日本の国益を著しく損ねている慰安婦問題の原因も朝日新聞。

元慰安婦・金学順が日本政府に対する訴訟の原告として名乗りでた時、「親に40円でキーセンに売られた」と訴状に書いていたにもかかわらず、朝日新聞・植村隆記者が「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が名乗り出た」と報道。

これが騒ぎの発端になった。これは誤報ではなく意図的な捏造。

さらに経済評論家・池田信夫氏は、植村記者の妻は韓国人で義母が訴訟の原告団長だったことを明らかにしている。

その後、義母は裁判費用を詐取して逮捕された。

ジャーナリズムにも倫理がある。

左翼イデオロギーが暴走した結果「従軍慰安婦問題」「強制連行問題」を捏造して日本国を貶め、性犯罪国家に仕立て上げたのは朝日新聞社。

捏造…それは、ジャーナリズム最悪の禁じ手。

弱者の味方を標榜しているが、一方で脱税の常習犯で反社会的な存在。
われわれの批判精神、判断力は、きびしい試練にさらされている。

われわれを取り巻く偽りの網の中から、絶え間なく真実を選び出さなければならない。

われわれに提供される偽りの情報や、われわれの指導者や政府に対する悪口を、充分に警戒しなければならない。

国際情勢も、悪意あるやり方でわれわれの前に示されることがある。

戦争のもう一つの様相は、それが目に見えないものであり、偽装されているものであるだけに、いっそう危険である。

また、それは国外から来るようには見えない。

カムフラージュされて、さまざまの姿で、こっそりと国の中に忍び込んでくるのである。

そして、われわれのあらゆる制度、あらゆる生活様式をひっくり返そうとする。

このやり方は、最初は誰にも不安を起こさせないように、注意深く前進してくる。

その勝利は血なまぐさくはない。

そして、多くの場合、暴力を用いないで目的を達する。

これに対しても、また、しっかりと身を守ることが必要である。

われわれは絶えず警戒を怠ってはならない。

この方法による戦争に勝つ道は、武器や軍隊の力によってではなく、われわれの道徳的な力、抵抗の意志によるほかない。

『民間防衛 -スイス政府-』

辻元のババアが朝まで生テレビで北朝鮮が日本人を拉致したというのは嘘っぱちだと主張していたのを忘れていないぞ。

日本人より朝鮮族の権利が大事だと言うような国会議員やマスメディアは日本から消えてくれ。
「日本人は永遠に中国人を理解できない」

チャイニーズ・ドラゴン新聞主幹・孔子の第75代直系子孫の孔健氏が「日本人は永遠に中国人を理解できない」という本を出版し、そのなかで

「ほとんどの日本人は、中国人は欧米人よりずっと理解しやすいと思い込んでいる」

「実は、この先入観が大間違いなのである」

「中国人の本音が日本人にわかるはずがない」

「私は中国と日本をつなぐジャーナリストの仕事をしているが、しばしば、日本人の中国理解の浅薄さに慄然とさせられる」

と言い、中国人と日本人の違いを本音で語っている。

中国人と日本人は水と油

孔氏は日本人と中国人の違いを水と油に喩えている。

水と油は共に透明の液体であり、見た目は似ているが、中味はまったく異なる。

日本人は水のようにさらりとしているが、中国人は油のようにねちっこく、そして、水と油は絶対に融け合わない。

確かに日本と中国は古くから文化の交流もあり、髪も瞳も黒く、肌の色も同じで、文字は漢字を用いている。

両国民とも、お米を食べ、ハシを使う。

だから、、生活様式や慣習はもちろん、考え方や行動様式まで同じだと、日本人は思ってしまう。

孔氏は、これが間違いのもとだと言うのである。

確かに見かけは似ているが、中国人の生活や考え方の底を流れているものは、日本人のそれとはまったくといって違う。

たとえば、衣食住にも大きな違いが存在する。

中国人の生活は、椅子、机、寝台が基本で、立っているスタイルが主である。

これに対して、日本人の生活は畳の上に座ったり、寝たりが基本的スタイルというわけである。

食事も、中国人は必ず火を通し、なまものは食べないが、日本人は刺し身に象徴されるように、なまものが大好きである。

着るものも、日本人の着物のようなものはなく、中国人は上下ふたつ、すなわちツーピースが普通のスタイルと言うのである。

日本語と中国語は言葉の構造にも大きな差がある

言葉の構造にも大きな差があると言う。

中国語では「私は」「OOする」「**を」の順序で言葉を並べる。

主語、動詞、目的語の順で、この構造は英語の表現構造に近い。

これに対して、日本語は、「私は」「**を」「OOする」となり、主語、目的語、動詞の順となる。このことは意思の表現法の違いとも結び付いている。

中国人は、率直な表現を好み、動詞を先に持ってきて、自分がなにをしたいのか、相手になにを要求するのか明らかにする。

日本人は、動詞を最後に持ってきて、自分のしたいことを婉曲に表現する。

中国人は直言を好み、言葉のやりとりで、重要なことは、相手に自分の意思をはっきりとわからせることだと思っている。

だから、自分の立場や考え方をはっきり主張しないような日本人の言い方が理解できないというのである。

ましてや「沈黙は金なり」などという格言は、中国人にとっては問題外というわけである。敬語の使い方でも日本と中国では違いがある。

中国人はふたつの顔を持っている

日本人が中国人を理解できないもうひとつの理由は、日本人がひとつの顔しか持っていないのに対して、中国人はふたつの顔を持っているという点だと言う。

中国人と交流の経験のある方は思い当たるとおもうが、その中国人の二つの顔とは・・・

素直に恩を受ける顔と、突然勝手に裏切る顔、大歓迎するニコニコ顔と、すぐに冷たくなる顔、世話をしてもらった感謝の顔と、職場をホイホイ変わる恩知らずの顔、故郷に寄付を惜しまない大金持ちの顔に、一円玉も無駄にしない節約好きの顔、虫も殺さぬ君子の顔と、平気でののしりあいや喧嘩をする顔、友好第一の顔に、利益第一の顔、無愛想な役人の顔と、袖の下を渡してからの豹変顔、まじめな顔と、平気で遅刻したり、不良品をつくり出す顔、ケチの顔と、そうは見せない面子を守る顔、面子を死んでも守る顔と、契約はいっこうに守らない顔、このように、中国人はふたつの顔を上手に使い分けるのである。

本音と建前を誠にうまく使い分けるので、単純な日本人にはなかなか理解できないということになる。

中国人を理解する三つのキーワード

では、なぜ中国人はふたつの顔を持つかについて孔氏は、三つのキーワードを使って説明している。

その三つとは、「騎馬民族・大陸民族」と「乱世・貧困」と「社会主義・人治主義」である。

孔氏は、これらのキーワードが、現在の中国人を動かしている基本原理であると述べている。

そして、このキーワードを理解しなければ、永遠に中国人を理解出来ないというのである。

第一のキーワードは「騎馬民族・大陸民族」

中国人は「騎馬民族・大陸民族」であり「流浪民族」であると言う。

騎馬民族は移動を常とする。明日は見知らぬ土地へ行き狩猟を行う。

中国人は五千年の間、不安定な日々をさまよい続けてきた。

侵略もあれば戦乱もあり、生き残るためには策略にも長じなければならなかった。

これに対し、日本は「農耕民族・島国民族」であり、「定着民族」である。

まわりの人は皆知っている人で、侵略も戦争も少なく、生きるための策略も複雑なものは必要としないのである。

第二のキーワードは「貧困」

日本は経済的に繁栄している国であるのに対し、中国では今なお飢えている人々が何千万人もいて、貧困に苦しんでいる。

昔から「金持ち国」は「貧乏人」の気持ちがわからないと言う。

だから、「金持ち国」の住人、日本人には、「貧乏国」の住人の気持ちが理解できないのだと、孔氏は言うのである。

第三のキーワードは「社会主義・人治主義」

中国では近代的な法律が整備されてきたのは最近のことであり、今も人が支配する「人治主義」が幅をきかせている。

法律がすべての「法治主義」の日本とは大違いだと孔氏は言うのである。

そして、ソ連崩壊以降、その意味合いはずいぶんと軽くなったが、中国はいぜんとして「社会主義」の国であり、日本はそれと対照的な「資本主義」の国である。

このふたつは、ついこの間まで「冷たい戦争」をしてきた敵どうしなのである。

ここで、自分の国の尺度だけを持ち出して、推し量ろうとすれば、混乱は深まるばかりで、あげくの果ては、「なんで、こうなるんだ」という、相手を非難する結論しか出てこなくなってしまうものだと、孔氏は警告を発しているのである。

最近、中小企業の安易な中国進出の果て、トラブルとなり撤退を余儀なくされているケースが増えている。

文化の違いをしっかりと見据えたうえではっきりとした目的を持って取り組まないと大怪我のもとだと思うのである。

<以上>

そう言えば、奈良の拓殖大学の教授は「日中対立 文明の衝突」と言う論文を話しているようだが…

先に発表されていましたので、残念…

中国は共産党の一党独裁体制で拡大する貧富の差、党幹部の腐敗、情報統制、自国政府さえ選べぬ不満やら、この問題を抜きにして単なる思い付き発言は辞めた方が良いよ…