アメリカ、日本は国籍を明瞭にしない理由が無い

ロシアはそもそも沖縄付近に行く理由が無い

韓国、北朝鮮はそれだけの潜水艦を所持、運行できない

台湾も所持、運行に疑問がある

単純に消去法で中国

潜行してる潜水艦が見つかる時点で恥
英国のインド統治で、英国は本国からの財政支出は一切しなかった。

一方、日本は、湯水のように財政援助を与え続けた。

例えば、駐インドの英国軍の全費用は給与や休暇手当を含め、支配されるインド人が負担した。

日本は朝鮮に派遣されたすべての軍部隊の費用は、給与を含め、すべて日本持ちで一円たりとも朝鮮から徴収はしなかった。

朝鮮は、財政の過半から三分の二を日本に支出・調整させた。

良く言えば日本に「おんぶにだっこ」して、マルクス流にいえば日本に対して「搾取」の限りを尽くして、近代化の船出をした。

朝鮮の山野は日本人の眼からも、あのロシア人の眼においてすらも衝撃的なほど「禿山」のごときであった。

日本はそれを日本の山と同じように「緑」にしようと意気込んだ。

保護国時代にすでに水原、大邱、平壌の三ヶ所に苗圃をつくり播種し、さらに日本から苗木を購入して移植した。

朝鮮人からこの費用を一円たりとも日本はとらなかった。

すべて日本からの持ち出しであった。

この未償還の約14憶4000万円は、敗戦と同時にすべて、朝鮮側の「もらい得」となった。

1907~1944年の1円が仮に平均で現在の3万円に相当するとすれば、これだけでも63兆円になる。

日本は最少値で63兆円を韓国と北朝鮮から返還してもらわねばならない。

この63兆円が、日本が搾取された最小値だからである。

中川八洋氏著 「歴史を偽造する韓国」より
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日本への復帰を夢見た沖縄「祖国復帰運動」

県民の祖国復帰への思いはやがて県民一丸となっての復帰運動に発展していった。

先頭に立ったのは沖縄の教職員達。

教職員達は、昭和22年、「沖縄教育連合会」を結成、27年4月1日に「沖縄教職員会」と改称され、沖縄群島政府文教部長だった屋良朝苗氏が会長に、指導主事だった喜屋武真栄氏が事務局次長に就任した。

沖縄教職員会のメンバーだった80代の県立高校の校長経験者は

「日本人なのだから日本の教科書を使おうという親睦団体だった。教育内容も本土の教育法にのっとったカリキュラムを組んだ。子供たちに日本人としてのアイデンティティーを持たせようとした」と振り返り、復帰運動への思いをこう続けた。

「教職員全員が率先して日の丸を掲揚し、君が代を斉唱したものだ。日の丸のない家庭には教職員会で販売し、掲揚する竿(さお)のない家庭には提供した」

沖縄教職員会は昭和35年に、愛唱歌集を作成している。

「祖国への歌」

この空は、祖国に続く。

この海は、祖国に続く。

母なる祖国、わが日本。

きけ一億のはらからよ。

この血の中に日本の歴史が流れてる日本の心が生きている。

この山も、祖国と同じ。

この川も、祖国と同じ。

母なる祖国、わが日本。

きけ一億のはらからよ。

この血の中で日本の若さが、ほどばしる。日本の未来が、こだまする。

この道は、祖国に通ず。

この歌も、祖国にひびく。母なる祖国。わが日本。

この血の中で日本の若さが、ほどばしる。日本の未来が、こだまする。

この道は、祖国に通ず。

この歌も、祖国にひびく。母なる祖国。わが日本。

きけ一億のはらからよ。

この血の中は日本の命でもえている。

復帰の悲願でもえている。


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