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日本への復帰を夢見た沖縄「祖国復帰運動」

県民の祖国復帰への思いはやがて県民一丸となっての復帰運動に発展していった。

先頭に立ったのは沖縄の教職員達。

教職員達は、昭和22年、「沖縄教育連合会」を結成、27年4月1日に「沖縄教職員会」と改称され、沖縄群島政府文教部長だった屋良朝苗氏が会長に、指導主事だった喜屋武真栄氏が事務局次長に就任した。

沖縄教職員会のメンバーだった80代の県立高校の校長経験者は

「日本人なのだから日本の教科書を使おうという親睦団体だった。教育内容も本土の教育法にのっとったカリキュラムを組んだ。子供たちに日本人としてのアイデンティティーを持たせようとした」と振り返り、復帰運動への思いをこう続けた。

「教職員全員が率先して日の丸を掲揚し、君が代を斉唱したものだ。日の丸のない家庭には教職員会で販売し、掲揚する竿(さお)のない家庭には提供した」

沖縄教職員会は昭和35年に、愛唱歌集を作成している。

「祖国への歌」

この空は、祖国に続く。

この海は、祖国に続く。

母なる祖国、わが日本。

きけ一億のはらからよ。

この血の中に日本の歴史が流れてる日本の心が生きている。

この山も、祖国と同じ。

この川も、祖国と同じ。

母なる祖国、わが日本。

きけ一億のはらからよ。

この血の中で日本の若さが、ほどばしる。日本の未来が、こだまする。

この道は、祖国に通ず。

この歌も、祖国にひびく。母なる祖国。わが日本。

この血の中で日本の若さが、ほどばしる。日本の未来が、こだまする。

この道は、祖国に通ず。

この歌も、祖国にひびく。母なる祖国。わが日本。

きけ一億のはらからよ。

この血の中は日本の命でもえている。

復帰の悲願でもえている。


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