謝花:
今回の曲ですが、どのような経緯というか、変遷で決まったんですか?
市川:
出勤前の時間にLINEで・・・。
松永:
これはどう?っていう候補をブワーって流して(笑)。
市川:
王道とはちょっと違う、珍しいものを挙げて頂いたんですけど・・・10曲以上ですかね?
松永:
んー、何か色々書いて・・・。
市川:
それをノートに入れてもらったんですけど、(メモ・フローラが挙がったのは)その後でしたよね。
松永:
そう、最初は入っていなかった。
謝花:
僕も候補が書かれたノートを見せてもらったんですけど、どれも知らないし、あの・・・
松永:
何だよ、みたいな(笑)。
全員:
(笑)
市川:
その時点では私に合う合わないはひとまず横へ置いて、とにかく挙げて下さったんでしたよね。
松永:
そう、合う合わないじゃなくて、ちょっと変わった曲で、出来るかどうかのギリギリの範囲で挙げた。向き不向きはあんまり関係なく。
謝花:
僕は市川さんに合うか合わないかという視点で考えていたから、(初見大会で演奏した)ベートーヴェンの4番をもう1回かなとか、冒険してもグリーグとか?って思っていただけに、(リストを見せられて)「え?」って。
その後で(松永さんが)「メモ・フローラとか出来たりせんかな…」って仰って。
松永:
そう、吉松(メモ・フローラ)を思いついたのが3月だった。
市川:
そんな後でしたっけ。
松永:
そう、そんくらいだった。
「精一杯頑張って弾きました!」で終わらない曲がしたい
謝花:
これ(メモ・フローラ)を思いついたキッカケって、何かあったんですか?
松永:
何かね、3/5あたりに飲んでて、その時に思い付いたと思う。
謝花:
O-PaSの本番直後でしたっけ?
松永:
いや、本番前。3/4にO-PaSのリハをやって、その後に何か知らないけどオレの中で盛り上がった感じ。
謝花:
突然来たんですね。
市川:
私はその時点で全然知らなくて。吉松さんのお名前はデジタルバード組曲とか著書の名前とかで知っていたけど、協奏曲の存在自体知らなかったですね。
謝花:
僕も・・・協奏曲はサイバーバードくらいしか知らなくて、ピアノ協奏曲を作っていることも知らなかったです。で、言われて聴いてみると、確かに合うなとは思ったし・・・
市川:
(私が)弾いてそうやなって。
謝花:
それは思いました(笑)。
松永:
演奏会が始まって、拍手の中を未来ちゃんが出て来て弾いてそうなイメージは何となくあって、割と良いんじゃないかって。
元々この曲は、田部京子さんのために書かれた曲で、田部さんのピアニストとして持っている能力というか音を活かして書かれている曲だけど、その中で未来ちゃんにもそういう側面があると思ったので、それを上手く活かした良い演奏ができるだろうって思って、ふと湧いてきたかな。
で、他の曲も色々な理由があって挙げたけど、バルトーク(ピアノ協奏曲第3番)は難しいし、ヴィラ・ロボス(ブラジル風バッハ)は結構大変で運動会みたいになっちゃうし。アンダーソンは結構良いんだけど、ライトなイメージが強いかなって・・・。
市川:
「精一杯頑張って弾きました!」で終わらない曲がしたいな、とは思いましたしね。
謝花:
確かに候補曲のリストを見ると、技巧的なフレーズが多い曲が結構あって、(そういった曲を選ぶと)それに終始してしまうのかなとは思いましたね。その中で吉松さんは異色というか、オケと紡ぎだす曲想というか・・・
松永:
ちょっと迷ったのは、オケ曲でラフマニノフ(交響的舞曲)を取り上げる事が決まっていたから、敢えて編成を小さい曲にするのか?っていうのはあったね。金管の乗り番がラフマニノフだけになる人も出てくるから。ドホナーニ(きらきら星の主題による変奏曲)も聴き映えするし良い曲で、編成的にも(交響的舞曲と)近いから迷って。
チャイコンとかやりたい?って聞いて「やりたくないでーす」って返って来た時にはめっちゃウケた。
全員:
(笑)
市川:
そう・・・やっぱり男性的というか、大きな体と手を持つピアニストこそが似合う曲だと思えたし、それをわざわざ凄い小さな手で演奏するのか?って。
松永:
で、結局決めたのが3月の頭だったかなー。
謝花:
それを受けて、確かスコアを手配してお二人に持って行ったのがO-PaSの本番日(17/3/11)で・・・
松永:
そうだよね、その時点で吉松さんでやろうかって流れには大体なってたよね。
謝花:
そうでしたね。一応、こちらとしては本決定は6月末で良いと言いながら、スコアもCDも買い・・・。
市川:
最終的にはこれって決まった訳じゃない時に・・・。
謝花:
こういうの(メモ・フローラ)もあるんですよって、研究用の名目で買いました。
市川:
でもこれは進むしかないんじゃないかなって。導かれるというか・・・
松永:
出来レースみたいな(笑)。
謝花:
確かに・・・。
ただ、これをやろうかって言いかけていた当時ってピアノリダクション版がまだ無かったから、選んだところで本当にできるのかってあったんですけど・・・
市川:
それが問題だったのが・・・
謝花:
「(ピアノリダクション版が)出ますよ!」って情報が入ってきたんですよね。
市川:
タイミングが良過ぎて(笑)。
松永:
そうだね、そういうこともあったから、上手いことね。
市川:
(出る旨が公表された)日付もなんか、ね・・・。
謝花:
ピアノリダクション版自体が出たのが4月くらいでしたけど、その情報が公開されたのが、実は2017年の2月17日に・・・
市川:
吉松さんのブログに載っていたっていう。
謝花:
ちょうど本番の1年前だったから。これはやれと言われてんじゃないの?って。
全員:
(笑)
Pf:市川 未来
聴く人に映像を想像させる演奏がしたい
謝花:
で、この曲に決まって、楽譜なりスコアを本格的に読み込んだときは、どう思われましたか?変拍子が多かったりしますし・・・
松永:
どうだろう・・・オレは結構早い段階から譜面を見せてもらったりしたから、日々の通勤で見聞きしつつ、家で読み込んだりできたなぁ。(市川さんは)逆にちゃんと読んだのって最近だよね、モーツァルトがあったから。てかこの話が決まった後にモーツァルトの方が決まったんだよね?
市川:
そうですね、直後くらいに。
松永:
そして何故かソリストとして2曲演奏するっていう。
謝花:
アレはびっくりしました。
松永:
えぐいなーと思いながら。
謝花:
アレを終えてからこちらをさらうって相当の負担ですよね。
松永:
さぞかし色んな苦労があったのではないかと・・・。
市川:
譜読みは・・・まず、音の高さやリズムとかを読むことにそもそも時間が掛かってしまいました。予想が付かないのと、ハーモニーとかも1つ1つ追っていく感じで。
ただ、吉松さんの他の曲を前に弾いたときもそうだったんですが、予想できない動きもこう来るよね、というように手の流れに沿っているというか、弾いてるうちに自分の中にすとんと収まって行く瞬間があって。最初に聴いた時には変拍子とかを感じさせなくて、本当にただただ美しいと思ったし、最終的にそういう風に聴こえる演奏がしたいですね。
松永:
変拍子は、吹奏楽とかやっていたらこういうのは小慣れている事が多いし、特にコンクールとかに出ていれば、そういった変拍子な曲に出会う事って結構多いとは思うけど、それらに比べれば規則性に従って書かれているし、そんなに変な所は無いんだよね。田部さんの誕生日だけは例外で(笑)。
でもそれ以外の所は拍子が決まっていて、偶然性が無いというか、パターンは決まっている。曲を読み込んでいっても、ハーモニーとかスケールも大体決まっていて、凄く旋法的に書かれているから、そういう点を読み解いていけばさほど難しくは無いのかなと。
松永:
ただ、ピアノがかなりソリスティックに扱われている面もあれば、オーケストラと一緒に動く面もあって、その両立をしなきゃいけないのが双方にとって難しい。でもそれが本来の、バロックから古典派に入るくらいの協奏曲の書法というか、本来の協奏曲のスタイルで書かれている感じはするね。時代は全然違うけど、実は結構似ているというか。
変拍子に感じないように・・・と、未来ちゃんが言ってたけどそれは当然で、ぎくしゃくした聴きづらい曲になっちゃったな、っていう演奏になったら失敗だと思うし、やっぱり流れるような感じの演奏をしなきゃいけないなと思う。
市川:
田部さんのために書かれた曲で、田部さん自身の演奏があって、しかも作曲家自身がそれを聴いたというので、何となく(吉松氏の)お墨付きの演奏が存在してしまっているというか、そこに「答え」があるような気がして、凄く意識はしてしまうんですけど、それの真似になるんだったら演奏する意味がないし、楽譜を出版する意味すらないと思うんですね。
楽譜を世の中に出したということは、作曲家も様々な演奏がでてくることを願っていると思うので、私の色を出していけたらなと。
松永:
そうだよね、どうせやるからにはね。(シャンドスのCDは)やっぱり凄く良い録音ではあるんだけど、音楽って同じCDを聴いて常に良いと思うとは限らないじゃない?そうじゃなかったら世の中に同じ曲の違う演奏は存在しないと思うし、今日はこの演奏が聴きたいとか、バーンスタインの気分じゃないとか色々とあると思うんだけど、それと同じで、2/17の本番がどうなるかは分からないけれど、あまり本番の会場が響かないとか考えながら、今日はどういう風にしようかなってって思いながら作るのが楽しいんだと思うしね。
逆説的に、あの録音で不満な点はある?今のところ、世の中には録音がアレしかないけど。
市川:
不満っていうか、(CDとは違う)こういうイメージで弾きたいなっていうのは少しだけ、自分の中ではあるんですけど・・・
松永:
それが、それとは違う演奏というか、世界が出来そう?
市川:
ボストン美術館展を観に行った際に、モネの『睡蓮』を凄く良いなって思って見たんです。睡蓮だから花が描かれている風景の絵ですよね。で、この曲も「メモ・フローラ」だから花に関するタイトルで、花そのもののイメージで考えていたんですが、この絵画を見た時に、当たる光とか風とか、聞こえる音(鳥の鳴き声など)だったり、そういう周りの空気感を含めて迫ってくるものがあったんです。時の流れは絵画にも感じるんですけど、時間芸術って言われている音楽の方が絶対そういった表現が得意なはずなので、周りの風景というか、空気とその移ろいも含めた表現がしたいなと思いました。
松永:
この曲は、どこに何の花を植えようかっていう宮沢賢治のメモ書きからインスパイアされたものなんだけど、その時に1つの花の種類にクローズアップするのか、その1つの花の構造にクローズアップするのか、あるいは時間帯や季節を考えるのかとか、それこそ(以前に初見大会で伊藤さんが演奏した)フランセの花時計にも繋がるイメージだと思うんだよね。
で、最終的には花壇全体がどうなるのか、その花壇をどう見るのかというあたりも想像できるのかなぁと。
市川:
花時計をやってからの、メモ・フローラで。しかも企画者が謝"花"さんで・・・
謝花:
偶然にしては出来過ぎていますよ(笑)。
松永:
このネタは絶対に(対談に)入れろよ(笑)。
市川:
盛り込んでいきましょう(笑)。
松永:
じゃあ今度は花の章をやろうか。
謝花:
そっちですか(笑)。
市川:
選曲の決め手は「"花"が付いているかどうか」っていう(笑)。
松永:
まぁそれはそれとして、そう考えた時に、1つの生物としての花というよりは、その花がどういうところで過ごしているか?みたいなことを書いているような気がするよね。ただ、2楽章だけ全く違うのは、2楽章はその花がどういう暮らしをしてきたのかというのを書いている感じがする。NHKのドキュメンタリーでも3部構成で中間部は人の過去にスポットを当てたりする感じだし。
市川:
繊細さもあり・・・
松永:
花の人となりというか・・・花の人となり?(笑)
謝花:
確かに2楽章だけはタイトルが”Petals”で、「花弁」なんですよね。
松永:
そうだよね。だからやっぱりこの楽章だけは花にクローズアップした時に見える発見というか、そういう感じに思える。
市川:
別の情景が見えるというか・・・。練習のときに松永さんが、曲中のある部分について「ここは花弁が水の上にピチョンって落ちてくる感じ、ここはすっと横に流れるような感じ」って仰っていて、凄く素敵な表現だなと思って。全部が情景音楽だとは思わないですけど、聴く人に映像を想像させる演奏がしたいなと・・・。
松永:
そんなカッコいい事、どこで言ったっけ?もう1回録音聴き直そう(笑)。
(この後、該当箇所を発見して腑に落ちた。)
Cond:松永 健司郎
松永:
それにしても鳥が出てくるねー。
謝花:
吉松さんは鳥が出てくるのが多いですよね。
市川:
でも猫好きですし。
謝花:
猫と鳥が好き・・・。本来相受け入れない気がしますけどね。
鳥で思い出しましたけど、1楽章のbird songsと銘打たれた箇所とかは表現の仕方が大変そうですよね。2楽章(にもあるbird songs)もそうですけど・・・。
松永:
でも何となく良い感じではあるけどね、練習録音を聴いていても「大丈夫そう」って。
市川:
そうですね。
松永:
後は「ここをもうちょっと出そう」とかいう程度のことがもう少し出てきたらね。
市川:
縦の線にあまり決まりがない箇所なんで、逆にどこまでの自由が許されるか少し様子見になってしまいましたが、毎回違った鳥の声が奏でられたらと思います。
松永:
それよりも3楽章が、上(高音域)が難しいんだよねー、最後の方のページはね。
市川:
そうなんですよねー。
松永:
とりあえず、聴こえないのに難しいっていう、良くあるパターンなんだけどね(笑)。
謝花:
田部さんも弾いてないんじゃね?みたいな音符もありますよね。(3楽章最後の3連符は)本当に連打してんのか?って。
松永:
でも聴こえるとカッコいいよね、これは。
市川:
うん、それカッコいいです。
松永:
まぁこういう所は諦めて(笑)、特に鳥の声とかを聴かせられればね。
市川:
後、1楽章の最後の方も怖いですね。テンポから外れると、自分がどこにいるか分からなくなるというか・・・
松永:
あー、でもそれはあるんだよね。凄い難しいのにテンポからどれくらい外れて良いのか・・・
市川:
そう、それが・・・でも自由度は絶対あるはずなんで。
松永:
まぁフレーズ単位で合わないと辻褄が合わなくはなるよね。難しいところだよね。この辺の書き方としてはミニマルで、ミニマルの大前提としてはテンポやグルーヴ感が一定なんだけど、それに終始していないのが吉松さんの良さなんだよね。ミニマルな中にも流れはちゃんとあって、その流れがズレたりはするんだけど最終的には一緒になっていく。方法論としては反対の事をやっているような気がしていて、最初が1つのものがだんだんズレて複雑化するのがミニマルの書き方だと思うんだけど、そうじゃなくて皆がバラバラに入っていって、気が付いたら1つに纏まっている。それが面白い。そういう意味ではテンポ通りでやって良いもんじゃないけど、まずはテンポ通りでできないと最終的にもできないんだよね。フレーズを読み間違えないで精確に演奏して、周りと合う合流地点をちゃんと読み切らないと難しい。
市川:
テンポに頼らずに、色彩とか音の温度でも変化がつけられるように・・・。
松永:
そう。後、ハーモニーがちゃんとタイミングよく変わっていれば良いと思うんで、その間は自由でも良いのかなとは思う。
最低限、2小節単位で流れができているから、それを掴めばね。確かにテンポの問題は難しいなぁ。
市川:
うーん、最初の方は結構怖がっているような感じになってしまって、踏み締め過ぎたかなと。
松永:
そうだね、もうちょっと流れるようになれれば大丈夫かなぁ。
松永:
何というか、敢えてこういう跳躍とか譜面を書いていると思うんだけど、良い意味で平均的に鳴らせると良いと思うんだよね。ピアノの特性上、特定の音域が鳴ったり鳴らなかったりする中で、全部の音が平均的に鳴らせるというか、良い意味でメカニカルに鳴らせるようになれば割と面白いのかなと。テンポについてもダイナミクスについても一定でするのは、デジタルバード組曲でもそう書いているとは思うんだけど、敢えてメカニカルな書き方にする事で、メカニックな物と生身の物との対比で、お互いに自身の良さや美しさが際立つのかなと。それが吉松さんの音楽の良さだと思うしね。弦楽器の伴奏もずっと同じような感じだし。
謝花:
どことなくシンセチックな感じがしますよね。鍵盤を押したら音が鳴る、みたいな。0か1しかない感じ。
松永:
鍵盤を押したら光るやつみたいな、そういうイメージがあるね。そういう対比って思うと、オケ側もイメージしやすいのかなと思うね。
スコアを見ながら、今回の対談をして頂きました。