
北朝鮮の「帰国事業」により日本と北朝鮮に別れて暮らしていた兄ソンホと妹リエ。病気療養のためソンホが25年ぶりに日本へ戻り、2人は再会を果たす。異なる環境で育った2人がともに暮らすことで露呈する価値観の違いや、それでも変わらない家族の絆を描き出していく(映画.comより引用)。2012年公開作品。監督はヤン・ヨンヒで、出演は安藤サクラ、井浦新、ヤン・イクチュン、宮崎美子、津嘉山正種。
ヤン監督が在日コリアン2世という出自だけで、本作を観ることもせず、誹謗中傷することで「愛国心」を示そうとする嫌韓派ネトウヨもいるでしょう。しかし、本作は北朝鮮を弁護するどころか嫌悪しており、国家と家族の関係という全ての国に共通する問題を扱った作品です。本作を鑑賞し、国家について一考するのが愛国心ある知的な態度で、その反対の行動を取るのは反知性(バカ)丸出しです。
妹リエ役の安藤が実に良いです。私は安藤を「リアリティのあるブス」として高く評価しています(安藤の父・奥田瑛二と、夫・柄本佑に殴られてもやむなしの発言)。昔から映画やテレビドラマに対するツッコミで、「美男美女同士の恋愛はリアリティがない」というものがあります。確かに現実社会は違いますね。だからと言って、不美人をキャスティングしようにも、例えばブスを売りにしている女芸人では、ブスが笑いを取るためのビジネス仕様になっているので、意外とリアリティが欠如する結果になります。その点、安藤は身近にいそうな顔で、美人ではないが、それを売りにしている訳ではないという絶妙なポジションにいるのです。このポジションだと、美人に対する嫉妬や、惚れた相手への一途な愛嬌など、一般人が抱く生々しい感情表現に説得力が生じます(今は亡き深浦加奈子が、そのポジションにいました)。
本作の他、行定勲監督の『GO』、井筒和幸監督の『パッチギ!』、崔洋一監督の『血と骨』などで在日コリアン役を演じた俳優本人は、必ずしも在日コリアンではありません。逆にこれらの作品中で日本人役を演じた俳優本人が、実は在日コリアンであることもあります。しかし、朝鮮語(韓国語)の台詞を発したり、衣装や仕草が在日コリアン風のものだったりすれば、観客はその俳優を在日コリアンだと思い込みます。その逆に、本当は在日コリアンの俳優を日本人だと思い込みます。すると、映画の中では日本人が在日コリアンを虐待しているシーンが、現実には在日コリアンが日本人を虐待しているという倒錯が起こるのです。
この倒錯が起こるのは、巧妙な演出で観客を「騙す」からです。現実社会で行えば、それは「騙し」から「レッテル貼り」や「洗脳」という、より悪質なものになります。大島渚監督の『帰って来たヨッパライ』に、街頭インタビューで「あなたは韓国人ですか?」と質問をすると、全ての人が「はい、私は韓国人です」と回答するシーンがあります。「はい、私は韓国人です」という声が繰り返され、回答者の顔が次々と映し出されます。おそらく大島は、その中に日本人の顔も紛れ込ませています。何しろ大島本人の顔も映っているのですから。しかし、観客は「はい、私は韓国人です」のリフレインと、よく見る間もなく変わる顔に思考停止して、回答者全てを韓国人だと思い込みます。これは大島の挑発的な仕掛けです。「騙し」も「レッテル貼り」も「洗脳」も無ければ、日本人も韓国人も一目で区別は付きません。同じ人間です。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』でも、「薔薇がもし名もない花であっても、その香りは変わらない」とあるではないですか。
話が横道に逸れました。本作の家族4人が良い声の持ち主であり、台詞がよく耳に入ってくるのは、『ロミオとジュリエット』で言うところの「薔薇の香り」のようなものです。俳優の演技力と監督の演出力により、観客は俳優を在日コリアンと信じ込みます。しかし、それは映画という虚構の中のことで、観念上のことです。それを超え、良い声の持ち主である俳優の肉声は、感覚に直接響き、人間の本質的部分を伝えてくるのです。
それらのことを国家と家族の関係に当てはめると、国家という観念上のものは、「騙し」や「レッテル貼り」や「洗脳」により、国家にとって都合良く、国民に思い込みをさせます。北朝鮮はそれを強度に実行している国で、本作でもソンホを都合良く振り回します(本作で北朝鮮の監視役を演じたヤン・イクチュンは韓国人俳優ですから、彼が北朝鮮の人間に見えたら、それも思い込みです)。その国家の横暴に対し、家族という感覚的なものを中心に考えるリエは、激しく憤り、抵抗します。ラストシーンでソンホの言葉どおり、広い世界を見ることを決意し、スーツケースを引きずって歩くリエは、強い眼差しです。狭い世界に囲い込み、家族を蹂躙する国家に対する宣戦布告だからです。私としては、『かぞくのくに』という題名には、「家族がいる国」だけでなく、「家族を国家と同格で対立する国とみなす」という意味もあると思われるのです。
★★★★★(2015年11月10日(火)DVD鑑賞)
お笑いトリオ、ポカスカジャンの省吾がソンホの幼馴染のゲイ役で出演しています。
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