高熱飛行 2 | 書き殴れ。

高熱飛行 2

寝心地の悪いそのベッドで、一砂は発熱の悪寒に震えていた。
これもいつものことだ。
精神的なものもあると思うのよ、とお袋は言う。
俺もそう思う。
頭から被ったタオルをテーブルの上に放り投げ、エアコンの設定温度を3度上げた。
風呂上りで温まった体では、なおさら一砂にとっての適温がわからない。
客間の押入れから運んできた毛布を掛け布団の上に追加すると、髪を乾かしたり爪を切ったりする合間に、俺は何度も一砂の様子を確認した。
汗ばんではいないかと、前髪を梳き上げる。
もう震えは止まったかと、布団に手を入れ肩に触れる。
小さく丸まった体から絡みつくような熱が放出されて、布団の中のくたびれた綿が溶けて縮れていくような錯覚に陥った。
熱い。
浅く速く繰り返される呼吸のリズムに呑み込まれそうだった。
それでも震えが治まっていることを確認すると、熱の伝わった手のひらを布団の中から引き抜いた。
一砂の熱の余韻を残す右手が、ひどく重いような気がした。
じっと手を見つめてみる。
普段通り何の変哲もない。長い指と硬い指先と短い爪。
どうってことのない、いつも見慣れた特徴のない手相。
なのに皮膚の内側が、何かに侵食されて痺れているようだ。
使命感は俺という存在に意味を与えてくれるけれど、ときどきこうしてコントロールが利かなくなる。
この指の隙間から、零れてゆく。
一砂の放つ熱。
一砂の感じる痛み。
すべてを受け止めようとすればするほど、隙間は膿んだ傷口のように醜く広がっていくようだ。
受け止められない。
俺の手のひらは、こんなにも脆く、小さい。
その絶望は絶えず体の底に沈殿している。
それが意識の上に染み出してきたとき、俺は心底自分が嫌になる。
消したいと思う。
リセットではなく、デリート。
拒まれる前に消してしまいたい。
自分を。
俺では望むような保護膜を作ってやれないと気付いたら、一砂はきっと俺を捨てる。
守らなくちゃならないと足掻いたところで守るべきものから拒まれて、俺という存在は意味をなくすのだろう。
他に何もないわけじゃない。
俺と世界を繋ぐものなんていくらでもある。
家族、友達、歌、ギター。
そういうものと世界の間で、俺にはいろんな存在意義が付加される。
けれどそういうものはすべてが日常で。
どれも大事ではあるけれど、奥深くの核心を痛いほどの切実さをもって貫きはしない。
適度に緩く流れる日常の中、浅い世界に繋がれて生きるのも悪くはない。
悪くはないが、意味もない。
ただ俺だけが持つ、特別な意味。
それをくれるのは一砂だけだ。
一砂じゃなければだめだ。
一砂にとって俺の代わりがいくらでもいるとしても、俺に一砂の代わりはいない。
苦しいほどの執着が、俺を一砂に繋いでいる。
その理由を俺はもう長いこと考え続けている。
でもわからない。
わからないということにしている。
どれだけ繰り返しても、自分の中の「正常」のカテゴリに入れておけるような理屈の通った答えが見つからない。
だから結局、いつもいちばん簡単な選択肢に逃げていた。
『俺はおかしい』
異常さを認める言葉じゃない。
認めて受け入れて向き合う覚悟は俺にはない。
だから「おかしい」という便利な言葉に甘えて、少し自分を哀れんでみたり、醜い核心から目を逸らして知らないふりをしているだけだ。
おかしいから、こんなに一砂に執着する。
おかしいから、うまく一砂を守れない。
おかしいから、消えてしまえばいい。
――吐き気がした。
脆弱なこの手に、今すぐ何かを握らせて欲しかった。
俺と一砂を結びつけるグロテスクな紐に編み込まれた一本の綺麗な糸、そうでなければ一砂の代わりになるものを。
俺のこの手に。


to be continued.