感性、感受性の問題

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腱鞘炎が注射でだいぶ楽になりました。

この注射って、痛み止め?だよね?
てことは、根本解決ではない?
まだ炎症してるのかね。。。

そんな中でも、溜まりまくった仕事は待ってはくれない。お尻に火がついた字幕作りをやる。

来月の門下演奏会のプロデューサーである私。そして字幕制作者でもある。

昨日は「修道女アンジェリカ」の《母もなしに》の字幕を作っていたのだけど、もはや書きながら涙しか出ない。抱くことも許されなかった子供が死んでしまったアンジェリカ。子供を亡くすというのは母親にとって自分の心臓をもぎ取られるよりも苦しいことだと思う。

私は、字幕作る時に曲を聴きながら楽譜と訳とにらめっこするのだけど、曲が流れてきたところでもう泣いてしまう。

この曲を歌ったのはもう4年か5年前のこと。まだ妊娠とか流産も関係なく生きていたからこそ《想像》の中で歌っていた。

だけどもうダメだ。未熟な歌い手だから、《歌う》という技術的なことよりも感情が溢れて全く歌えない。頭から涙ボロボロでは声は出ない。

実家で寄生虫になってる(何度も言いますが、ほぼニート生活ゆえに《寄生》ねw)ので、泣きながら字幕を作る私を見て、

「あなたも母親になったのね。歌う幅が広がったね。」

と言った後、

「いや、歌えない曲が増えたのか(笑)」

とのこと(笑)

感性の問題?感受性の問題?

よく分からないけれど、生まれない子供と生まれた子供を持つから感情が溢れてしまうのかも。少なくとも一回は本番で歌ったのに。

感情のコントロールができないのは産後だからということにしとこう(笑)

ところで、今日あたり発声をしてみようと思います。実にまともに声出すのは3ヶ月ぶりくらいになる。

すっかり声楽の体型ではなくなってしまい、随分前に失った《女性的くびれ》がよみがえっている。。。それはそれでいいんだけど、歌えないね。

発声ついでにsenza mammaを口ずさんでみようか。

泣くね(笑)