愛媛銀行が主催する、毎年恒例の新春企画、櫻井よしこ氏の講演会に出てきました。



とてもためになりました。


もう7年連続でやってらっしゃるようですが、自分は今回が3回目でした。


去年は都合があって出られなかったのですが、無理してでも出るべきでした…。




印象に残ったのは、2点です。


1.人材の育成

2.中国は譲歩しない



まず、人を育てるということについて、自分の仕事がまさにそれなのですが、自分の仕事の重要さについて、気がつかされた思いでした。


私は日本の将来において、ハードの面ではまったく貢献ができない人材です。


が、ソフトの面での強化ということにおいて、多くの貢献ができるはずです。


日本の未来を作っていく人材を育てることに、携わっている…。


この一点に誇りを持つと同時に、子どもたちを預かった以上は、子どもたちを人材にしなくてはならない、と新ためて感じました。



また、日中関係についてですが、日本がおかれた地政学的状況は、今も昔も結構悲惨なものです。


隣国に中国がいるというのは、日本の不幸な点だと思います。



私は、実はアメリカは嫌いですが、でも、だからといって親中には絶対になれません。


むしろ、ナチスドイツ並に嫌悪していると言っても過言ではありません(ただし、ナチスの罪の部分と功の部分は分けて考えていますが…)。



現在日本に数多くいる親中派の人たちは、第二次大戦前における親独派と対して変わらない、それくらい物が見えていない人たちだと核心しています。


つまり、親中は絶対にありえない、というのが自分の原点です。



そうした対中観で日中関係および中国の対外政策を見たとき、


「中国は一度決めたことは絶対に譲歩しない」というのは、すごく大きなことだと思いました。



残念ながら、人類、というか日中はまた戦争をやるかも知れません。


中国の指導者にとって、人の命は民主国家の指導者ほど、尊重すべき対象ではないのです。



国防をマジメに考えなければ、とんでもないしっぺ返しがくる、


やはり、日本は憲法改正を急ぐべきだと思います。




大いに参考になる講演会でした。


来年もまた、参加したいと思っています。

新年あけましておめでとうございます。


今年もよろしくお願いします。




松山に来てから、5度目のお正月になりました。時がたつのは、早いものです。


最初の塾生はもう、就職活動という頃だと思います。良い便りが来ると良いのですが…。




さて、今年も例年と同じく、護国神社に参拝してから1年のスタートを切りました。


しかしまぁ、今年はなんか、イライラしていました。



というのも、護国神社は、行ったことがあるとわかると思うのですが、年が変わると同時に門が開くので、門の前でみんな行列を作って並んでいるんですけど、


あれに、並ばない人たちがいるんですね…


しかも、それも数人じゃないです。年が変わると同時に、どこから沸いてきたのか、もう集団で、列なんか無視して門に直進です…



あれはいったい何なんだと、列に従って並んでた僕がバカみたいに思えてしまいました。




松山市民って、もしかしたら、民度が低い人が多いのですか???


猛烈に腹が立つので言いますが、列を作らない人って、クズ、だと思いますね。



でもって、酒を飲んできている人。これも、マナーを守ってくれるのであればいいのですが、


バカな若者とかが神社の中で騒ぐし、しかも、タバコすってる奴がいたんですよ…。



神の社で、タバコなんか吸う奴は、死ねばいい、と言ったら言いすぎですけど、そうも言いたくなります。


こういうのは、貼り紙なんかで注意できないでしょうし、やはり教育ってところだと思います。



あと、神社に犬を連れてきていた人。別に、犬はキライじゃないけど、自分だったら、TPOをわきまえて、犬はやはり連れて行くのはよそう、という発想になります。


犬が神社の中でオシッコしたら、そのままなのでしょうか…??



この、列に並ばない人、タバコを吸う人、犬を連れてくる人、こういうのを目の当たりにして、


新年の凛とした空気から一年をはじめるつもりだったのが、全然そんなことなく、イライラから始まってしまいました。



なので、購入した破魔矢で、まずは自分をつつきました。悪心退散、ってことで。



学校で、偏差値上げることよりも、まずは公衆道徳をきちんと守れる人にするべきです。


隣国、中国で1年生活したことがありますが、日本がああなってほしくない、と僕は思います。


教育再生って、本当に大切だと身にしみて思いました。




1月1日は、映画『永遠の0』を見てきて、そのあと、また護国神社にお参りに行きました。1日に2度、参拝に来るのは初めてでした。


2度目は、同じく夜でしたが、露店も閉まっており、人も少なくて、おちついて参拝することができました。


来年からは、マナー違反を目の当たりのするのがイヤなので、参拝の時間をずらそうかと思います。




ところで、この『永遠の0』って映画は、とてもよかったです。


見ながら、何度も涙が出てきてしまいました。



年末には、『ゼロ・グラビティ』という映画も見たのですが、


どちらもとても面白かったです。塾生に、オススメの映画です。



永遠の0は、特攻の話ですが、


特攻に行った人たちは、どういう気持ちで飛んで行ったのか、


絶対に共感はできない、どんなに共感したくても、実際そういう場面にならなければ共感しようがないと思うのですが、


ただ、特攻に行った人たちがどういう日本を望んだか、日本の平和と繁栄をどのような形で望んだか、


それについては、よく考えることができると思うのです。




今の日本は、昔の日本よりも劣化が激しいと思っています。


ハードの面では比べようもなく成長したとはいえ、精神は荒廃しています。


安倍総理が「日本を取り戻す」と言っていますが、


教育勅語で教育を受けられた時代、その時代の国民の精神をまずは取り戻してほしいです。




さて、


九死に一生ではなく、十死に零生、成功すれば即ち死、


このような、作戦とも言えない作戦のために散って行った人たちのように、


自分も、勝てないかもしれなくても敢然と立ち向かう勇気をもって、


今年は勝負したいと思います。




今年もまた、頑張ろうと思います。


塾生たちの成長を見守り、


また自分も絶えず成長していかねばと思います。


そして、教育で培ったものは、社会に還元する、


それは自分の信念でもあるのですが、


それを実行に移す年だと思っています。



以上、年頭の挨拶です。

今年もまた、大晦日がやってきました。


年をとると、あっという間だなぁ、という感じです。



今年はどんなことがあったかといいますと…、




12月に、不惑 になりました…。




そんだけ、です。



えー、


来年の締めくくりは、もう少しだけまともなことを言えるよう、マジメに生きたいと思います。




今から、護国神社へ行き、その後、石手寺へと行きます。


日本の平和と繁栄、そして塾生と息子の無事健康を祈ってきたいと思います。



では、また来年も、皆様よろしくお願いします。

12月27日の、朝日新聞、愛媛新聞の朝刊をそれぞれ読んだ。


1面から靖国参拝の記事がたくさん載っているが、批判的な論調で偏っている。



情けない。




愛媛新聞社説


 第2次安倍政権発足からきのうで1年がたった。節目に合わせ、安倍晋三首相はかねてこだわりを見せていた靖国神社参拝に踏み切った。


 7月の参院選で自民党が圧勝したのを境に、政権は保守色を強めつつある。参拝はその証しとも言えよう。特定秘密保護法の成立過程なども含め、独善的、強権的とも映る姿勢に危機感が拭えない。


 現職首相の靖国参拝は2006年の小泉純一郎氏以来となる。中国、韓国との関係悪化に拍車をかけるだけではなく、日中、日韓関係の改善を求めていた米国との間に亀裂を生じる恐れもある。


 安倍首相は第1次政権時に参拝できなかったことを「痛恨の極み」と言い続けた。参拝しない選択肢は、はなからなかったか。保守層にアピールする狙いもあろう。一方では「靖国参拝は政治問題、外交問題化している」との認識も示した。それならば、わが国の国益に資するか否かを第一に考えるのが筋だ。  何より、中韓両国に対して「対話の扉は開いている」と繰り返す姿勢と矛盾しよう。隣国や同盟国との関係より自身の信念を優先した判断は、一国のリーダーとして思慮を欠いたと言わざるを得まい。


 首相や閣僚の参拝には憲法の政教分離原則に照らして疑義があることも、重ねて指摘したい。政府は「私人」の立場を強調するが、「内閣総理大臣」と記帳しながらそんな言い訳は通らない。そもそも首相に「私人」の立場などあり得ようか。批判に応える丁寧な説明が求められよう。


 戦没者の追悼は、国民が共有する思いに違いない。靖国神社からのA級戦犯分祀(ぶんし)や宗教色のない施設の整備など、誰もが追悼の意を表すことができる形の実現を急ぎたい。




朝日新聞天声人語



▼時は流れて民主主義の時代にも、「裸の王様」は健在らしい。安倍首相がきのう靖国神社に参拝した。自民党内にはもはや意見する人物はいないのだろうか。 政権誕生から1年の記念日でもあった


▼人の行為にも目方というものがある。この場合、首相ともなれば超ヘビー級だ。庶民のように「ちょいとお参りしてきたよ」ではすまない。 他の閣僚とも違う。王様には、その巨体を教えてくれるお友達もいなかったようである


▼アメリカも「失望した」と批判している。秘密法にせよ、日ごろは「国益」を好んで国民に説く人だが、自分の思いのためなら国益を損なっても構わないというのか。 独善と傲慢(ごうまん)には、さしもの千葉笑の呵々大笑(かかたいしょう)も届きそうにない。




以上、引用終わりです。


上記2つの文は、駄文です。




靖国問題は、国際社会から日本が孤立する問題です。


筋を通せば、角が立つかもしれない。


でも、筋を通すべきことだと思います。



私は、大東亜戦争では、日本が焦土となったことよりも、


日本人の精神が堕落したこと、それこそ最大の敗北だと考えています。



周辺国が騒ぐから参拝を避けるべき、といった意見は、


自らのアイデンティティを殺すような発言だと思います。



私は、今仮に参拝が国益を損ねるとしても、


自らのアイデンティティが削られることの方を、より恐れます。




大東亜戦争は、いまだ歴史化していません。それは政治問題に他なりません。


なぜなら、歴史観に利害が絡むからです。



しかし、いつか熱狂が冷めたとき、


それは50年後か100年後か1000年後かはわかりませんが、



日本は名誉を回復し、子々孫々から尊敬賞賛されるべきときがきっとくると信じています。





最後に、


日下公人著、『私がこの国を好きな理由』より、引用です。





20世紀の百年は、


世界人類にとってどんな時代だったのだろうか。


私には、どうしてもこれしか思いつかないが、


第1は、白人絶対の時代が終わって、人類平等の理念が国際社会に一応定着した事である。


第2は、それを日本が、ほとんど単独で成し遂げた事である。





引用終わり。


私は、日本人として、


日本という国家に誇りを持っています。


だから、靖国神社にも護国神社にも行きますし、


わが国をために尊い命をささげてくださった英霊には、尊崇の念を示して当然であると考えます。



韓国、外交関係を凍結…中国と歴史問題で共闘も

読売新聞 12月27日(金)7時41分配信


【ソウル=豊浦潤一、吉田敏行】

安倍首相の靖国神社参拝で、中国や韓国との関係冷え込みの長期化は確実となった。


 韓国では、日本との首脳会談開催など関係改善を求める世論も芽生えつつあったが、靖国参拝で政界やメディアは対日批判一色となった。中韓両国が歴史問題などを巡り、日本への共闘姿勢を再び強める可能性もある。


 韓国大統領府では26日、金章洙(キムジャンス)国家安保室長が主宰して、国家安全保障政策調整会議を開き、今後の対日外交について協議した。


 韓国政府関係者は、靖国参拝で「来年の上半期までは、事務レベルでの会談でも韓国政府にとっては負担になるだろう」と語り、日本との外交関係が当面凍結されるとの見通しを示した。


.最終更新:12月27日(金)7時41分



以上。引用終わり。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131227-00000182-yom-int




いっそのこと、国交断絶にすればよいのに。


手ぬるいとは思わないのでしょうか?




早く大使召還してほしいと思います。


皇統護持の大切さ訴え 松山で天皇誕生日祝う集い

2013.12.24 02:06  



■評論家の谷田川氏が講演  


日本会議愛媛県本部は23日、松山市御幸のみゆき会館で、「天皇陛下のお誕生日をお祝いする集い」を開いた。評論家の谷田川惣(やたがわおさむ)氏(41)が「万世一系の皇統護持のために」と題して講演し、出席者ら約200人が真剣な表情で聞き入った。


 講演で谷田川氏は、国のあり方について「力で民の上に打ち立てられた西洋の王室は、民と利害対立関係にあった。このため、善悪を超越した一神教が必要だった」と説明。その上で、「日本の皇室は民を思い、民は天皇を大切にするという君民一体の国体。日本は、神話から歴史へ一度も断絶することなく続く、天皇中心の国のあり方を表している」と解説した。


 また、皇位継承について「天皇は祭祀(さいし)をつかさどる公の位。財産が関与する家族の相続とは根本的に違う」とした上で、「色々な理屈はあるが、父子一系で2千年以上続いている皇室は、世界で唯一だ。歴史の長さが正しさを証明している」と説明。「先人たちがつなげてきた継承の英知を軽んじてはいけない」と力説し、「将来のために旧宮家の復活が必要」と唱えた。



以上。引用終わり。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/131224/ehm13122402070000-n1.htm




 写真は、加戸元知事。





23日、谷田川先生の講演を聞きに行って参りました。


昨年10月の講演を聞き逃したため、今回は絶対に行こうと思っていました。


日本会議の総会のあと、講演会に参加しました。




何が正しいか、その結論は究極的にはありえないという前提の下で、皇位の男系継承の「正しさ」を聞きました。


先生は、「125代続いたことがまさに正統性」であって、伝統や永く続いたものの価値を現代人の浅知恵で変更することがあってはならない、と言っておられましたが、まさにそう思いました。


昨年の天皇誕生日に続き、皇室のことを考える、よい一日にできました。

1日の日曜日、NO NUKES えひめ、に参加してきました。



伊方原発再稼働にノー 松山で大規模イベント  

原発の新規制基準施行後、最初の再稼働が有力視される四国電力伊方原発3号機が立地する愛媛で1日、原発のない社会を求めるイベント「NO NUKES えひめ」があった。主催団体「伊方原発をとめる会」の発表では四国で過去最大規模が集まったとし、伊方3号機の再稼働を止めようと声を上げた。

 全国から約8千人が参加(主催者発表)。松山市堀之内の城山公園に設けたステージでは、脱原発を訴える作家や国会議員など9人が登壇した。ノンフィクション作家の広瀬隆氏は「東京電力福島第1原発では、地震で(原発の)機能が失われた」と主張。伊方原発敷地前面の中央構造線による地震を懸念し「伊方は絶対に動かしてはならない」と熱弁をふるった。


以上。引用終わり。
http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20131201/news20131201971.html


【会場の様子】
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はじめに言っておくと、私はこの集会の趣旨に賛成して参加しているわけでは決してありません。

正直言って、原発については勉強してはいるものの良くわからず、だから、この集会が何を主張するのか、半ば興味をもっていました。

右翼の街宣車が、「良識のある市民のみなさまは、このような集会には参加しないでください」とうったえていましたが、半分申し訳なく思い、参加してきた次第です。



で、まず主催者発表の8000人というのは、ツッコミを入れますと、大嘘じゃないかと…

ウソも休み休み言わないと…、主催者め!、と思いました。

私の個人的感覚としては、その半分にも満たない、いや、2000人いたかいないかじゃないかと、思いました。

しかも、そのうちのほとんどが県外から来ている人たちなので、地元の人で、あの雨の中参加した人は、ごくわずかじゃないかと、そんな風に思いました。


で、雨にうたれながら原発反対派の意見を聞いていましたが、基本的に感情論ばかりで、参考にはなりませんでした。

しかも、秘密保護法案について、あれこれ言ってるし。集会の主旨は何だ?




やはり、自分でメリット・デメリットを冷静に考えてみようと思いました。

私としては、あの地震直後、原発反対に傾きかけましたが、今は再稼動は必要だと考えています、どちらかというと。


原発反対というのなら、まずはローソクと石炭の生活に戻ることを考えてみてはどうかと、反対派の人たちには言いたいです。


今フル稼働中の火力発電だって、CO2がどさっと出るわけで地球の環境を汚染するわけで、原発とどちらが悪いか、わかったものではありません。


原発再稼動をやめるのなら、まずは生活レベルをぐいっと落とす、その覚悟を示したらよい、と思いました。




で、そんなことを思いながら、うろうろと会場を歩きまわり、ステージの後ろに行ったら、ちょうど山本太郎が演説を終えたらしく、ステージから降りてきました。

目の前をすっと歩いていったんですけど、スーツを着ていないのに、ちょっとびっくりしてしまいました。結構大柄な男だと思ったのですが、その辺の大学生に兄ちゃん、みたいな感じでした。

あと、脅迫状が全国から送られているにもかかわらず(左翼の自作自演かもしれませんが)、護衛らしき人がほとんどいなくて、それもちょっとびっくりでした。心配してしまったくらいです…。


あと、高校生の時にテレビで見た、日本人初の宇宙へ行った人、秋山さんも、ステージの後ろをうろうろと歩いていました。久しぶりに見て、かなりふけていたのですが、見た瞬間にわかりました。昔なら結構あこがれたかも知れませんが、今はちょっとがっかりでした。


帰り道、冷えた体を暖めようと思い、COCO壱番でカレーを食って行ったのですが、外ではなんか叫びながらみんなが行進していました。寒い中、よくやるよ…、と思いました。

右翼の街宣車はさかんに山本太郎なる人物がどういう人かを言っていましたが、そちらの方が聞いててずっと事実に即したマトモな意見で面白かったです。

今年の6月に書いたブログ、『自虐史観すり込み教育の実態』の続きです。 



自虐史観すり込み教育の実態

http://ameblo.jp/dizzyjivelog/entry-11546566609.html




いくつかある問題の中で、以下の問題が気になっていました。



Jive Talk




上は、適当でないものを選ばせる問題ですが、


④ 盧溝橋事件発生後、日中両政府間では停戦が結ばれ、戦闘は一時的なもので終了した。

③ 「満州」国建国後、日本は華北の資源を求めて侵略を企て、中国駐留の兵を増員した。



この出題で、④が適当でないとして、正解でした。





最近までずっと1937年の日中戦争に至るまでの日中外交史を調べていたのですが、


やはり、③を適当と考えるのは、どうしてもムリがある、という結論に至りました。



そして、簡単に言うと、


日本は中国大陸を侵略していません。


というか、


日中戦争はなかった


と言うべきだという結論に至りました。



形式的には宣戦布告がありませんでした。実質的にも、日本は中国と戦う理由が全くなかったのです。


むしろ、日本と戦う事情を抱えていたのは、中国国民党(というか共産党)でした。


満蒙の権益を守ることはしたにせよ、日本は中国大陸を侵略はしていません。



中国大陸における北伐の開始から、盧溝橋事件で中共による発砲に至るまで、そしてその後の泥沼の過程を経て、日本が引き上げるまで、



日本は一貫して自国民の生命・財産を守るために、軍を動かし、


そして停戦協定破りのためのテロを繰り返し、日本人を殺したのは、むしろ中国の方でした。



この問題にあるような、『華北の資源を求めて侵略を企てた』、なんて、はっきり言って大嘘です!


それが事実と言うのなら、それこそ証拠を教えて欲しいものです。ある、という側に立証責任はあるはずでず。




あと、盧溝橋事件は1937年7月7日に起きていますが、


果たして、だれが最初の一発を撃ったのでしょうか。



その4日後に現地で停戦協定が結ばれていますが、


停戦協定で再発防止につとめると言っていたのは、どちらでしょうか。


そして、その停戦協定を破ったのは、どちらでしょうか。



幾度にもわたる停戦協定を無視してきたのは、中国の方です。





さて、私としては、明治新政府から第2次大戦まで、この間の歴史として日本の外交を理解するためには、次の3つの視点が必要だと思います。


1.共産主義の脅威

2.米外交政策「門戸開放」「モンロー宣言」

3.眠り続けた中国・朝鮮



この3つを抜きにして日本の戦前の外交を語るとしたら、


日本は悪かった、といった自虐史観で終わるだろうと思います。


そういう歴史教育は有害ですので、むしろやめたほうが良いです。





現在私の中では、日中戦争に対する物の見方が確立した気がします。


それは、先ほどにも述べたように、日中戦争はなかった、という見方です。


日中戦争があった、という考えは、それこそ中国共産党発の歴史観だと思います。抗日戦争を勝利に導いた、それでしか支配の正統性を見いだせない、中国の歴史観です。なぜ、日本人がそれに従う必要があるのでしょうか。私たちは、侵略はしていないのです。



南京事件(1927年のほうではなくて、1937年のほう)で虐殺があったと言われる、いわゆる「南京大虐殺」というヤツに関してですが、自分は絶対にその呼称は使いません。仮に使うとしても、「いわゆる」をつけます。なぜなら、なかったからですが、


南京大虐殺という言葉を絶対に使わない、これまで使ってこなかったように、これからは、日中戦争という言葉も使わない、使うとしても「いわゆる」日中戦争としたいと思います。


正確には、支那事変、です。



中国という呼び名も、これは中国が勝手に言っているだけですが、日本人はそれを強制される必要も全くなく、


別に向こうがセンター(中央)というわけでもあるまいし、


やはり、「支那」と呼ぶのがよいかと思います。仮に「支那」と言ってブーブー言われるのであれば、それならチャイナと英語風に呼ぶのが良いかと、そんなふうに思いました。



それにしても、このあたりの歴史を語るのは、まだまだムリですね。なぜなら、この歴史を語るのは、まだまだ政治力学の範疇から抜け出せないからです。


あと1000年くらいしたら、日本の歴史をマトモに見る人が増えるんじゃないかと、そのために、正しい歴史観を残したいと自分は思っています。




PS 現在、支那が防空識別圏なるものを設定し、日支関係に緊張が走っていますが、彼らの行動パターンは、北伐時の頃と全く変わっていないです。歴史を勉強すると、彼らの行動が、よくわかります。

昨日、愛光の参観日に出かけました。


昨日は仕事で忙しかったので、1限と2限だけ見て帰宅しましたが、それでも有意義な参観日となりました。



『自虐史観すり込み教育の実態 』

http://ameblo.jp/dizzyjivelog/entry-11546566609.html



以前、このブログを書いたのですが、このテストを作った先生の社会の授業を見てまいりました。




プロジェクタを使った授業だったので、板書とかは一切なかったのです。先生が、歯切れ良く、ひとつひつつの戦後日本の経済成長について、説明していました。


寝ている生徒が多かったです。内職している生徒は、意外にも一人も居なかったですけど、でもなぜか机の上には英語一式が置いてありました(w



自分としては、授業内容にすごく興味を持てましたが、でも、昭和のことをサッパリわからない生徒たちには、ちょっと退屈だったかもしれません。


プロジェクタに解答例となる部分が赤で書いてあって、それを生徒たちは自分のプリントの空欄に埋めていくような感じだった、と思うのですが、結局、限りなく答えを教えるだけの授業になっているような気がしました。


で、一人の男の子が授業の途中で先生に質問したのですが、それに先生が即答できなかったのです。それはそれで構わないのですが、先生は、「その質問は預かっとく」と一言言って、それで次のテーマに写ってしまいました。



自分だったら、「今……っていう質問をした人がいて、それはすごくいい視点なんだけど、みんなどう思う?」と、その一人の生徒の質問を全体化して、みんなで考えると思います。みんなの知恵を結集したら、答えが出るかもしれませんし。



教室というのは、答えを与える場ではなく、答えを考える場、だと思います。社会のように、答えが定まらない科目に関しては、とりわけ、そういう授業が求められるのではないか、と考えました。




その次に、高校の英語の授業を見ましたが…、


生徒に対する言葉遣いがすごく悪く、生徒を「お前…」呼ばわりし、そして小テストを回収する際に、「回収!」ってぶっきらぼうに言って教材を教卓の上に放り投げました。


それだけしか見ずに、帰りました…。



実際、自分も生徒に対し「お前…」って言うときはあるのですけど、ただ、違うのは、生徒に対するリスペクトかなぁ、って思いました。



以上です。



本当は、高3の英語と、中1の英語も見たかったのですが、残念です。


受験前のこの時期に、高3はどんな授業しているのか、やはりムリしてでも見るべきでした…。




PS

教室、汚すぎ。

アイスの棒みたいなヤツが何本も落ちているし、柔道着の帯も無造作に落ちているし…


あと、ジーニアスを地べたに置いている子がいたんですけど、あれも気になったなぁ。

山本太郎氏については、もう散々うんざりしている。


そもそも、今年の7月8月か、もう忘れたが、参院選で当選したときから、ひどい落胆があった。


彼に票を投じた東京都民66万人は、猛省してほしい。



竹島は韓国にくれてやれ、という主張の人物を、なぜ国会議員にするか?



とまれ、今回の園遊会での出来事で、この人物の異常性がはっきりしたのではないか、と思う。


田中正造? いやいや、全然違う。比較対象にしないでもらいたい。


天皇陛下に対する無礼、死罪に値する。




世が明治・江戸なら、剣士が颯爽と現れて、斬っているはず。私は、それでよいと思う。むしろ、それがマトモだった。


それでこそ、凛とした空気の中、政治的活動・言論の自由が、意義を増す。



山本太郎氏は、議員資格剥奪がふさわしい。


そもそも、なぜ公職選挙法違反で、検察は動かなかったのか??




以後、この人物をメディアにさらすのも、やめてもらいたい。


出版社も、彼の本など一切出版させなくていい。


はっきり言って、ウザイ。