ランチの続き・・・
次はBコース
伊豆大川駅~伊豆稲取駅を歩きました![]()
※伊豆高原駅~伊豆大川駅間はコースが
土砂崩れで通行止めのため電車移動となってます
【データ】
距離:15.5km
目標時間:2時間49分
【記録】
所要時間:2時間47分
とりあえず、なんとか目標はクリアしました![]()
疲れが出てペースが全然上がらなかったです![]()
では・・・
伊豆大川駅 12:40 出発
↓
伊豆稲取駅 15:27 到着
という具合に歩いてきました![]()
(今回から各駅に立ち寄る必要がなくなりました)
そして途中で見た景色です
ぼなき石です
江戸城修築の際、運び残された築城石です。
この石は250cm、東側小口幅121cm・高さ122cmの安山岩で城郭用の天端石といわれています。
上部には「羽柴左衛門大夫口」と刻まれており、安芸広島城主福島正則がこの地域に採石丁場を設けその役を果たしていたことがうかがえます。
昭和55年に町の文化財に指定されています。
北川港です
ここもダイビングポイントですが
全然潜りに行ってません![]()
大田道灌と猿の像です
「七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき」
大田道灌が狩の先で雨に見舞われ田舎家に蓑を借りに行ったところ、貧しそうな娘が出て来て花が付いた山吹の一枝を差し出して詠ったのが冒頭の和歌だ。
道灌先生、娘が何を言っているのか全く分らず、後に山吹には花は咲くものの実が付かないことと、貧しくて貸したくとも蓑すらない暮らしぶりを、「蓑」と「実の」に掛けて詠ったと理解し、「拙者は歌道に暗い」と恥じて、やがて文武両道に秀でた武将になったと言う故事があった。
その舞台がなんと「伊豆熱川」だと言うのだ。看板には
「この熱川温泉はその昔武将大田道灌が、和歌に因む天城山の巻狩りの折り猿が川面より立ち昇り海へ注ぐこの濁り川を見い出し、川辺に立ち止まると猿や猪が集り、川のほとりに湧き出る、この湯にて、その身を癒す姿を垣間見て“熱い川”を「熱川」と命名し自らも巻狩りの疲れを癒そうと湯欲みをすると立ち所に身体中に生気漲り、この恵みに吾と我が身を凝った神のご加護厚きこの地より、江戸城築城のための築城石切り出しを決意した。江戸城築城の槌音が村人の歌声と共に野山に響き渡り村人達は皆こぞって築城石をこの地より切り出し御石曳きの行列は港へと連なり、数多の船が築城石を江戸へ運んだと言う、歴史的大偉業がこの地より始まった。(一四五六年)」とある。
伊豆大島です
はりつけの松です
その昔、身分の離れた恋仲の二人がこの松の下で身分差を書かれた龍淵院の戸籍を焼き自らも海の藻屑と消えたという恋の話が残る場所です。以来、いつの日からか、この松の「まつぼっくり」を恋愛や夫婦 円満のお守りとして待ち帰る人が後を立ちません。
道路にいた鳥です
なんて鳥だろう![]()
風力発電施設ですね
山の上にいっぱい並んでました![]()
コースから見た片瀬白田の町並みです
かなり高いところまで来ました![]()
稲取港です
金目鯛で有名ですね![]()
畳石です
東伊豆町指定文化財のこの築城石は、稲取の「畳石」として古くから知られている。石の側面に「御進上松平土佐守十内」と刻記されており同様の築城石が町内に10個ありその内の代表格の石であることを示している。
徳川家康の命令で慶長10年(1605年)から始まった江戸城大修築は、三代将軍の家光の頃、嘉永13年(1636年)まで続きほぼ完成した。その時、課役大名の土佐藩主山内忠義の石丁場が稲取に置かれ、数多くの築城石を採取し「百人持の石」2240個の完納に努めた。今に遺るこの石は、土佐藩に対し採石命令が下った際それに対応するため準備された石である。
AコースからのBコースは距離的に去年初挑戦したんですが
今年は暑い時期だし足ももつかメチャクチャ不安でした![]()
とりあえず35.2キロ完歩出来てホント良かったです![]()
終わり![]()












