「Winnyの技術」 金子勇 | 映画物語(栄華物語のもじり)

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茶平工業製記念メダルの図鑑完成を目指す果てしなき旅路。

★★★★☆

 関の鍛治職人が丹精込めて鍛え上げたよく切れる包丁で、人が殺されました。さて、包丁鍛治は殺人ほう助罪で逮捕されるか否か、という話。

 

 P2Pとは、コンピュータ同士を直接繋ぐネットワーク技術のことである。この「直接」というのがポイントである。例えば、あなたのスマホと私のスマホがLINEをするとして、愚かな中高生のように自撮りエロ画像を私のスマホに送ることにためらいがないとしたら、あなたと私の間に「サーバ」というものが介在するということを全くイメージできていないからだと思われる。LINEのやり取りは、あなたのスマホと私のスマホが直接やりとりしているわけではない。あなたのエロ画像はLINE社にあるサーバというどデカイハードディスクのようなものに送信→保存され、私はそのLINE社のサーバからあなたのエロ画像をダウンロードしているのである。

 つまり、エロ画像はLINE社のサーバに保存されるということになる。理屈の上では、LINE社の人は、あなたが送ったエロ画像を見られるし、保存できるし、バラまけるということになる。

 そして世の中のおよそ「ネットワーク」と名のつくものは、このような「クライアント・サーバシステム」で構成されているといえる。メールはいわずもがな、ホームページの閲覧だって「webサーバ」と呼ばれるサーバにアクセスしてホームページのデータをダウンロードした結果が「閲覧」なわけで、インターネットという雲の上の世界に本のページみたいなものが存在してそこに飛んで見にいくわけではないのである。

 つまり、データが集中的に集まる「サーバ」というものが存在し、一人一人のパソコン(クライアント)はそのサーバにアクセスして管理・介在してもうらことによって様々なデータのやりとりをするのである。この中央集権的なシステムの対極に位置するのが「P2P」と呼ばれるネットワークである。P2Pでは、サーバが存在せず、コンピュータ同士が直接やりとりをする。

 つまり、良くも悪くも支配・管理するものがいないシステムであるともいえる。

 Winnyは、P2Pという概念を広く世の中に知らしめる存在となったファイル共有ソフトである。Winnyと聞いてまず最初に思い浮かぶイメージは、恐らくアンダーグラウンドなイメージだろう。コンピュータウィルスがばら撒かれ、それによって個人のパソコン内にあったデータが大量に流出したり、パソコン自体が再起不能になったりと、「危険な物」というイメージが世間に染み付いた。「染み付いた」という言い方であるとまるで誤解であるかのようだが、Winnyが原因で引き起こされた犯罪行為があったことは揺るぎない事実である。特に「著作権法違反」に関する世間の意識向上を促したきっかけとなったのは爆発的なWinnyの普及によるところが大きいと言える。著作物の違法アップロード・ダウンロードとWinnyの普及はいわば表裏である。公開前の映画や発売前の漫画、その他様々な有料著作物が数限りなくアップロードされ、それを違法ダウンロードをするためにWinnyを導入する人間が増えた。Winnyと違法ダウンロードは切っても切り離せない関係であったことは間違いなく、そこにつけ込むように、違法ダウンロードされるファイルにウィルスを添付する愉快犯が現れ、「情報流出」という別の闇が生じた。

 闇を抱えながらも、Winnyの普及はとどまることを知らなかった。このことは、「著作物の違法ダウンロード」という行為が、それほどまでに人を惹きつける行為であることを物語っている。遥かな4000年の歴史をもつ大陸からやってくる「海賊版」といわれるソフトやハードがいつまでもなくならないのは、それを購入する人間がいつまでもいなくならないからであるわけで、これだけ闇を抱えながらもWinnyのネットワークが維持されたのは、違法な著作物を愛してやまない人間たちがいたからに他ならないわけである。

 そんな中、Winny作者である金子勇が逮捕された。本著の著者である。

 容疑は「著作権法違反ほう助」の疑いである。

 そこで問題となるのが、冒頭の例である。包丁で人が刺し殺された(斬り殺されたでも良いが)として、その包丁を作った包丁鍛治が「殺人ほう助罪」で捕まるかどうかという問題である。当然、そんな話は聞いたことがない。

 ノーベル賞で有名なノーベルさんがダイナマイトを発明した目的は、土木工事が楽になるように、安全性が向上するようにという狙いからであったといわれている。だからこれが戦争や人殺しに使われることは彼の意思に反することで、その悲しみと贖罪から人類に貢献した人を援助する目的で「ノーベル賞」が誕生したとされる。

 ノーベルを「大量殺戮を生み出した張本人」と糾弾する話は聞いたことがない。ダイナマイトの誕生のせいで戦争はより犠牲と残虐性が大きくなったといえるのに、上記の美談のよってなのか、ノーベルを糾弾する話は聞いたことがない(個人の話としては聞いたことがあるが)。

 以上のような観点から考えれば、Winnyを開発したことと、Winnyを悪用したこととは、切り離して考えるべきであるといえる。「悪い使い方をしたやつが悪い」というのが一般的な価値観であり、包丁で人が殺されたときに「この包丁を作ったやつは誰だ!?」とはならず、包丁で人を刺した奴が悪いとしかならないのと同じように、Winnyを悪用した者が悪いという話で終わるはずのことであった。しかしそうはならず、糾弾の矛先は「そもそもこんなもの誰が作ったんだ?」という方向性となった。そういう方向性にするための逮捕劇であったともいえる。

 結論を述べれば、開発者の金子勇は「無罪」となった。二審ですでに「無罪」判決が出ていたにも関わらず最高裁まで争われた末の完全勝利であったので、大阪地検としては赤っ恥をかくこととなった。が、判決が出たときには、Winnyも事件もすっかり風化しており、それほどの話題とならなかった。もしもWinnyを風化させるという狙いがあったとするならば、そういう意味では思惑通りであったのかもしれない。Winnyは風化して、一時期ほどの情報流出騒動はなくなった。皮肉な話だが、コンピュータウィルスの脅威を知らしめ、アンチウィルスソフト導入の必要性、重要性を世間に広く認知させたのもWinnyの功績といえる。

 ただ、金子勇は無罪となり、私もそりゃ無罪だろうと思うのだが、「著作権法違反ほう助」という観点で考えれば、まるっきりシロというのもどうかとも思うのである。例えば先ほどのノーベルの話になるが、ノーベルがダイナマイトを開発したときに、「戦争で使われるとは思いもしなかった。あんまりだ。悲しい。およよよよ」なんてことは絶対になかったと思うのである。絶対に人を殺す道具に使われることは予見したはずである。頭良いんだし。ウィキペディアには「ダイナマイトのような破壊力の大きな兵器が使われることで、それが戦争抑止力として働くことを期待した」なんて書いてあるが、それも後からとってつけたような話で、誰がどう考えたって抑止力になる前に大量殺戮に使われる方が先である。後付けの言い訳にしか聞こえないのである。

 Winnyの「著作権法違反ほう助」も、開発者は絶対にそういう使われ方がされるだろうということが予想できたはずだという観点では、「著作権違反ほう助」をしたといえるのではなかろうか。ただそれが「著作権違反ほう助」罪かどうかといわれればそうではないという話なのである。事実、警察の逮捕容疑としても、この「予見できたはず」ということを根拠にしている。ただ、予見できたところで「ほう助」罪にはならないというだけの話である。それは、「自分が作った包丁で誰かが人を刺すかもしれない」という予見が容易にできたところで包丁鍛治が「殺人ほう助」罪にはならないのと同じ理屈である。

 自分が作ったものが本来目的としたこと以外の悪いことに使われることを予見できたとしても、それは罪にはならないーーというのが、今までの世の中の土壌にある。車で人を轢いても車メーカーの罪にはならないわけなのだから。

 では、Winnyは他にどう使えるのか? そもそも開発された目的はなんなのか?

 開発者の金子勇が意図したところは、実は本著の中には述べられていない。そして、それは今もって謎である。

 ただ、想像するに、「こういうことができるのではないか」と思いついたから、ただ作ってみたかったのではなかろうか。それは技術屋が、純粋に技術的な新発想を思いついたら、開発しせずにはいられないという習性によるものではなかろうか。ノーベルだって、ダイナマイト開発の始まりは、ニトログリセリンの持ち運びについて「こうしたらよいのではないか」という突然の思いつきに突き動かされただけかもしれないのである。開発の理由は後から付け足すもので、「今までなかったものを閃いた!」というチャンスに恵まれたとき、それを実現したいと思うのは人間の性なのではないだろうか。

 実はWinny誕生の前から、いわゆる「P2P」と呼ばれる方式のファイル共有ソフトは存在した。一番有名なのが「WinMX」で、実はこちらこそが著作物の違法ダウンロードでWinnyよりも前に一斉を風靡したP2Pファイル共有ソフトであった。ただ、逮捕者が出たことで下火になったところで、より匿名性に特化したP2Pファイル共有ソフトであるWinnyが登場し、結果的に「WinMX」よりも爆発的に普及したのである。Winnyという名称も、「WinMX」の「次」のソフトということで、アルファベット順で「MX」の次の文字である「NY」を割り当てて「Winny」としたと本著の中で述べられている。

 Winnyの匿名性確保は、「プロキシサーバー」から着想を得たということを著者自身が語っている。プロキシサーバーとは、代理サーバーとも言い、簡単に言えば、webページを見たいときに、直接そのページにアクセスするのではなく、プロキシサーバーにアクセスし、そのアクセスしたプロキシサーバーに代わりに見たいwebページのデータをもってきてもらうものである。そうすると、webページ側(というかwebサーバ側)からは、このプロキシサーバーがアクセスしてきたものとして見えるため、本当は誰がアクセスしたがったのかわからなくなるという仕組みである。プロキシサーバーはよく企業や学校のネットワーク上に設置される。こうしたネットワーク構成にする意図は実はいろいろあるのだが、その一つが匿名性の確保なのである。

 本著を通読した私の想像では、全ての出発点はここなのではないかという印象である。今まで存在したP2P型ファイル共有ソフトでいまいち実現できていなかった「匿名性」というものに関して「こうしたら確保できるんじゃないか?」という閃きがあったーー閃いたものを実現したいというのは、繰り返すようだが技術者だけの話ではなく、人間の性である。匿名性という点が弱点であったP2P型ファイル共有ソフトの、その弱点を埋められる最強のソフトが作れるーーという開発者としての純粋な欲望が、Winny開発の主たる動機なのではないかと思うのである。なぜなら、Winny開発以前から存在したP2P型ファイル共有ソフトの世の中での使われ方を見れば、匿名性が高まれば、考えなくても「悪用性が高まる」ことは予見できたはずだからである。それがわかってても、自分が思いついたものを技術的に実現したくなった、というのが単純な動機だったのではないかと思えるのである。

 なぜなら、本著を読むと、ものすごく技術的に凝っていることがわかるからである。匿名性の確保のみに留まらず、「そこまで考えて開発されていたのか」という驚きがたくさんある。P2Pネットワークを研究し、さまざまなファイル共有ソフトを研究したからこそ、他のソフトの弱点を補う発想がふんだんに盛り込まれたソフトであることがわかる。だからこそ、Winnyが爆発的に普及し、Winnyネットワークが途方も無いほど拡張されたにも関わらず、大きな破綻なく運用し続けられた。それをなし得たのは、Winnyネットワークが構成されていく過程での開発者のユニークな発想によるものなのである(クラスタリングという概念とか、検索における「これくらいでいいや」という妥協の線であるとか。ネットワークの完全網羅を求めなかったところがミソである)。それが結果として犯罪被害の拡大に歯止めが効かなかった要因にもなったことはなんとも皮肉な話である。

 WinnyによるP2Pの技術は、現在では「Skype」や「IP電話」に応用されていると言われている。特に、Winnyがプロキシサーバーから着想を得たという「中継したノードがデータをキャッシュする」という技術は上記二つのものに必要不可欠な技術であるといわれている(らしい。よく知らんけど)。Winnyの存在は無駄ではなかったわけである。ただ、こうした光り輝く点を振り返られることは恐らく今後もないであろう。Winnyの大変凝った技術的な面と今までに無い思想に大衆は全く興味がなかったのと同じように、Skypeの技術的な面には全く興味はないのである。「タダでテレビ電話ができる」という事実のみが、大衆を魅了する。

 そう考えると、著者が、本著を技術者向けと割り切って著したのは、非常に賢い判断であるといえる。「分かってもらえる人にだけ、分かってもらう」という考え方である。事実、アマゾンのレビューでは非常に評判がよい。そして私も、非常に興味深く読めた。まず、私レベルでも大体内容が理解できるくらい、わかりやすく、丁寧に書いているところが、著者の知的レベルをうかがい知れる点である。小難しい話はほとんどないのである(サーバって何? 味噌煮? というくらいの全くの素人にはそりゃ難しいかもしれないけど)。

 残念ながら絶版本であるが、職場のネットワーク管理者等は一読してみると良いかもしれない。職場のネットワーク環境とは全く違う世界に広がりが見て取れて面白い。

 ちなみに著者にしてWinny開発者の金子勇は2013年に急逝している。

 

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