【超短編小説】『アナザー・プロテクト』【コメント歓迎】 | ウルトラ・フリップフロップ(元タイトル:不正解)

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   アナザープロテクト

   Chapter.1

 硬質な装甲で埋め尽くされたこの街は、装甲の漆黒と、十数年前の《事件》以降昇らなくなった太陽と、そこかしこの有機EL発光体によって、独特の様相を醸(かも)し出している。こんな状景はこの街以外では見られまい。空を満遍(まんべん)なく覆う暗雲の下(もと)、密会を果たす男女の姿がとあるビルの屋上にあった。

 緑の光に照らされた男女は2人とも軍服を着込み、決して愛の逢瀬(おうせ)を目的としたランデブーではないことが伺(うかが)える。この世界から《会話》が消えて、もう久(ひさ)しい。この暗視ゴーグルをもってしても、音声を介さず交わされる会話を聞き取るのは不可能だ。

 しかし会話自体にはそもそも期待していない。今日この場で女から男に受け渡されるアイテムにこそ、こうして隠密(おんみつ)行動に出た意味がある。隣で《コードネーム=フェレット》が銃のスタンバイを開始した。観測対象の男女同様、彼女と私の間にも音声は交わされない。
「スタンバイ完了」
「認識」
 彼女の無音の報告に私は応答した。タイミングが来れば、彼女の銃から放たれた一直線の電撃が女の持っている記憶ドライブを灰にすることだろう。

 しかし、予想だにしない出来事というのは、いつ何時でも起こるものだ。

 女が懐から取り出したのは、記憶デバイスではなく銃だった。女はその銃の引き金を引いた。男が倒れる。男の胸には電撃が貫通し、もう息はない。死体を示すホログラムが暗視ゴーグルの画面に表示される。

 《コードネーム=フェレット》が銃を下ろした。記憶デバイスの受け渡しが行われない以上、迂闊(うかつ)に手は出せない。


Chapter.1《end》