増殖し続けるオネエ系タレントに待ったをかけるテレビ事情
マツコ・デラックスを筆頭にミッツ・マングローブ、IKKO、はるな愛、KABA.ちゃん、クリス松村、ナジャ・グランディーバ…。そして最近は、“ユニセックスオネエ”として人気のGENKING、ハーフモデルのIVANなど、新キャラも続々と登場し活況を呈している現在のオネエ界。ところがこの勢いも年内で終わりだという。その理由について民放関係者が解説する。
「いわゆるオネエ系と言われるタレントは供給過多。もともと芸能界の中でも“限られた人種”だったんです。だからこそ、求められ注目も集めた。でも、ここまでオネエたちが過剰に増殖してくると、もはやお腹がいっぱいで辟易している視聴者も少なくない。ある程度、数を減らしていかないと共食い状態になり、いずれは視聴者から飽きられてしまいます。来年の今頃、生き残っているのは、おそらく3分の1もいないでしょうね」
さらにテレビ界の制作事情も、オネエタレントらにとっては厳しい新年になるのだという。
さらにテレビ界の制作事情も、オネエタレントらにとっては厳しい新年になるのだという。
「'16年は各テレビ局が今以上に制作費の圧縮を発表しています。ネットに押され、CMの売り上げ額がどんどん減っていることを受けた緊急対策ですよ」(テレビ局関係者)
それにしてもなぜ、テレビマンはオネエ系タレントばかりを狙い撃ちしようとするのか?
それにしてもなぜ、テレビマンはオネエ系タレントばかりを狙い撃ちしようとするのか?
「本来は芸人と同じ位置付けのオネエ系タレントだったが、マツコ・デラックスなど大物の出現で、その存在が改めて見直されたんです。今やバラエティー番組はマツコの毒舌がないと成立しない。ギャラもゴールデン&プライム帯でMCなら1本180万円~。年明けからは200万にアップする。ちなみに親友のミッツは60万円~、はるな愛が80万円~。IKKOクラスだとガクンと数字を落とし20万円~。これに準じているのがKABA.ちゃんやクリス松村、ナジャ・グランディーバなどです」(制作会社プロデューサー)
実はオネエ系タレントの出演料は総じて割高だというのだ。
「なんといっても彼ら、いや彼女らはお金に関して、とにかくシビアなんです。本来、駆け出しなら3万円~だが、これがオネエだと一気に2倍になる。表向きはメークや衣装にお金が掛かっているという理由です。テレビマンがリストラに動くわけです」(前出・テレビ局関係者)
さらにオネエ系タレントの弱点が存在する。
「とにかく彼女らは基本、自分のことしか考えていない。だから足の引っ張り合いばかりしているんです」(放送作家)
来年、オネエ系タレントは何人残っているのか!?
実はオネエ系タレントの出演料は総じて割高だというのだ。
「なんといっても彼ら、いや彼女らはお金に関して、とにかくシビアなんです。本来、駆け出しなら3万円~だが、これがオネエだと一気に2倍になる。表向きはメークや衣装にお金が掛かっているという理由です。テレビマンがリストラに動くわけです」(前出・テレビ局関係者)
さらにオネエ系タレントの弱点が存在する。
「とにかく彼女らは基本、自分のことしか考えていない。だから足の引っ張り合いばかりしているんです」(放送作家)
来年、オネエ系タレントは何人残っているのか!?
転載元:リアルライブ(週刊実話)
【ここから私の意見】
「何故オネエ系タレントはウケるのか?」という問いに対して、かなり的を射た分析を見つけました。以下に引用します。
(前略)本来芸能をする者はカタギではなかった。言葉は強烈だが「外道」だった。
亡くなった小沢昭一は「外道」という言葉について《つまりは、外へはじき出されるべきもの、ということなのだろう。われわれ役者の身分も、昔は制外者といわれて、いやしめられた》(『小沢昭一雑談大会』芸術生活社)と書き、「げどう役者」を志向していた。
ここでいう「制外者」は「にんがいもの」と読む。つまり、日常生活秩序の外で生きる者だ。世間からすれば低い身分の存在であり、それと引き換えに、世間と異なる価値観の中で思う存分に魅力を発揮する者たちである。
コンプライアンスなどを唱えるうるさ型が睨みを利かせて、タレントが「日常生活秩序の外で生きる」ことなんて、むしろ一般人よりもできなくなった今、本来の「外道(芸能)」的役割を一手に引き受けているのがオネエタレントなのではないか。
芸能人の源流を探れば、河原者という被差別民であったことは民俗学的に知られた事実です。世間から卑しめられながらも、才能を発揮し、日本人に娯楽を提供したり、日本文化の発展を担ったりしてきました。
日本の近代化により、映画やテレビによる大衆への情報伝達能力が拡大したことで、芸能人の社会的地位が向上しました(そうは言っても、芸能人は収入不安定なので、大物でも銀行の住宅ローンを断られることがあるそうです)。その反面、世間からの監視は厳しくなり、一般人以上のモラルを求められます。言いたいことも言えないこんな世の中では、映画界の勝新太郎、お笑い界の横山やすしのような破天荒タイプの芸能人は生まれにくいでしょう。
その結果、被差別民であり、ズバズバ物を言う傾奇者であるオネエ系タレントが、芸能本来の流れを汲む者として、視聴者の注目を集めたのでしょう。しかし、そのオネエ系タレントすら供給過多で淘汰が始まるそうです。視聴者が求める、次なる「外道」はどこから来るのでしょう。
そして、私たち視聴者の側も世間からの圧力により、つまらない感性の持ち主になってはいないでしょうか。右からは「道徳」の名目で、左からは「人権」の名目で私たちの生活に圧力をかけてきます。その圧力に同調している間、世間と異なる価値観で生きる「外道」を面白がる感性が鈍麻してはいないでしょうか。景気が回復せず、経済格差の拡大により、生活に精神的余裕がなくなれば、その感性の鈍麻は加速します。
「外道」を面白がれない、去勢された家畜のような、つまらない人間にはなりたくないものです。