ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド | 映画物語(栄華物語のもじり)

映画物語(栄華物語のもじり)

「映画好き」ではない人間が綴る映画ブログ。
読書の方が好き。
満点は★5。
茶平工業製記念メダルの図鑑完成を目指す果てしなき旅路。

★★★☆☆

 マルゲリータをピッチャーで飲む話。やってみたい。

 

何も知らずに見たので

 最近は映画も映画以外もほんとご無沙汰で(余分な一言)、イオンシネマの株主優待券があったから重い腰を上げてイオンシネマに行ったときにちょうど始まりそうな作品という基準だけで鑑賞した作品である。そのため、予備知識どころか、監督がクエンティン・タランティーノだということすら知らずに鑑賞したので、開始当初はタランティーノ作品の独特なノリにあんぐりしながら観た次第である。心構えがなってなかった。
 
 まあまあ面白かったのだがいろいろと謎が多かったため鑑賞後にいろいろと調べてみたら「シャロンテート事件」という実際に起こった事件をモチーフに描かれた作品であるとのことで、映画マニアではないし詳しくもない私には実は結構ハードルが高い作品であったことを後になって知った。それでもまあまあ面白かったのだから、タランティーノ監督すげーという話なのかもしれない。
 
 ただ、何も知らないと不思議というかラスト以外はとりとめもない話のように感じるので、ポスターで輝くブラピとレオ様につられてなんとなく映画デートの際に選んだようなカップルにとっては、キャストの豪華さに反して派手さもなく退屈に思えるかもしれない。私も精神状態によってはそう見えたであろう。この日はたまたま元気であったので、眠くならなかった!
 
 というか、この事件のことを全然、まったく、これっぽっちも知らずに観た私は「なんでずーっとレオ様のお隣さんのことを意味深にちょくちょく挟んでくるの?」とずっと疑問のまま物語終盤までいき、歴史改変という思い切った偉業を成し遂げたラストにも、ただヒッピーがレオ様の火炎放射によって火あぶりにされて死ぬシーンを「ああ、タランティーノっぽい」と思っただけで、そこにそんな大それたものが込められていることなど知る由もなかったのである。
 
 そういう意味では、私がいまいち馴染めない「映画好きが喜ぶ映画」という感があり、反逆精神の塊である私は、いろいろなことを知るにつれむしろ冷めていく部分もあったというめんどくさい人間である( ´Д`)y━・~~メンドクセー
 

ファミリーってきくとワイルド・スピードのハゲリータ達を思い出す

 「マンソン・ファミリー」と呼ばれたカルト集団がいて、LSDとフリーセックスで集団を束ねていたマンソンという男により起こされた事件が「シャロンテート事件」である。というのが自分への備忘録である。
 
 この事件のことを調べて、初めて意味のわかるシーンがいくつかある。特に、物語中盤に謎の男がレオ様のお隣さんを間違って訪ねてくるシーンがあるのだが、その男こそがマンソンであったらしい。というか、マンソンはこのシーンにしか登場しない。あとは束ねていたヒッピー集団とブラピがトラブるだけである。
 
 この事件をすでに「映画史の史実」として知っているような映画好きな人たちにとっては、最後ブラピがタランティーノ節全開でこのヒッピーたちをとんでもなくボコボコにして殺すシーンは、「本来では叶わなかったことを実現させる」シーンとして、溜飲が下がるものであるのかもしれない。なんならタランティーノ自身の願望を表現したものなのかもしれない。いや、マジでボッコボコにするのである。「そんなにこのシーン長く要る?」というくらい、ブラピがひたすらボコボコにする。そして仕上げがレオ様の火炎放射である。
 自分の過去を振り返った時、「あの時のあいつを思う存分ボコボコにしていたら……」という想いの一つや二つは誰にでもあると思うのだが、それを自身の作品上で実現させたかのようなボコボコぶりであった。常人は自分の頭の中でしかムカつくやつ(過去)をボコボコにできないが、映画監督だと映像にすることができるのである。
 
 日本の歴史改変ものだと真っ先に浮かぶのが「本能寺の変で信長が生き延びた」だが、これはロマン重視である。「信長が生き延びてたら日本はどうなっていたのかな〜?」という歴史ロマンから生まれる発想であり、正直信長が殺されたことに現代人は安堵することも憤怒することもないだろう。
 
 だがタランティーノがやった歴史改変は、「ムカつくからボコボコにする」という、怒りを払拭するための非常に単純なものであったように見えた。いわれなき暴力・狂気を、完膚なきまでに叩きのめすという形で、映画は終わる。現実は暴力と狂気に屈してしまったのだが、そんなことは許さないという、ある意味でのこれもロマンだと感じる。非常に人間らしいロマンである。
 

二人とも良いヤツ

 私が個人的に本作で良かったと感じる点は、レオ様もブラピも基本的に良いヤツであった点である。特にレオ様の役どころは、単純に考えればブラピを軽んじるような軽薄な元売れっ子という人物造形になりそうなところを、ちょっとアゴで使いつつも基本的にはブラピのために仕事を見つけてあげようとしたり家で一緒に夕飯を食べるのに誘ったりと、好き好きムードが溢れ出ていて信頼感が溢れ出ていた。ブラピも、こんなヤツほんとにいたらとんだスカし野郎だと思うくらいニヒルな感じでありながらも、レオ様のために一生懸命働いていた。よいバディものであるのである。
 私は基本的に観ていて安心な「ザ・ハリウッド」な映画が好きなので、その点変に不安を煽られなくてよかった。レオ様が子役の女の子にとても真摯で優しいところもよかった。
 
 優しい人が、私は好きである(そりゃみんなそうだろう)。
 
 西部劇が斜陽産業となりつつある在りし日のハリウッドを、少し落ち目のかつてのスターの日常を通して描きながら、溜飲が下がる歴史改変という(見る人が見れば)どんでん返しで物語を締めくくる本作。映画好きな方からは絶賛されそうな作品である。私は映画好きではないので、ほどほどに楽しめたな〜といった感じ。お金払って観て良かったですよ!
 
 やたらと酒とタバコをあおるのが、いかにも昔のアメリカっぽいよね〜。日本人にはまったく醸し出せないあのタバコをうまそうに吸う雰囲気は、一体なんなんですかね?
 
↓レオ様とタランティーノといえば、な作品。最愛の人だった人が観たといっていたなぁ……(不要な個人情報)

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