと連れて帰るが……(映画.comより引用)。1937年公開作品。監督は山中貞雄で、出演は河原崎長十郎、中村翫右衛門、山岸しづ江、霧立のぼる、瀬川菊之丞、橘小三郎、市川笑太郎。
歌舞伎の演目として知られる、河竹黙阿弥の『髪結新三』が原作です。原作は遊び人の新三(中村翫右衛門)の物語で構成されていますが、映画オリジナルのキャラクターである浪人の又十郎(河原崎長十郎)の物語を組み合わせることで、映画に膨らみを持たせています。物語が展開していくと、新三が段々と格好良く、又十郎が段々と格好悪くなるように描かれています。この点は武家社会的なものへの反発であると読み取れます。
今でも小説や漫画を実写化する場合、映画オリジナルのキャラクターを加えることはあります。作り手は作品を面白くするために行うのですが、熱心な原作ファンからは、原作にないキャラクターを加えることだけで「原作レイプ」と非難されるおそれがあります。確かに映画オリジナルのキャラクターを加えることによって、原作の世界観がぶち壊しにされることも珍しくはありませんからね。本作の場合、映画オリジナルである又十郎の物語を加えたことは、作品を面白くした成功例の部類に入ります(原作の歌舞伎を観たことはありませんけど)。
同じ山中貞雄監督作品の『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』と同様、テンポ良く展開する時代劇です。漫画『栄光なき天才たち』によると、順撮り(台本どおりの順序に撮影すること)ではなく、抜き撮り(台本の順序どおりではなく、同じセットによるカットを先に撮影すること)だったそうです。山中監督の頭の中には、作品の完成イメージが出来上がっていたということですね。
本作のラストは悲しさや寂しさが漂うカットで幕を閉じます。本作が公開された1937年に日中戦争が始まり、時代の空気が変わっていくことや、山中監督に召集令状(赤紙)が届き、本作が遺作となってしまうことを思えば、そのラストが何かを予見していたようにも受け取れるのです(ただの偶然でしょうが)。
★★★☆☆(2017年3月10日(金)DVD鑑賞)
山中貞雄監督作品で、まとまった作品として現存するのは3本だけです。