【映画評】サイダーハウス・ルール | じゃんご ~許されざるおっさんの戯言ブログ~

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このブログは、田舎で暮らすおっさんの独り言を日々書き綴っています。ブログタイトルの「じゃんご」とは秋田弁で「田舎」のことで、偶然にもマカロニウエスタンの主人公の名前でもあります。何となく付けてみました。お時間があれば、広い心で御覧になってください。

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セント・クラウズの孤児院で生まれたホーマーは、父のように自分を育ててくれたラーチ院長の後を継ぐべく医術を学んでいた。しかし将来に疑問を抱き始めていた彼は、ある日若いカップル、キャンディとウォリーと共に孤児院を飛び出す。初めて見る外の世界、初めての外の仕事──ホーマーはリンゴ農園で働き、収穫人の宿舎“サイダーハウス”で暮らし始める。ほどなく軍人のウォリーは戦地へ召集され、残されたホーマーとキャンディは次第にお互いに惹かれていく(映画.comより引用)。2000年日本公開作品。監督はラッセ・ハルストレムで、出演はトビー・マグワイア、シャーリーズ・セロン、デルロイ・リンドー、ポール・ラッド、マイケル・ケイン。
 
今から16年前の映画なので、トビー・マグワイアとシャーリーズ・セロンが若々しいです。マグワイアが蜘蛛男の格好をしてニューヨーク市民を救ったり(『スパイダーマン』)、セロンが丸坊主で義手の女戦士になって荒野を爆走したり(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』)するとは、公開当時、誰も予想できなかったでしょう。
 
劇中の映画の使い方に感心しました。ホーマー(マグワイア)は、孤児院の上映会で『キング・コング』1本だけを観て育ってきました。その彼が孤児院を飛び出し、映画館の大きなスクリーンで色々な映画を観るのは、外の世界を知るという過程を映画との接し方で表現しているのです。またホーマーが唯一観てきた作品が『キング・コング』というのも上手な選択です。『キング・コング』は、南海の孤島で育ったコングが、ニューヨークという外の世界に連れ出される話で、ホーマーの境遇と重なるからです。
 
ラッセ・ハルストレム監督の演出は、派手さがなく、優しいタッチです。その演出が田舎で地味に生活する人々の描写に適しています。その割に登場人物の境遇がハードでもあります。ジョニー・デップが奇抜なメイクなしで青年役を演じ、レオナルド・ディカプリオが知的障害者役を好演した、ハルストレム監督の『ギルバート・グレイプ』も、田舎町から世間への巣立ちを描いています。この主人公ギルバートは、知的障害者の弟、過食症で超肥満の母、2人の姉妹の面倒を一人で見るという、「オラ、こんな村イヤだあ」と吉幾三みたいに嘆きたくなるような生活を送っています。この作品は巣立ちまでを中心に描き、本作は巣立ちからを中心に描いているという違いはありますが、主人公の置かれた境遇がハードであることは共通しています。
 
本作では、「堕胎(中絶)」というアメリカ人にとってデリケートな問題を扱っています。大統領選挙の度に表立った争点となり、キリスト教の信仰に熱心な保守層は堕胎反対派で、進歩的なリベラル層は堕胎容認派と、国を二分するような議論になります。本作では、1940年代でも堕胎は密かに行われていたと描いており、それは堕胎反対派にとって不都合な黒歴史と言えます。
 
堕胎を一切認めなければ、生まれた子供に希望や存在価値を与えられる社会を用意する責任が、大人たちに発生します。それを用意できなければ、誰にも望まれずに生きていく孤児を作り出すことになります。その希望や存在価値とは、誰かのために生きることに見出すことができます。劇中で「お前の仕事は何だ?」と問いかける台詞があります。この「仕事」が誰かのために為すことであり、それを理解すれば、自分は何を為すべきか、すなわち希望や存在価値を持つことができます。自分が何を為すべきかを知れば、知らない奴が勝手に作ったルールは不要です。自分で進むべき道を決めれば良いのです。本作のホーマーは、外の世界に触れることで、自分の仕事を知り、孤児から成長するわけです。
 
さて、現代日本では、政府が少子化対策を喫緊の課題とし、出生率の増減に一喜一憂しています。しかし、出生率だけを上げたところで、希望や存在価値を持てない社会しか用意できないなら、(精神的な意味も含めた)孤児を増やすだけです。現実に、望まれず生まれたために児童虐待の悲劇は起こり、社会の有り様をしっかり見ている賢明な者は子供を作りません。「誰のために生きるのか?」という問いに対しては、人間らしい実感のある言葉が用意されるべきで、「お国のため」や「美しい国、日本のため」などという空疎な言葉しか出ないような社会は不要です。
 
ホーマーが外の世界で他人と交流することで何を知り、そして「誰のために生きるのか?」という問いに対し、どんな答えを見出したのかは、現在を生きる私たちにも、未来に生まれ出ずる者たちにも、重要なことを示唆しているのです。
 
★★★★☆(2016年3月3日(木)DVD鑑賞)
 
本作のサイダーは、炭酸飲料ではなく林檎酒のことです。
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