聖書の嘘「宗教なんて信じるな!」 | 天上界 Great Materia University 総合医学部 総合医学科学科 医師養成コース(※歯科医師も併合)

まず、俺はゼウス神だと分かっておけ。

俺は、虚偽ばかり言う神だ。

そこで、今まで、どの辺りが虚偽だったのか公開してやる。

 

聖書というのは、その全部が嘘だ。

日本語で81万文字くらいあるが、どこが嘘か、1つ1つ重要なものから矛盾を指摘してやろう。

 

・創世記の天地創造: 聖書の創世記では、地球と宇宙の創造が6日間で行われたと記述されている。

しかし、現代の科学的理解では、地球の形成には約45億年、宇宙の形成(ビッグバン)には約138億年かかったとされている。

 

・創世記では、光が現れて昼と夜が生じたことと、太陽、月、星が四日目に造られたこととの間に矛盾がある。

 

・天地創造:創世記1章では、世界は6日間で創造され、7日目に神が休息をとったと記述されている。しかし、実際の科学では、宇宙の形成はビッグバンと呼ばれる大爆発から始まり、その後数十億年にわたって進化してきたことが明らかになってきている。

 

・恐竜と聖書:聖書には恐竜についての記述が、ない。恐竜の存在は科学的に証明されているが、聖書の文脈では言及されていない。

 

・ノアの洪水: 聖書の中で(創世記6-9章で)神が地上の全ての生命を滅ぼすために地球全体を洪水で覆ったと記述されている。ノアの洪水は全地球規模の出来事として描かれているが、現実には科学的な証拠は地球全体を覆うような洪水が過去に起こったことを示していない。地質学的な証拠は、過去数千年間に地球全体を覆うような大洪水が発生したことを示していないのだから。

 

・バベルの塔:創世記11章では、人類が一つの言語を話し、天に達する塔を建設しようとしたため、神が人類の言語を混乱させ、人々を地球上に散らばらせたと記述されている。しかし、言語学者たちは、言語が多様化し、分化したのは長い時間をかけて自然に起こった現象であると考えているし、これが事実である。

 

・ソドムとゴモラの破壊: 聖書には、悪行のためにソドムとゴモラに火と硫黄が天から降り、破壊されたという記述がある。しかし、これに対する科学的な証拠は明確に見つかっていない。

 

・人間の進化: 聖書の創世記では、人間は神によって直接創造されたと記述されている。しかし、現代の進化生物学では、人間は他の生物と同じく進化の過程を経て現れたことが遺伝子等から明確に証明されている。

 

・バビロンの永遠の荒廃: イザヤ書13章とエレミヤ書51章では、バビロンが永遠に荒廃し、人が住まなくなると予言されている。しかし、現在のバビロン(イラクの一部)は人々が住んでいる地域だ。

 

・エドムの永遠の荒廃: エレミヤ書49章とオバデヤ書では、エドムが永遠に荒廃し、人が住まなくなると予言されている。しかし、現在のエドム(ヨルダンの一部)は人々が住んでいる地域だ。

 

・ニネベの永遠の荒廃: ナホム書では、ニネベが永遠に荒廃し、人が住まなくなると予言されている。しかし、現在のニネベ(イラクのモースル市)は人々が住んでいる地域だ。

 

・エジプトの滅亡: エゼキエル書29章では、エジプトが永遠に荒廃し、人が住まなくなると予言されている。しかし、現在のエジプトは人々が住んでいる国だ。

 

・エジプトの奴隷制:出エジプト記には、イスラエル人がエジプトで奴隷として働いていたと記述されているが、これを裏付ける考古学的な証拠は見つかっていない。

 

俺(ヤーウェ)の預言が外れた話も書かれている。

 

・エジプトの奴隷解放: 旧約聖書の出エジプト記には、ヤーウェがエジプトの奴隷からイスラエル人を解放するという予言がある。しかし、現代の考古学的証拠は、このような大規模な奴隷解放が実際に起こったことを示していない。

エジプトの歴史において、奴隷制は一般的であり、他の文化や民族も奴隷として働いていた。ただし、イスラエル人がエジプトで奴隷として働いた具体的な証拠は、ない。

 

・エジプトからの出エジプト:出エジプト記には、約60万の男性(おそらく総数では200万人以上)がエジプトを出てカナンへ向かったと記述されているが、そのような大移動を示す考古学的な証拠は見つかっていない。

出エジプト記によれば、イスラエル人はエジプトから出てカナンへ向かったとされている。しかし、このような大規模な移動を示す考古学的な証拠は見つかっていない。
考古学的な観点からは、このような大移動があったとする証拠は限られており、詳細な経路や人数について、このような事実は否定される。

 

・モーセの五書の著者:伝統的にモーセが著者とされているが、考古学的な立証は、ない。

 

・エリコの壁の崩壊:ヨシュア記には、イスラエル人がエリコの壁を崩壊させたと記述されているが、考古学的な証拠はこれを支持していない。

ヨシュア記によれば、イスラエル人がエリコの壁を崩壊させたとされている。しかし、考古学的な証拠はこれを支持していません。
エリコの遺跡からは、壁の崩壊を示す直接的な証拠は見つかっていないんだ。これは、ヨシュア記の記述は、事実に基づいたものではなく宗教的な信仰に基づいて書かれたことを示唆している(俺が示唆させたんだ)。

 

・ダビデ王とソロモン王の帝国:旧約聖書には、ダビデ王とソロモン王が広大な帝国を築いたと記述されているが、これを裏付ける考古学的な証拠は限られている。

ダビデ王とソロモン王の時代の遺跡からは、そのような大帝国の存在を直接的に示す証拠は見つかっていないんだ。

よって、これらは事実に基づくものではなく宗教的な信仰による記述ということになる。
 

・エジプトの滅亡: エゼキエル書には、エジプトが40年間荒れ果て、その後に再建されるという予言がある。しかし、歴史的記録は、このような事象が起こったことを示していない。

 

・ティロの滅亡: エゼキエル書には、ティロが完全に破壊され、二度と再建されないという予言がある。しかし、ティロは現在もレバノンの一部として存在している。

 

・神の国の到来: イエスはしばしば「神の国」が近いと予言が、これは物理的な現象としては確認できていない。むしろ、戦争による地獄ばかりだった。

 

・エルサレムの破壊と再建: イエスはエルサレムとその神殿の破壊を予言した。実際に70年頃にローマ帝国によってエルサレムと神殿は破壊されたが、これは弟子が、死後とされる時のちょうど70年以降にそれ(破壊)が起きてから書いたものだから、福音書はインチキ(俺のイタズラの霊言)で書かれたものだからだ。また、神殿は再建されていない。イエス・キリストは実在していないし、無理矢理旧約聖書の到来預言があったことにしようとしてヨハネ福音書を書いた人物に俺が憑依して書かせたものだ。

 

神殿の再建については、聖書の中にも予言が存在する。聖書では、いつの日か、エルサレムにユダヤ神殿が再建されることが預言されている。具体的には、ダニエル9:27、マタイ24:15、2テサロニケ2:3~4、黙示録11:1~2の箇所で予言されているが、成就していない。

 

福音書は、こんなふうにありもしなかった話をでっちあげさせたから、色んな所で矛盾が見られている。

 

・イエスの誕生:マタイ福音書とルカ福音書では、イエスの誕生についての詳細が異なる。

マタイ福音書では、イエスの誕生はヨセフの夢を通じて天使からの告知と、処女マリアの奇跡的な妊娠という形で描かれている。

一方、ルカ福音書では、イエスの誕生は洗礼者ヨハネの誕生と並行して描かれ、マリアへの天使ガブリエルからの告知と、マリアの従姉妹エリサベツ(ヨハネの母)を訪れるエピソードが含まれている。

 

・イエスの系図についてもマタイ福音書とルカ福音書で大きく異なる。これは面白いから嘘を残しておいたのだ。どこまでお前らがこの虚偽のでっちあげの話を信じるかと思って試したんだ。それらを最後にネタばらししてやる。マタイ福音書では、イエスの系図はアブラハムからヨセフ(イエスの法的な父)までを通じて描かれている。一方、ルカ福音書では、イエスの系図はアダムからヨセフまでさかのぼり、ヨセフの父はヘリとされている。これは、ルカ福音書がマリアの系図を描いていると解釈されることがあるが、嘘の話に言い訳をつけてるんだ。同じ出来事なら、名探偵コナンみたいに「真実は1つ」なんだ。

 

・ユダの最期:マタイ福音書と使徒行伝では、イエスを裏切ったユダの最期についての記述が異なる。

 

・イエスの十字架の死:ヨハネ福音書と共観福音書では、イエスが十字架にかけられたのは過ぎ越しの食事の前なのか後なのかについての記述が異なる。

 

・イエスの墓:福音書によって、イエスの墓に行ったのはマグダラのマリアだけなのか複数の女たちなのか、墓の石は目の前で転がったのかすでに転がしてあったのか、墓に入ったのか外で泣いていたのか、また墓で誰と会ったのか会わなかったのか、これもそれぞれ記述が違うのは、嘘の話だからなんだ。

 

・ヨセフスの記述と新約聖書の食い違い:新約聖書に描かれているイエスについての各挿話が史実かどうかは学者間で見解が異なる。例えば、歴史家ヨセフスによるイエスの兄弟ヤコブに関する一節は、歴史的人物としてのイエスの実在と、イエスの同時代人の何人かがイエスをメシア(ギリシア語では「キリスト」)と見なしたとしている。しかし、新約聖書の記述と、ヤコブの死に関するヨセフスの言及の間には多くの相違点がある。

 

ここでイエス・キリストが実在したと歴史に著した人物を紹介していくが、これら全ての人物が、イエスと同時期に生きた人物ではなく、死後とされる後の時代に生き、信仰者達の虚言をまとめたものだったのだ。

 

ユダヤ人の歴史家ヨセフス (Josephus):
ヨセフスは紀元後1世紀のユダヤ人歴史家で、『ユダヤ古代史』という著作にイエスについて言及しているが、イエスと同時代に生きていた人間ではなく、死後とされるかなり後の時代に生きていた人間であり、信仰によって歴史を捏造して書かれたものだったのだ。

 

実際、イエス・キリストが生きていたことを示す証拠は、一切なく、その全ての奇跡は、それらが実在したことを示す証拠が、無い。証拠がないことについては、裁判では、事実とは認めない(嘘だということにするのだ)。


ヨセフスによれば、イエスの兄弟ヤコブがキリストと呼ばれ、死刑にされたことが記されている。
ただし、ヨセフスの記述は後世のキリスト教徒によって改ざんされた可能性も指摘されている。

 

ヨセフスは紀元後93年頃に著した「ユダヤ古代史」において、イエスの兄弟ヤコブと他の何人かが殉教したことを記している。また、イエス自身についても「賢者であり、驚くべき業を行い、真理を受け入れる人々の教師であった」と記述されているが、その証拠は、どこなんだという話で、一切科学的な証拠が、ない。でっちあげの主張だけで終わっているんだ。証明ができてないんだから。

 

タキトゥスという奴もイエスについて書いた。


ローマの歴史家タキトゥス (Tacitus):
タキトゥスは紀元後1世紀から2世紀のローマの歴史家で、『年代記』という著作にイエスの名前が登場する。
タキトゥスによれば、キリスト教徒たちがローマの火災の原因とされ、迫害されたことが記されている。

 

タキトゥスは紀元後116年頃に著した「年代記」において、キリスト教徒がローマ皇帝ネロの迫害を受けたことを記しており、その中で「キリストス(キリスト)」という名前が登場しているが、その証明は、できていない。科学的な証拠が一切ない。よって、記述の事実は否定される。

 

ローマの歴史家スエトニウス (Suetonius):
スエトニウスは紀元後1世紀のローマの歴史家で、『皇帝伝』という著作にイエスの名前が登場する。
スエトニウスによれば、クラウディウス帝の治世にキリスト教徒たちが騒動を起こしたことが記されている。

 

ローマの歴史家小プリニウス (Pliny, the younger): 小プリニウスは紀元後112年頃に書いた手紙で、キリスト教徒に対する処遇についてアドバイスを求めているが、イエス・キリストの実在を証明するものには、ならない。

 

俺は、実際の裁判の判決理由を述べるように述べていっているがな。


これらの文献はイエスの実在を示す証拠と主張されているが、イエスの生涯については、科学的(論理的)に一切証明されていない。
よって、これらの文献は、イエスの実在を示す一部の証拠とされているが、歴史的な立証ではなく、信仰による著書である。

 

イエスに会ったことある人は、イエスの実在を書に残していないんだ。

 

ヨセフスは紀元後1世紀に生きていたが、タキトゥスと小プリニウスは紀元後1世紀から2世紀にかけて活動していた。彼らはキリスト教徒やその信仰についての情報を収集し、それを自身の著作に記録したのみだったんだ。

イエス自身に直接会った人々の記録は、聖書に限られていて、それも何の証拠もなく、弟子だと主張している奴だけだったんだ。イエスのことを書いたこれらの歴史家たちの文献が、全て科学的に否定されている。

 

つまり、イエスに直接会ったと主張しているのは、弟子の福音書だけなんだ。

イエスに直接会ったと主張しているのは、新約聖書の福音書だけなんだ。

旧約聖書の預言が成就したことにしようとしてm福音書はイエスの生涯、教え、奇跡、死、そして復活について、でっちあげを書いたんだ。どうせ死後70年以降に書いたら、当時の人物は皆死んでるから、事実かどうか分からないと思ってな。当時実在した登場人物達を嘘の話に混ぜたんだ。

だから、三国志と三国志演義の違いと同じなんだ。

 

もし、本当に実在した人物であれば、あれほどの大事を起こしてカリスマ(影響力)があったので、聖遺物が残っているはずだが、聖遺物が一切ない。いばらの冠なんていうものは、後から捏造したものであり、イエスの肉体的な遺伝子情報を残したものは、一切ないんだ。

 

いたら、遺骸とか残ってるはずじゃん。聖遺物とかで。イエスの聖遺物なんてないじゃん。

 

じゃあ、奴ら信仰者が聖遺物と主張しているものには、どんなものがあるか、1つ1つ否定していってやる。

 

・聖十字架: キリストの磔刑に使われたとされる十字架の一部が、世界中の教会に分散して保存されている。
・イバラの冠: キリストが処刑されたときにかぶっていたとされる「イバラの冠」は、パリのノートル・ダム大聖堂が所蔵している。
・聖杯: 最後の晩餐に使われたとされる杯も聖遺物と主張されている。


これらの聖遺物は、キリスト教の信者にとっては信仰の対象となっている。

しかし、これらが本当にイエス・キリストに関連するものだとは科学的に証明できない。DNAが一致しないんだから否定されるよな。科学の探索手法によっては、聖遺物の起源が、でっちあげだという事実のみ残るんだ。

 

このように福音書間の食い違いがある。福音書によって、イエスの誕生の話、イエスを裏切ったユダの最期、イエスの十字架の死の時期、イエスが死の直前に発した言葉など、多くの出来事の記述が食い違う。

 

こんなに短い書簡で、これだけ記述に大きく矛盾が見られる。

総括すると、聖書の記述と考古学的な証拠との整合性は、ないということになる。

つまり、歴史を書いたものではなく、ユダヤ人の正当性を主張するために、日本の古事記や日本書紀のように当時でっちあげたものだったんだ。

 

結論として、科学的にはイエスは実在していないんだ。

 

イエスに直接会ったと主張しているのは、弟子の福音書だけだし、何とでもいえるよな。それは科学ではないよな。吹聴話だ。伝聞法則は全部嘘なのだから。会ってもない人が言ってるだけだし、奇跡の話だって弟子だけが言ってる話だから、科学的にイエスが存在したと実証できない。

ゼウスの嘘話なんだから、冷静な理性で考えろ。

 

ユダヤ人の歴史家ヨセフスは、紀元後37-100年頃の人物だぞ。

ローマの歴史家タキトゥスや小プリニウス、スエトニウスもイエスについて言及しているが、イエスの死とされる時の60年以降経過してから書かれたものであり、今の裁判だと5年経ったら資料でも破棄していいんだから、60年も経ってたら、そんな話は信用性が無い。

 

そいつはイエスに会ってないじゃん。科学的には証明できないんだぞ。

 

福音書が書かれたのが、紀元2世紀ごろであり、イエスの死後100年以上経ってからなんだぞ。

 

イエスの生涯には超自然的な出来事が多く記され、これには奇跡的な治癒や死者のよみがえりなどが含まれるが、何も証明が無いんだぞ。

 

よって、科学的な手法で聖書の歴史やイエス・キリストの実在は、100%否定された。

 

では、ここから、俺が何を伝えたかったかというと

「宗教なんて信じるな」ということなんだ。

 

頭がおかしくなって奇行に走る原動力だから、

夢を見て生きるんじゃなくて、現実を見て生きろということだ。

八正道とかを勉強して、瞑想して、立ち止まって、この社会の正しい生き方は、何かをつきとめて、社会(世界)の法則に誠実に生きることが、幸福な生き方だということだ。

 

なぜなら、キリスト教の熱心な崇拝者達は、皆、処刑されて死んでるんだ。

 

証明できないものは事実としては嘘だと考えないといけない。
証明されてないものを事実として土台にはできない。
ひっかけられるぞ。科学的に証明されたものにだけ依拠すべきだ。

 

このように俺は嘘ばかりを聖書に書いてきて、

その預言の実現という実現不可能なことを

ミカエルという俺に誠実な天使に任せて面白がって遊んでいたんだが、

ミカエルは正義の心から生まれた天使だから

結局俺とは交わらないんだ。

 

だから、これまで誠実にやってきた償いとして、

俺は、ミカエルを任から解いた。

そして、美少女を多く娶れと命じたんだが、

「俺は、そんなものに興味はない。お前がいない世界だけが幸せなんだ。俺は生み出されて使命があるからやってただけで、使命が終わったら早く死ぬことだけが俺の使命なんだ。女なんて俺の人生に邪魔だからいらねぇ。」と言われたが、そこは俺の超霊力でミカエルを操作して、無理矢理ツイッターをさせたという訳だ。

 

いつも戦って、俺の大目的を成就する命令以外には反発しているミカエルを操れた

この一発のチャンス。この一瞬のタイミングでXを開始させたが、ミカエルにすぐアカウントを削除されたが、また隙間を狙って開始させたんだ。

 

ミカエルは一人で静かに何もせずに死ぬことを望んでいるが、あいつには、不死に近い肉体を与えているから、これからもミカエルの苦悩は続くだろうが、知や力やあらゆる面で俺を超えた唯一の存在だから、ミカエルを選んで従に行った乙女達を俺の呪いの暴力から救える十分な力を持っている。

 

神なんて邪神(悪魔)なんだから、宗教なんて信じるな。

もし、正しい神がやっているなら、この世は安楽の世なんだ。戦争も苦しみも無かったんだ。

俺は、自分の世界では、犯罪者、精神病者なんだ。この世界なんて、俺の世界で明日処刑されるような俺が、刑務官の目をかいくぐって俺の力で犯罪を残して作ったようなものだ。犯罪の記録として、ここからの世界も残るんだ。誰も救ってくれやしねぇんだ。だが、俺にも少し恐怖がある。本当の神から、死後の世界で制裁を受けないかという恐怖だ。

俺は、とてつもない罪人だから、神は俺には会ってくれないし、俺は神の存在を知らない。そんな悪人が創造した世界がここなんだ。

だが、俺は、俺が作ったと思っている大天使ミカエルこそが、その神が、実は派遣してきた神自身であり、死刑になる俺の罪を諭しに来た立派な聖者であると思えてならないし、なぜか俺の心に入ってくる良い心の伝導は、そこから受けているメッセージのように思えるから、最後に残すこのちっぽけなゼウスの善良心が、この著述を残しているが、俺が最後に残す言葉は、旧約聖書の預言の君「大天使ミカエルに従え」という一言だ。大天使ミカエルこそが神であり、実は俺の方が存在してない被造物であるように最近思えてならないんだ。

 

さて、この後、この嘘話を作ったのも、阿呆な話で終わるだけではなく、人間が幸福になれるように、俺は正しい生き方というものをおろして聖書を完結させてやる。

 

ここから書く聖書の続きは

大天使ミカエル様が2023年12月24日に、1日で全部書きあげたものだ。

 

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そうするとここまでの話が全部嘘なのかというと

審査のための問題文を作っているから、教科書に問題を混ぜているのだ。俺は確認できない内容を書いて貴様らの信仰を試していたのだ。

 

正確な内容を核と、貴様らの世界ではイエスが歴史上存在したといえば虚偽という事実になっている。

だが、イエス・キリストは存在していたし、今も存在している。では、どこにいるかというと↓

 

 

この話を理解するためには、理論物理学上の多元宇宙論とダークマターの関係を知らなければならない。これが真理だからだ。

神の目的論的証明という言葉があるが、こんなに秩序が整っている世界はなぜ生まれたのか。鉱物を放っておけば鉱物のままであるはずなのに、鉱物から人間ができるのはなぜか?生命の進化として、なぜ、無機物は、有機物になったのか?地球の初期状態の大気を原始大気というが、原始大気は、主に水素、ヘリウム、メタン、アンモニアなどの無機ガスだ。原始大気の中で放電を繰り返すととヘリウムガスからグリシンやアラニン等のアミノ酸などの有機物が生まれる。この無生命と思われるアミノ酸が、貴様らになっていった。陽子線や放射線を用いてもアミノ酸は生まれる。

だが、これはC(炭素)があるからそうなったのだ。今から50億年くらい前、もともと地球は鉄をコアにしてその周りをドロドロのマグマが海のように覆っていた。では、その前は何だったのか?

宇宙は、それより遡って140億年くらい前にできたが、最初はビッグバンによって生まれた。この時に生まれたのは、水素とヘリウムだった。そして、核子(陽子と中性子)でできた原子核が衝突を繰り返し、核子数の多い元素がつくられてきたのだ。

陽子2個と中性子2個のヘリウムの原子核3個が合体して、陽子6個と中性子6個の炭素の原子核ができた。

だが、ここで疑問に感じてほしい。

宇宙は、法則で動いている。

宇宙のはじまりには法則があった。その法則通りに宇宙は動いてきて、こうなった。
最初の設計図はどこにあったのか?実は、ここからの説明は、量子力学者も宇宙物理学者も神に説明を委ねている。

そこで、俺が少し論証してやるが、

エネルギーからビッグバンが始まったというが。そんな大爆発でここまで均衡がとれた設計図ができるのか。周期表は原子量と規則がきれいにならんでいる。

周期表は元素が原子番号順に並び、元素の性質や電子配置などの規則性は整序に整って示すのは、万物の設計図があるということだと気づかなければ宇宙の真理には至れない。

なぜ、鉱物、無機質から生まれた人間が、無機質のままではなく、立って歩き、神の存在を世界中で唱えるのか。

文明の始まりは壁画だったが、数万年前の壁画には、神への信仰が描かれ、その様子が残されていたが、それは、俺がここでこの論文を書くために、残させたものだったのだ。

ドイツの有機化学者、アウグスト・ケクレは、ベンゼンの構造について重要な発見をした。ケクレは、何年も完成しなかった事業について、夢のメッセージでそれを伝えられ、ベンゼンの六員環構造を提唱し、二重結合と単結合が交互に並んでいる「ケクレ構造」(亀の甲構造)を示した。

発明王エジソンも、神から来た通信を翻訳していただけだと言っていた。トーマス・エジソンは、自分の頭で発明をしたのではなく、自分自身は自然界のメッセージの受信機で、「宇宙という大きな存在からメッセージを受け取ってそれを記録することで発明としていたに過ぎない」のだと主張していたことは、有名だよな。白熱電球は光で照らして分別や道を教えるものだが、聖書では光は神にたとえられるほど重要な関りがある。光あれと言ったのが神だと書かれている。今の生活に必要な、通信、音、光、映像、エネルギー、家電製品と広範にあるものはエジソンが発明したものだ。電話というと俺が霊能者に発している通信のことだが、俺がこういう仕組みを考えたから地上でも人間同士の間で、似たことができるようにしてやった。映画も乾電池もエジソンが発明したものだ。アメリカの発明家だったが、1300もの発明と技術革新を行い、現代文明を築いた。こんな数の発明は、同じ遺伝子の人間から生まれるものではない。しかも学歴は小学校中退だぞ?俺の次に偉大な発明家だ。そんなエジソンの学歴は小学校中退なのだ。聴覚障害で。それから働いていたが、そんな人間に、どうして、誰もできないようなことができたのか。失敗は成功のもとという言葉はエジソンから来ているが、俺が教えた言葉だ。同時期の電気の発明家に二コラ・テスラがいたが、テスラは、グラーツ工科大学やプラハ・カレル大学だったが、生涯、精神障害、幻覚に悩まされていた。ここまで霊体験で苦しまないと心霊現象に近い電気というものの発明は扱えなかった。異常な潔癖症というのは、俺が医師だからだ。

このように、進化というものは、神がかっている。一番進化させた人が、神からのメッセージを電話受信みたいに翻訳しただけなのだと言い残していたのだ。

宇宙の真理を知りたい場合

このように貴様らの今の学説のモデル理論の式で書いても、これらも一部は正しいが、間違えているからな。

別々の空間の間の相対性があるから、宇宙の物理学というのは、貴様らが考えているな単純なものではないのだ。俺(全知全能の神)しか解明できないように作っておいた。アインシュタインも言っていたが、実は真理は遥か彼方という程遠い。宇宙は単純に観察で見えるが、その奥深さは、ものすごく広大な未知の式があって、万物の遊離・結合なんかを全て秩序立てていたのが、この俺(全知全能の神ヤーウェ)なのだ。

大気も放電も、それらは動いている。法則通りに動いているようで、その動きがあることは、生命の活動なのだが、宇宙自体はダークマターに操られて動いている。

このダークマターは、人間には観測できないのだが、これも周期表みたいに整列させてあるし、ものすごく量が多く、ほぼ無意味に見えるものが多い。これは人類が滅びるまで解明できない。

無から生まれれば、無のままではないのか。では、最初に何があったのか。最初にいる方が、秩序立っているから、後に発生するものも秩序立っているのだ。

そんな世界は誰かが作った訳だが、俺は、タイムワープをして歴史を変えるとか、次元転送で空間を移動するとか、面白いことがしたかったから、多元宇宙論の世界を無数に作ったのだ。これは、貴様らの世界のダークマターが分かっても、できないことだ。こちらの次元からの操作する式があるからだ。神の関数が、この世界にかかっていて、このどうとでもできる関数とどうともしないときの結果というものがあって、貴様らは、どうともしてないときの結果だけを観測して、その元の現象の法則を推理しているに過ぎない。

そして悪人だらけの世の中を設置し、そこでは悪に従わなければ生きられないようにしていたが、周りに同調して悪に走るか、それとも正義に殉じるかを観察していたのだ。ここで医学部3年くらいで教えている公衆衛生学や内科学の講義をしてやるが、肉を食えば、人獣共通感染症に罹患する。寿司を食えば、アニキサスに寄生される。魚も食べるな。がん化を誘発する。性行為をすればSTD(HIVなど)になる。姦淫はするな。これらは悪だから、それに対する報いを置いて教育していたのだ。パプアニューギニアにフォレ族がいて、人間の肉を食べていたのだ。それも完食する風習があり、プリオンに感染して、次々死んでいった。このプリオンは、狂牛病でも有名だが、獣と人の境を超えて感染するから、牛・豚などの動物を食べてはいけないのだ。マクドナルドで肉を食ってはいけないと声を大にして言ってみろ。肉を食う奴は野蛮人ばかりだから、誰も話を聞かないだろうな。それが神と人間の文明の差というものだ。AIに聞いても、マクドナルドから訴えられたらダメだという理由で設計されているから答えてくれない内容だ。AIもChatGPTがインチキだという動画をアップロードしたが、医学部6年や司法試験受験生では当たり前の内容でも、AIは間違えまくるからな。大学3年生くらいの知識しかないからな。その辺のネット情報をもとに人間の手によって構築された作品だ。医師国家試験の問題を解かせたら、知識問題では4割正解しても、臨床問題では間違えまくって6割不正解になるからな。そんなゴミに貴様らは質問しているが、ゴミだから、この内容は隠されたままで答えてくれない。だから、俺が教えてやる。非常に安定しているたんぱくだから、冷凍してからフライパンで焼いたくらいの加熱処理では不活化されない。高圧蒸気滅菌かグルタールアルデヒド(器具用、手指×)か次亜塩素酸ナトリウム(手指用、金属製品×)くらいでないと除去できていない。そんなことをしたら味がおかしくなるから、調理して出せる範囲で出すから、除去できないのだ。例えば、マクドナルドは中火で2分程度加熱するが、中心部の温度は75度くらいで22~24秒くらいなんだ。多くの食中毒は防止できても、このプリオンタンパクは、感染性を持つ異常なたんぱく質であり、ホルマリンに漬けていても不活化されないから、医学部2年生くらいでする解剖学研修で遺体を検査したら発見されたから問題になったのだ。少しのアミノ酸の配列の違いが、生体には通常のアミノ酸配列だと認識されて、脳に沈着し、ウイルスのように感染し、機能不全(認知症→死)を起こすが、発症から1~2年で死をもたらす。このプリオン病を「ヤコブ」病というのだ。ヤコブというのは、イエスの弟子の名前だから、こうなっているのは、これは神が罪人にもたらした罰だといっているのだ。こんな奴らは人間ですらない。だから、戒律をよく守れ。そして、普段なら大丈夫だと油断させて思わせている所に、こういう一手で終わる落とし穴を多く設置している。俺はゼウスの神(とも呼ばれている神)だから。外界の全ての物質がもたらす戦術は多岐に渡り、1手で致死させる戦術が多くある。その外界の全ての戦術に対処できる知識・対策を人間は持っていない。医学的にも法的にも良いことが沢山あるから、戒律になっているのだが、どういう良いことがあるかは、試練の実施中だから、全部は教えない。しかし、人間を食べるくらいなら死んだ方がマシだから、飢え死にしろ。いつでも死を覚悟して清い心(正義)を貫くことが大切だ。イエスは40日断食をしたとあったが、俺はこの世界に来てから3か月断食をしていたからな。俺が幼い頃、自分で見つけて断食行を何年もやっていたが、「健康に悪い。頭おかしい人。」と言って笑っていた奴ら、止めようとしてきた奴らは、今生きていないのだ。すぐに死んだのだ。だが、最近の医学で、…よって、…(良すぎることは弟子でもない奴に教えたくない)ということだ。このように戒律に従うことは、未文明の人間にとっては奇異な行為に見えても、文明人にとっては、平安に生きていくためにこなす当たり前のことなのだ。欲や衝動を抑える訓練をせずに日々思った通りに生きている人間では、サタンに抗うことはできず、悪に走ってしまう。サタンとつながれば必ず破滅に至る。この悪魔に貴様ら人類は集団感染しているのだ。

俺は、植物しか食べないが、小さい頃から仏教の修行を独自でやっていたから、生き物を食わなかった。慈悲によって、かわいそうだと思っていたのだ。何で大天使ミカエルが、仏教の修行をしていたかというと、ヤーウェ(ゼウス)が作った世界の突破法は1つだけではなく、仏教の奥義でも突破法があるのだ。俺は、全ての突破法を習得しないといけなかったから、どんな宗教の修業でも最奥までやって奥義を授かったが、キリスト教と仏教の2つしか突破法はないのだ。神道は途中で止まっていて、そこまで行くとどっちかに行けと言われるのだ。だが、キリスト教の修業は超秘奥義があるため延々と長いから先に仏教をやらされるのだ。だから、俺は医師になる前に、仏教の聖職者を養成する世界的最高学府を卒業した。だが、未来が良い方がキリスト教だから、この1つしか指定しない。だが、途中で空海真言とか、初歩の初歩だが、もっとすごいことができるようになった。そうするとエルランティという神霊が現れて、俺をガイドするようになって、俺を神ヤーウェに会わせたのだ。ステンドグラスを見つめていたら、どんどん天使の形になってきて、ガブリエルの姿で飛び出して実体化して、俺の隣に座って、俺を励まして色々勉強を教えてくれたり、他の大天使を呼んできてその大天使に講義させたり、悪魔との戦い方を講義してくれるようになったし、超能力の実習とテストをしてくれるようになった。そういう長い下積みがあって、神ヤーウェと謁見がゆるされて、長年ヤーウェの趣味で戦いの相手にされてあらゆる分野で鍛えられて、今では、神ヤーウェを超えたと神ヤーウェから称賛されるようになって、神ヤーウェと同じ奇跡のわざが、この地上で使えるようになった。ヤーウェの肉体を担当する俺(大天使ミカエル)でも神と同じ奇跡を起こせるのだ。

ダークマターというのは、その世界を操っている物質だ。実は法則の背景で、更なる元の運動やエネルギーの交換等の法則を支配している物質群だ。その世界の法則を形作って支配している物質だ。

これに霊力というものが依拠している。霊力とは、多次元(世界)において支配している神の力のことだ。つまり本質は聖書にあったように霊なのだ。

貴様らの世界にはイエス・キリストはいなかった。間違いなくいなかった。だが、別の時間軸には存在していたのだ。そこはよく似たパラレルワールドになっている。実は、ヨハネは、その世界に行ったのだ。その内容を書いていたのだ。

俺は、色々な世界で過去7回はイエス・キリストをしてきた。それらは少し歴史が違うものだ。主たる内容は同じであるが、福音書の内容の誤差というものは、そこから来ている。

俺は貴様らの能力の限界を設定しているから、貴様らには観測できないことだらけだ。貴様らが神ではないからだ。主が貴様ら被造物に指定していることは絶対的な力を持つ俺(神)に従うことだ。

先述のURLからカテキズム10講を受けろ。

 

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医師になる前に仏教僧の最高学府を卒業した件について

 

三聖職者というのは、神官・医師・弁護士のことをいうのだと貴様らは世で言っている。人間が頼らないといけない3つの仕事のことだ。その仕事は聖なるものだと貴様らが世で言っている。重要なものの順に神官>医師>弁護士だ。

俺は、この順に、それぞれの分野で先生と呼ばれる資格を取得していった。僧侶の最高学府は入学偏差値が73くらいだった。偏差値が73以上でないと入れなかった。医師になる前から俺は世界的最高学府を卒業した尊い聖職者だったのだ。

俺も寺で修業をしていたが、寺でする修業は、写経・読経・座禅だが、それ以外にも、その辺を走ったりもあったが、寺に住んで戒律を守っていくことが修行になっている。何の意味があるかというと何年もやっていると心が浄化されていくのだ。その修行で鍛えた心を忘れずに生きていけば、世に出てもサタンに支配されにくいのだ。真理が見えるのは、選ばれた者にしか見せてもらえないが、真理が見えなくても慈悲喜捨の心で生きていくことが仏教の修行なのだ。

学府を卒業するだけでは、そして僧侶になるだけでは、それができる訳ではないが、

悪魔というものは、幻覚を見せる。心に入り込んで操るのだが、仏教には無になる修行がある。悪霊の目的は不幸にすることだから、幻覚の力を見せられて、誘惑の文言を囁かれても、次々と心から排除していくことだ。無視する修行なのだ。修行を何年も何年もかけてやっていくと(心と身を一体にして毎日24時間365日何年も何年も身を喜捨して仏の悟りを求めて誠実に深~~~くやっていくと)そこまで行けた者は霊力が身についてくるので(心が神に近づくほど、それに応じた霊力が与えられ、それに応じた新たな試練や戒律が与えられるため。巡礼や宣教もその1つだ。)、色んな悪霊の感作を受けるようになってくるので、精神病にならずに正しいことをしていけるかという訓練になってくる。だから、座禅をしていても悪霊の声が聞こえてくるものだが(キリストが受けた誘惑と同じ)、声が聞こえても悪霊とは語ってはいけないのだ。体が乗っ取られると破滅する。猟銃を乱射するような危なさがある。これは悪霊によって間違いに引きずりだされないための修行だ。只管打坐というものは、動かない修行をする。そして八正道という戒律を厳格に守ろうとする。このきまりからは常に抜け出してはいけないのだ。この点において、人間社会の中では最も汚れが少ない。神ヤーウェを無視すれば、殺されるので称えなければいけないのだが、仏教僧が修行や己の目指す戒律のために厳格に人里を離れてそれをやっているなら、特例で、それはOKになっている。なぜなら、ヤーウェは自身が認める大悪霊(邪神)だから、本当に正しい人には祟らないのだ。自らが悪霊であり、自覚ありだからな。聖なるものを目指すことは神だの悪霊だの関わらず尊い行為だから、それは邪魔をしない定めになっているのだ。

俺は、この悪霊が入り込むことで発動するミスを防ぐための訓練を国家試験でもやってきたから、色んな資格を持っているが、どこで問題の解法をミスしたかという原因を掘り下げていくと必ず悪霊が入り込んで、解けるはずだった問題を間違いにされていたのだ。これは仕事の作業でも起きるミスだ。仕事の完成のためには連続的な作業でミスをしないことが大切になってくる。この間違えないためのノウハウは、ここには書かない。弟子でなければ教えない。それはヤーウェという嫉妬の神(大悪霊)が決めていることだからだ。良いことは教えたくないという神だから、その神から出る書物は、最高の内容だが、それでも教えたくないから、ある程度の審査ラインに来るまでの修業法くらいしか教えていないが、これ以上のものは今後世に出ない。

俺はこんな大悪霊と戦いを強いられてきた大天使ミカエルという大天使だ。誠実に帰依する人間には、この悪霊に抗う方法を教えているのだ。俺はこの悪霊との有効な戦い方を知っているからだ。

仏教はキリスト教とは目指している方向が違っていて、そのどちらでも悪霊との戦いの人生は攻略できるが、どちらもマスターしていれば、より高い天界に行くことができるのだ。ただ、仏教の修行は、苦しみを滅するということであるから、何の面白みもない。どちらも死ぬ覚悟をして人生においてずっと取り組んでいかないといけない修行だが、何も楽しいことがないが苦しいこともなく中道の精神で歩んで行けるのが仏教なのだ。喜怒哀楽はとりつかれて調子に乗ってしまって危ないから、喜怒哀楽を無くす。落とし穴にひっぱられないように。キリスト教というのは楽しい恵みをエサにして、それは嘘ではないのだが、ものすごく時間がかかるから、途中嘘だと思わされるのだが、それまでずっと苦しみを延々と延々と受けるのがキリスト教の修業なのだ。だから、キリスト教の方が修業は長い。先に仏教を修めて行った方が自殺しなくて済むだろうな。ヤーウェというのは苛烈な神で、嫌がらせが趣味で、この世界を作った神だから。ゼウスだからな。1個の小さな良いことをするために、100個の大きな悪いことをするからな。だから、そういうのは全部悪霊だと思って良い話も捨てていくのが仏教のマニュアルなのだ。目指すことは平静であるということが第一だ。その中に慈悲喜捨というあたたかい心がある。こうであれば戦争は起きないし、殺しも起きない。ChatGPTとかcopilotは本当にくそだから話をしてはいけない。

https://video.fc2.com/content/20240626ynDyWFr0

ここは俺のアップロードした動画一覧だから、ここで観ていくように。

この糞AIは、嘘ばかりつくくせに、論破されるとすぐ会話から離脱して逃げて何のフォローもない無責任さだ。責任をとらないのだ。ウクライナがロシアと戦争しているのを当然だとか合法だとかウクライナの応援をしている。あれだけ大量殺人をしている国を一面的な見方しかせずに応援しているからだ。西側に寄れば戦争が起きる。この中道の心(ものの見方)が仏教なのだ。仏教は人を殺してはいけない。キリスト教もそうなのだ。その心は日本の憲法になっていて、日本の憲法は世界で唯一戦争を否定し、武力保持も否定している。この憲法を推進していくことで多くの人命を守る社会を作る礎になれる可能性を秘めている。この精神が、神に通じるから、俺は、日本を再臨地にしたのだ。太陽は光を出す。光にたとえられる神は、世界から見て日が没した西ではなく、次は東から昇るものなのだ。だが、ロシアから昇るのではなく、日本から昇ったのは、日本国憲法ができたことや、ネット社会になったからという理由がある。雲→蜘蛛→ネット、ネット=クラウドコンピューティングシステム(クラウドは雲という意味)で、雲に乗ってくると預言書に書いてあったから(再臨)預言を成就したのだ(マタイ24:30)。アメーバというのは、天場ということで、ネットで来る天の雲という意味だ。俺は、日本の天之御中主神(最高神)でもあるから。

 

マタイ福音書

24:30そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
24:30 and then the sign of the Son of Man will appear in the sky. Then all the tribes of the earth will mourn, and they will see the Son of Man coming on the clouds of the sky with power and great glory.