新選組 (手塚治虫漫画全集 (11))/手塚 治虫
手塚治虫の漫画がいかに素晴らしくどれほど日本のサブカルチャー、および日本人のアイデンティティ形成に影響を及ぼしたかについて語ると長くなるので省略します!
手塚作品の歴史はそっくりそのまま「漫画」という芸術形態の発展の歴史に置き換えてもいいくらいなのですが、じゃあ彼をあくまで一介の漫画家として捉えたときに、もっとも価値ある作品はなんでしょうか?
ブラックジャック、火の鳥、アドルフに告ぐ、ブッダ…… 候補を上げるときりがありませんが、私が推薦するのは「新選組」です!
何がそんなに素晴らしいかというと、ラストシーンにおける「美しさ」です。212と213P。主人公とその親友が、まさに斬り合いを始めようとするシーンです。
加茂川で花火が上がっていて、それをバックに、誰もいない河原で二人が刀を抜いて対峙しています。その直前から、勝負が決してどちらかが息絶えるその瞬間まで、二人の友情や互いを尊敬する気持ちには一点の曇りもないわけです。
それから刀を抜く直前に親友が「丘ちゃんそろそろやろうぜ……」とそっとつぶやくときの、もう記号だなんてとても言わせない! 的な冷めた澄み切った表情と、幽玄の世界を描き切った水墨画みたいな背景。背筋が凍ります。
この二人は要するに幕末という、当時どんな大人物でも例外なく翻弄されずにはいられなかった時代の流れにもろに巻き込まれているわけです。純粋で健康そのものの、聡明な若者二人です。そしてどちらも、自分が信じる正義を裏切れなかった。誠を裏切ることができなかった。まあそんな話です。
世の中に新撰組モノは沢山ありますが、この話は完全オリジナルであり、局長や芹沢鴨など実在の人物もちゃんと登場しますが主人公と親友の二人はオリジナルキャラクターです。構造を分析するならば、これは「新撰組」という鉄板フォーマットを用いた、のちの「アドルフに告ぐ」に通じる手塚独特のアンチヒューマニズムと少年漫画の命題であるビルドゥングスロマンを描いた作品と言えるでしょう。
それは斬られた親友が最後に呟く「よ……よく…やった…き丘ちゃん… おれは 先に……つぎの…時代に…う生まれ変わって…き…きみを待ってるぜ…い…いっしょに…しるこを食おう……」という台詞、そして主人公の丘ちゃんがアメリカにって「ほんとの世界の姿を見てくる」という結末からも明らかです。
白い原稿用紙と黒いインクと、独特の「記号」によって表現される漫画の、視覚的な美しさ。そしてその形式によって紡がれる漫画の、物語の美しさ。さらにその物語が孕んでいる構造、テーマ。そういった漫画の各要素において、非常に高い水準を持った作品であって、世間的には何故か全く知名度はないですけれども、漫画における「罪と罰」といって良いほど「お手本」的な作品とも言えます。
また、少年漫画における唯一のテーマ「絆」ひいては友情を描いた作品としても、相当に水準が高いです。例え何があろうと、刀を抜きあってどちらかが倒れるその一瞬まで、最後まで相手を信じ続ける。友情とはそんなものでありたいですね。そんなものは最初からフィクションの中にしか有りませんが。少なくともtwitterの中には有りません。