
大正時代。世の中は各地で起った米騒動で騒然としていた。幸子は三日間も歩きつづけていた。幸子の主人が、米騒動に捲き込まれ、目前で殺されてしまい、その場から逃げ出して来たのだ。そんな幸子の後を尾ける一台の車があった。車には、ホテルの女主人・洋子が乗っていた。洋子は幸子を自分のホテルへ招いた。そのホテルとは、奥深い森の中にあり、セックスと暴力で人間が人間を飼育する快楽の園だった(映画.comより引用)。1973年公開のロマンポルノ。監督は神代辰巳で、出演は伊佐山ひろ子、中川梨絵、絵沢萌子、山谷初男。
原作はマルキ・ド・サドの『ジュスティーヌ』だそうです。フランス文学を日本の大正時代に「移植」するため、大胆なアレンジを試みています。BGMであったり、出演者が口ずさんだりするのが、日本土着の民謡なのです。これによって舞台は洋館ホテルなのに、日本的な「奇祭」としての非日常な世界を演出しています。
神代監督は、内田裕也主演の『嗚呼!おんなたち 猥歌』も手がけています。ロックンローラーが主人公の物語であるにもかかわらず、レコード店をドサ回り営業するシーンがあり、演歌歌手のような扱いをしています。神代監督は、日本的で情念渦巻く「演歌」=「艶歌」=「怨歌」の世界が好きなのでしょう。
ホテルの主人、龍之助役を演じるのは、山谷初男です。山谷は秋田県角館町(現仙北市)出身で、その素朴な風貌と秋田訛りから、人の良い中年や老人の役を演じることが多いです。しかし、本作や『四畳半襖の裏張り』という神代監督のロマンポルノ、『胎児が密猟する時』など若松孝二監督のピンク映画、寺山修司作「毛皮のマリー」の舞台にも出演する「アングラの怪人」というべき一面もあります。本作の龍之助は、SM、乱交、男色、屍姦を愛好する、かなり高レベルの怪人です。
幸子(伊佐山)を自分たちの異常快楽の世界に引き込むため、龍之助が幸子だけでなく、観客のモラルまで動揺させるような長台詞(演説)をするシーンがあります。このシーンと似た感じを、園子温監督の『冷たい熱帯魚』で受けたことがあります。一見すると人の良さそうな中年が、実が極悪な殺人鬼で、主人公を共犯関係にするため、主人公の小市民的道徳を破壊するような「正論」をまくし立てるシーンです(『冷たい熱帯魚』の場合、でんでんが演じています)。この意外性が強烈な衝撃を与えます。本作でも、朴訥なイメージのある山谷が、その役回りを務めるからこそ、やはりインパクトがあるのです。
★★★☆☆(2016年1月23日(土)DVD鑑賞)
「やべえホテル」という点で、『サイコ』や『悪魔のいけにえ』と似たものがあります。