「国会に真摯で活発な議論がないことが、日本の民主主義にとっての一番の悲劇」

■1.「大臣の認識が足りないと言わざるを得ない」

「ところで、大臣、ことしの1月4日は何をされていましたか」

といきなり稲田朋美・衆議院議員は赤松広隆・農水相に切り込んだ。

平成22年3月11日、衆議院農水委員会でのこと。

赤松農相は

「妻と子どもの3人で1月2日から4日までグアム島にプライベート旅行をしていた」と答えた。

「今の大臣のお答えを聞いて、私も悲しいし、多分、日本全国の農家の方々は悲しいと思います。というのが、1月4日、昭和40年から、総理とともに農水大臣、当時の食糧庁長官も、ずっと伊勢神宮に参拝しているんです。毎年毎年伊勢神宮に参拝をいたしております…」

「奥様とグアム旅行に行かれる、それはいいですよ。でも、農家の代表として、伊勢神宮にアマテラスオオミカミが祭ってあって、稲作なんですよ、大事なことだから、昭和40年からずっと毎年毎年、農水大臣、それから食糧庁長官、局長、それが日本の農家を代表して五穀豊穣を神様に願う、そういった謙虚な気持ちで参拝をしているわけですが、どうして行かれなかったんですか」

赤松は

「職務として行けという話は聞いたことがございませんでしたし、前例も調べるつもりもなかったので」としらを切った。

45年も続いていて、総理に同行する、そんな重要行事を農水省の官僚が大臣に伝えなかったはずがない。

「そんな悪いことをしたという意識はありませんが」という赤松農相を、稲田はこう切って捨てた。

「私は、やはり五穀豊穣を願う農水大臣としては伊勢神宮に参拝をしていただきたかったし、稲作というのは、単に産業では無くて日本の文化でもあります。国柄でもあるし。農業と言うには日本の国民の生き方、生活の基本だと思うんですけど、その点について、私はやはり大臣の認識が足りないと言わざるを得ないと思っております」

■2.「ここに大切なものがあるのだ」

大阪で弁護士をしていた稲田議員は、選挙に出るまでは、農業問題に関心もなく「他人事」のような気がしていた。

しかし選挙に出ることになって、約40年ぶりに故郷の福井に戻り、選挙区内を走り始めて、気がついた事があった。

「暑い夏の昼下がり、いたるところで田んぼで作業をしている農家の人々に出会いました。それは、なんとはなしにわが国の原風景に感じられ、ここに大切なものがあるのだ、という実感が湧き上がってきました。日本文化の源はこういうところで育まれてきたのだ」

「そんな思いも湧いてきました。農業問題が身近になった瞬間でした」

そして自身でも一緒に田植えや稲刈りをして、その重労働ぶりを体験した。

「今回の選挙で気がついたことは、なぜか私の支援者の多くは神社の前か田んぼの前で待っているということです。村の神社を中心として田んぼがあり、生活があり、文化があります。そして、おコメを作り、村落で生活し、神社を中心として村の文化を守ってきている…」

「日本文化の源である稲作、日本の景観を形づくる水田、日本の主食であるコメ、これを守っていく、子々孫々までつなげていくという観点が、農業政策にはことのほか大切なことだと思っています」

こういう思いを抱いている稲田議員にとって、農業を守るべき農相が、五穀豊穣を祈る伊勢神宮参拝をすっぽかして、グアム島に遊びにいったのは、堪えられないことであったのだろう。

■3.危機感がなく、不真面目、謙虚さにかける

赤松農相の政治姿勢をよく表すのが、この議論の翌月4月20日に宮崎県で発生した口蹄疫(こうていえき)への対応である。

4月27日に、政府支援を求めてきた東国原宮崎県知事らと会談し、早急な対応を約束したが、30日には予定通り、メキシコ、キューバ、コロンビアへの9日間もの外遊に発ってしまったのである。

自民党が政府に被害拡大の防止措置と外遊中止を要請したが、赤松農相はその要請も無視した。

外遊の間に問題は拡大し続けた。

五穀豊穣を祈る伊勢神宮参拝の不参加を強く諫めた稲田の発言を真面目に受けとめていたら、こんな不見識な対応をとらなかったかも知れない。

赤松農相の姿勢について稲田議員はこう評している。

「この大臣の行動は民主党政権の政治そのものです。そのことを国会で追及されても恬(てん)として恥じる様子はありません。危機感がなく、不真面目、謙虚さにかける、要するに「不道徳」なのです」

■4.「地元の現場でがんばっている人々と政策立案現場がつながっている」

「民主党政権になって、いちばん失われたものが議論だ」と稲田議員は言う。

「少なくとも自民党政権下では、党内の議論が活発にありました。部会という場で、一年生議員も自由に発言することができました。自民党議員がもっとも戦っているのが、朝8時の自民党の部会だったかもしれません」

稲田は初当選以来、自民党農林部会にできるだけ出席して、地元の声を紹介してきた。

「地元に帰れば、賛否両論、さまざまな意見をいただきました。そして永田町に戻ると、自民党農林部会での侃々諤々(かんかんがくがく)の議論がなされます」

「毎回、議論の素材となる資料が配付され、会議に出席できないメディア関係者にも配られます。私も毎回、地元の関係者に即座に送付していました。そうして何が問題になっていて、どういう議論がなされているのかといった状況が逐一『日本農業新聞』などで全国に紹介されます」

「こうして地元の現場でがんばっている人々と政策立案現場がつながっているのは、すごいことだと実感しましたし、まさに「働き甲斐」があると思いました」

国民に代わって議論をするのが「代議士」、すなわち国会議員の役目であり、国民が選挙で代議士を選ぶことが代議制民主主義の本質である。


■5.「事業仕分け」というエンターテイメント

民主党政権になって議論が失われたというが、たとえば「事業仕分け」はどうだったか。

「民主党が実施した「事業仕分け」はお茶の間のエンターテイメントとしては優れたものだったのかもしれません。」

「しかし、あれだけの短時間で議論が尽くされているのでしょうか?」

「民主的なやり方なのでしょうか?」

「仕分け人にそれだけの能力が期待できるのでしょうか?」

「財務官僚の振り付けで、「仕分け人」が踊っていただけなのです。仕分け人のもっていた資料は財務省が用意したもので、それに従って強い口調で質問しているだけの茶番です」

蓮舫氏の「2番じゃだめなんでしょうか」という迷セリフで予算を止められそうになったスーパーコンピュータ「京」の開発は科学界、産業界の猛反発を受けて、予算復活。

完成後、見事に世界一の性能を発揮し、国際的な賞も受賞した。

計算速度が速いだけでなく「まともに使えて、産業に役に立つ」ことを目指して開発されたので、創薬、新素材開発、自然災害の予測など、多くの企業・機関が活用を計画している。

こういう専門的問題を、ろくに勉強もしていない素人議員に短時間で仕分けさせる、という発想自体が、議論を通じて衆知を集める議会制民主政治には適合しない。

「そもそも、国会議員として選ばれるということは、選挙民の方々から国政を担うことを付託されたということです。それであれば、国会議員の間で侃々諤々の議論を行うことが原点です」

「そのような原点を忘れたエンターテイメントに荷担する国会議員の人々に、議員としての自覚・矜持があるようには見受けられません」

■6.「卑劣な政治はやめていただきたい」

この事業仕分けは国民から見える所で行われていたので、まだしも関係者が反対できる可能性があった。

もっとひどいのは、党内の議論を封殺しておいて、幹事長の鶴の一言で、利益誘導のための決定が行われていた事である。

その一例は、土地改良予算の有無を言わせぬ削減である。

前年比6割以上カットされ、鳩山政権になってから赤松農相が10月に出し直した概算要求に比しても、5割以上がカットされた。

「コンクリートから人へ」のスローガンで、国土交通省関連の予算が15%削減された事に比べても、あまりにも異様な削減だった。

内実は、土地改良団体から自民党の公認候補を出した途端に、小沢幹事長が予算をカットしたのである。

「民主党にたてつく団体の予算はこうなる」という見せしめであった。

この件でも、稲田は赤松農相に論戦を挑んだ。

平成22年3月31日の衆議院農水委員会での質疑である。

「大臣が責任と確信を持って最後は大臣交渉をするんだと言ったこの土地改良予算は、半分以下にばっさり切られました」

「地元でも九頭竜パイプラインは、塩害に苦しんでいる農家にとって悲願なんです。私も地元に視察に行きましたけど、お年寄りの農家の方が自分の目の黒いうちに何とか槌(つち)音を聞きたいんだ、ということをおしゃっているんです。こんな予算で本当に水を守ることができるんですか」

「あたかも生産基盤が完成しているように錯覚をして、米の所得補償を全国一律のルールで配分しても結局はだめなんですよ。生産基盤をちゃんとしておかないと幾らばらまいても日本の農業は衰退するばかりなんです」

「民主党幹事長の意向でばっさり一夜にして切られたんですから、政治的な意図は見えているんです。土地改良から自民党の候補者を出した途端にばっさりと切られているわけです」

「私は、こういったことに、この予算を政局に使うということが本当にもう許せないんです。日照りが続こうが政権交代が起ころうが、農業は続けなきゃいけないんですよ。政争の具にするとか、幹事長の受託収賄まがいの政治の見せしめにするとか、そんな卑劣な政治はやめていただきたいと思います」

■7.「国会に真摯で活発な議論がないことが、日本の民主主義にとっての一番の悲劇」

冒頭の伊勢神宮参拝に関する質問の後、稲田議員は赤松農相が新年の(在日本大韓民国)民団の新年会で行ったスピーチを取り上げた。

前年の選挙での民団の支援のお陰で政権交代が実現した事を感謝し、それは在日韓国人の地方参政権を願っての思いであるから、この「公約」を必ずこの通常国会で実現する、という内容だった。

このスピーチに関して、稲田議員はこう批判した。

「ですから、大臣は、民団の方々に選挙支援をしてもらったその見返りとしていわば地方参政権をお与えするとお約束をされたんですよ。こういうのを選挙のために国を売るというんですよ」

稲田議員の鋭い舌鋒に、赤松大臣がどれほどまともに答えられたか、は想像にお任せする。

しかし、このような真剣勝負の論戦を挑まれる事で、政治家も官僚も緊張感を持って仕事をしなければならない事に気がつくはずだ。

国会は国民の「代議士」が議論する場であり、それは議会制民主主義の根幹である。稲田議員は言う。

「国会に議論がないことは、自民党政権下でも同じだったともいえます。与党の質問はあらかじめ台本のある演劇のようなもので、野党の質問は法案に直接関係のないあら捜しです」

「最大の言論の府である国会に真摯(しんし)で活発な議論がないことが、日本の民主主義にとっての一番の悲劇だといえるでしょう」

国民の意見を代弁して国会で議論のできる「代議士」を選ぶこと、それが議会制民主主義社会を維持するための国民の義務である。

■参考■

1. 稲田朋美『私は日本を守りたい』PHP研究所、H22
サンフランシスコ平和条約に批准していない中韓は、靖国問題に言及する資格すらない

日本と48カ国との間で交わしたサンフランシスコ平和条約には、戦犯に関する取り決めが盛り込んである。

そこには、有り体に言えば、条約に署名、批准していない国々は戦犯について発言する権利はなく、日本の立場を損ねたり害したりする行動に出る資格はない、とある ( 第25条 )。

そして、連合国側の中華民国(台湾)はもちろん、WW2時は山奥のゲリラにすぎなかったくせに戦後国民党を台湾へ追放し地滑り的に常任理事国の座を盗んだ中華人民共和国や、韓国は、この条約に署名も批准もしていない。

つまり現在、日本との間でトラブルを抱えている中韓いずれもが、国際条約の上でA級戦犯に関しては発言資格なしとされた国々。

さらに不思議なことに、今まで資格ありとされる国からは、一度もクレームを受けていない。

(しかも左翼はもちろん中韓も、★ 朝鮮人が含まれるB級戦犯合祀には、なぜか抗議しない)

靖国をめぐるトラブルは、侵略の問題どころか心の問題ですらない。

サンフランシスコ平和条約にかかわる、日本への内政干渉と主権侵害。

日本国政府は、この条文を根拠に国家として毅然たる声明書をだせ!
時事通信 4月23日(火)

麻生太郎副総理ら3閣僚の靖国神社参拝を中韓両国が批判していることについて、23日の閣議後の記者会見で閣僚から発言が相次いだ。

麻生氏は「毎年2、3回伺っている。いまさら言われるような話ではない」と反論。

「海外で反応が出ていると言うが、それは向こうの反応であって、外交に影響が出ることはあまりない」と述べ、影響は限定的なものにとどまるとの認識を示した。

古屋圭司国家公安委員長は「公人か私人か以前に、私は日本人として参拝した」と説明。

尹炳世韓国外相の訪日取りやめに関し「こういった問題はよく起きる。深刻な影響があるとは一切考えていない」と述べた。

同様に参拝した新藤義孝総務相も「個人の私的行為が近隣諸国に影響を及ぼすとは考えていない」と語った。

一方、岸田文雄外相は「今回のことで両国との関係に影響が出ないようしっかり対応したい」と強調。

韓国外相の訪日について「現在も調整中だ。対話のドアは常にオープンにしている」と述べ、引き続き招請を続ける意向を示した。 

<以上>

日本人に戦犯などいない。

等級戦犯制は、アメリカが決めたこと。

日本は、全員で一生懸命戦った戦士だ。

負けて何と言われようが、俺は誇りに思う。

戦わないで逃げていたやつより、戦犯扱いされても戦った日本人を評価したい。

西欧の植民地にされなかったのは、戦った日本人のおかげだ。

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