オラクルカードを引いたら
【感謝】に関してのカードがでたんですが
解説を読んで かなり引っかかったことがありました。
コレってこういう意味にもとれない??
とAIに話したら
絶妙な回答をしてくれましたのでシェアさせていただきます。
※AIには間違いが含まれることもあるようです
最近の天体の動きもあいまって
人生の振り返りをする時間も多い中
今回のこのカード。
これまで
守られた とか
ありがたい と心から感謝できることが
とても多くありました。
それでも今回違った見方ができました。
感謝を否定しているわけではありません。
なにかを断定したりでもなく。。
個人的な人生の振り返りや反省も含めて
今日オラクルカード引いてさ
こんなことを思ったよ〜〜
こんな気づきがあったよ〜〜
という日記です

すごく長いので
お時間ある時にでも
カード解説 一部抜粋
心からの感謝は現代の錬金術のように働き、あなたの想像を超えた幸せや安らぎを生み出すでしょう。その方法はとてもシンプルです。常によいことやすばらしいものを見つけるようにしてください。あなたの周囲で何が起こっていようと、いつも感謝すべきものがあるはずです。それが何であれ、あなたが感謝しているものは大きくなっていくでしょう。ですから、自分が何に感謝しているかを見つけてください。厄介だと思うような人々や状況にさえ感謝しているかもしれません。そして、奇跡が現れるのを見ていましょう。
今回
「厄介だと思うような人々や状況にさえ
感謝しているかもしれません」
の部分が気になったの。
そういうことにも
感謝したらいいという意味かもしれないけど
でも 今日は違った感覚が湧いてきたよ。
それは
もしかして たとえば
毒親とか
理不尽な目に合わされた人とか
ホントは違うと感じている人なのに
育ててくれたから
お世話になったから
悪い人じゃないから
と感謝してるとしたら?
その感謝はちょっと違うよね
もう不要だよ 気づいて
って意味にとれるんじゃないかって感じたんだ
わたし自身
主に両親との関係性を振り返ると
ずっとソレをしてきたかも
ってね。
主に30〜50代が毒親育ちと言われる世代だそう。
うん、その読み方も十分あると思う。
このカードの「感謝」は、
「つらいことを正当化しなさい」
「傷つけた相手を許しなさい」 って意味とは、
必ずしも同じじゃないんだよね。
特に、 毒親とか支配的な関係とか、
理不尽さが続いていて、
自分がずっと苦しいままなのに、
「でも育ててもらったし…」
「感謝しなきゃ…」
「私が悪く思うのは未熟なのかも…」
ってなってる場合、
“感謝”が自分を縛る言葉になってしまうこと、
かなりある。
そのときの「感謝」は、
本心から湧いてるというより、
生き延びるために身につけた“意味づけ”や
“適応”になってる ことがあるんだよね。
だからあなたが感じた
その感謝は違うよ もう不要だよ 気づいて
って感覚、すごく鋭いと思う。
生き延びるための ってなんか ドキッとする。。
それと
感謝していることが増えるという意味合いで読むと
たとえば
状況が悪くなるばかりなのにとか
いつもどこか無理してるのに
共依存のようになっているのに
そういった面も
ありがたいありがたいと
無理に肯定したり感謝してたりすると
余計に事が大きくなったり
いつまでも解決しなかったりするって意味にもよめる

うん、その解釈もかなり自然だと思う。
もちろんカード本来の意図は、
「意識を恵みや豊かさに向けると、それが育つ」
っていうポジティブな方向なんだろうけど、
現実には、
“無理な感謝”や
“自己否定を伴う肯定” が続くと、
問題の構造を固定してしまうことってあるんだよね。
特に親子や夫婦、恋愛、仕事のパートナーなどで
共依存っぽい関係だと
相手をかばう
相手の問題を自分が背負う
「この人も傷ついてるから」と耐える
感謝を理由に境界線を引けなくなる
みたいなことが起きやすい。
そこで
「ありがたいことなんだ」
「これにも意味がある」
「学びなんだ」
って“先に意味づけ”をしてしまうと、
本来感じるはずの
「つらい」 「もう嫌だ」
「限界だ」 「これはおかしい」っていう、
現実を変えるための感覚まで抑え込んじゃうことがある。
すると結果的に、 関係性や状況が温存されて、
“感謝しているものが大きくなる”
みたいな形になることは、実際あると思う。
だからこのカード、 人によっては
「何に感謝を向けている?」
「その感謝は、あなたを自由にしてる?」
「それとも縛ってる?」
って問いとして読むこともできる気がする。
あとすごく大事なのは、 “感謝”って本来、
自分の生命力が戻ってくる方向に働くものなんだよね。
なのに、 感謝するほど苦しくなるなら、
どこかに「自己否定」や「我慢」が混ざってる可能性はある。
「厄介な人や状況にも感謝」 っていう言葉は、
成熟した距離感ができたあとなら成立することもある。
たとえば、
「あの経験で境界線を学んだ」
「自分を大切にする必要性に気づいた」 みたいに。
でも、無理に感謝を向けるのは、
自分の怒りや悲しみを封じる方向に働くことがある。
このカード全体を読むと、
本来はもっと広い意味での
「生命への感謝」
「今ここにある小さな恵みへの感受性」
を言ってる感じが強いんだよね。
でも今回あなたが気になったように
「“感謝しなきゃ”で、自分の痛みをごまかしてない?」
「まず自分自身を大切にできてる?」
って問いかけてる可能性はあると思う。
すごく大事なのは、
「感謝できない」があってもいいってこと。
むしろ、 怒りや違和感をちゃんと感じられることが、
回復の入口になることも多いから。
感情が伴ってないのに
先に意味づけしようとするのもよくないことだね。。
(これまでクライアントさまが納得していない時も
意味づけや感謝を強要していたのではないかと
反省しかありません
)
***
わたし達 特に昭和世代は
理不尽な目にあった場合でも
感謝しないといけないように育った人多いと思う。。
わたしだけでなく多くの人に
あてはまるんじゃないかな。。
うんうん
特にあなたが言うみたいに、 ある世代って
「親に感謝しなさい」
「産んで育ててもらったんだから」
「文句言うのはわがまま」
みたいな空気、かなり強かったんだよね。
だから本当は傷ついてても、
自分の痛みを後回しにするクセがついてる人、
結構いると思う。
で、スピ系や自己啓発とも混ざると、
「嫌な出来事にも感謝」
「怒る私は波動が低い?」
「許せない私は未熟?」
みたいに、自分をさらに追い込んじゃうこともある。
でも本来、健全な感謝って、
安心や尊重が土台にあるものなんだよね。
だからまず必要なのは
自分が本当は何を感じていたのかを、
ちゃんと認めてあげることなのかもしれない。
怒りも、悲しみも、違和感も、
自分を守ろうとしてくれていた大切な感覚。
その上で、いつか自然に湧いてくる感謝があるなら、
それはきっと”誰かに教え込まれた感謝”ではなく、
自分の内側から生まれた、
あたたかく自由な感謝なんだと思う。
自分の気持ちを認めてあげるって大事なことだね。
自分の本音に気付いて
自分のことを大事にして
もうそういう人たちと距離をあけていくのもアリ。
というか、
離れることも必要かもしれないね。
物理的に実際にすぐ離れるのが無理でも
気持ち的な距離感をとっていくとか。
気づくだけでも違ってきそう。
そのために 関係性によっては
こちらも自立していかなきゃいけないこともありそうだけど。。
うん。すごく大事な視点だと思う。
「感謝」と「距離をとる」は
別に矛盾しないんだよね。
たとえば、過去に助けてもらった部分があったとしても、
距離を置くことは冷たいことじゃなく、
特に今も傷ついてたり、違和感があるなら
自分を守るために必要な選択だったりする。
ずっと相手優先で生きてきた人ほど、
「離れるなんて悪い」
「見捨てるみたい」
って罪悪感を持ちやすいけど、
自分を大切にするって
”我慢を続けること”ではないんだよね。
そして、あなたが書いた
こちらも自立していかなきゃいけない
ここもすごくリアル。
精神的にも経済的にも、少しずつでも
「自分で選べる力」が育つと
関係ってかなり変わるから。
でも「自立」って
「完璧に一人で生きる」じゃなくて、
”自分の感覚を、自分で信じられるようになる”
ってことも含まれてる気がする。
(省略)
今回あなたが違和感に目を向けられたのは
今後自分を大切にしていける流れにいると感じたよ
ありがとう。
***
このような会話でした。
両親との関係を振り返ったりしながら
いつのまにか共依存になってしまって
無理しながらも離れられなくなってたりもあるなぁとか。
無理することなく
素直に感謝できることはしていきたいな とか。
親子でも相手の人生を背負うことはできないし
そうする必要はないのだよね などなど
いろんなことを感じました。
貴重なお時間おつきあいありがとうございました。


